41.平和な昼下がり

 フラウが水竜?世界を支える属性竜の一頭だって?

 ちょっと待てよ!そんなことアイツは一言も言って……って、アイツの家の何も無い巨大な空間、何となく変な感じがしたけれど、あの時はそんな事考えもしなかった。

 もしかしてサマンサと同じで、本来の竜の姿になる為の場所だったりするのか?


「お気付きでは無かったのですね」


 俺の癒しの素として膝の上で抱きしめられていた雪がキョトンとした顔で後ろを振り返る。

 つまり雪は気が付いていたと?精霊だからそういうことにも敏感なのかな?教えてくれれば良かったのに……って教えてもらっても『だから何?』で終わるだけか。


 思い返してみれば、あの凄まじい魔力と魔法はアイツが水竜だったからと言われればすんなりと納得できる。その割にはサマンサと違い俺達と共に遊び歩いていたけど……まさかその代償に食べまくっていたとか!?


「水竜の居場所は分かったわね。今度行った時は竜の爪と魔力とを貰って来なさい。


 それで今後の予定だけど、砂漠に行くのよね?

恐らくアリサはレイに封印石を手に入れさせる為にワザと誘っているわ。

 リーディネの町で会ったのは偶然だったかも知れないけど、その後でフラウの祠に誘導された、そうよね?

 貴方に悟られないように振る舞い、貴方の倒せるだろう魔族をけしかけ殺させた。そして次の目的地まで指定して来ている、これ以上ない裏付けよね。


 砂漠には二つ目の封印石を持つ土竜が居るわ。

アリサにも会え、土竜にも会え、封印石も手に入る上に行ったことの無い土地への旅行も出来る。お得なセットプランね。


 リーディネからティリッジまで馬車で向かうとなると大凡で二ヶ月近く、そしてアリサと別れてから十日程しか経っていないのに貴方達は既にココに居る。

 その貴族風の魔族の情報が正しければ、後二週間ほどでアリサはティリッジに現れる事になるわね。たとえ二週間後にここを出たとしても、魔導車での移動ともなればあの子の計算より遥かに早く着ける。それまでに魔導車の調整をしておいてあげるから、二週間、ここでゆっくりしなさい」



▲▼▲▼



 かくして一週間ばかりのんびり出来るかと思いきや、そうも行かないようで、ルミアの話が終わった午後からみんなそれぞれで動き出していた。


 何故かやる気満々のティナは師匠の指導の元、エレナを相手に剣術の鍛錬を始めると、寝たきりから解放されたばかりのリリィまで「身体が鈍ってる」と言い出し、師匠が重い腰を上げたのならこれ幸いと、アルと共に押しかけていた。


 用が済んだくせに居座っているサマンサもアルが動けば当然の事のように付いて回り、それに対抗心を燃やしているクロエさんも一緒になって付いて回り……それを見ている師匠はなんだか楽しそうにしている。


 一方サラはどうかと言えば、ルミアに着いて魔法の訓練を始めたようだ。ルミアがあんなに熱心に魔法の指導をしているのを初めて見たが、魔導車の調整をなんちゃらって言っていたはずなのにそっちは良いのか?と心配になるほど付きっきりだった。



 そう言う俺はというと、心地良いそよ風が吹き抜ける木陰でみんなの頑張ってる姿を眺めていた。頭を乗せる枕がとても……そう、それはとても居心地が良く、見上げれば俺の可愛い妻の顔がそこにある。視線に気が付いたモニカは俺を見下ろしニコッと笑顔を向けてくれるので、それがまた、たまらなく嬉しい。

 俺のお腹を枕にする水色の髪の少女はスースーと可愛らしい寝息を立てて気持ち良さげに眠っているので、寝不足の俺も特製枕との相乗効果で眠りの世界に片足を突っ込んでいる。


「こうしてると本当の親子みたいだね、私とても幸せな気分よ……お兄ちゃん眠いの?雪ちゃんみたいに少し寝たら?」


 片手で魔法の練習をしながら、もう片方の手で優しく頭を撫でて微笑む我が妻の優しき事この上無し。


「あーっ!一人だけイチャイチャしてるっ!ずるくない!?しかもなんでレイは寝てるだけなのよ!」


 俺達親子(仮)の平和を破ったのはオレンジ髪の娘。イチャイチャしていたのは認めよう、ゴロゴロしていたのも認めよう。だがしかし、断じて寝てるだけではない。

 俺の左手は雪のお腹に添えられているが、右手は白結氣を握っている。ルミアに言われた通りに光の魔力を通し続けているのだ。どうだ、ちゃんとやる事はやってるぞ?


「剣術の稽古やるって言い出したのはティナだろ?いつのまにか師匠に弟子入りしてるしさぁ。それにモニカは魔法の訓練してるし俺もやることやってるのっ、文句言わないっ」


「ずるーい、ずるーい、ずる……きゃっ!」


 口を尖らせブーブーと文句を言っていたティナの横顔に水玉が飛んで来て見事にぶち当たる。


「ティーナー!誰よっ!喉乾いたとか言ったのは。それで十分だよね?ほらっ、さっさと戻って来なさいよっ。それともぉ、まだ足りないかしらぁ?」


「なーにするのよっリリィ!あんただってさっきブーブー言ってたじゃないのっ!って言うか、よくもやってくれたわね!?」


 リリィが追加の水玉を浮かべて挑発するものだから、ティナも反撃にと水玉をいくつも作り出しリリィに向けて飛ばし始めた。


「おいっ、あっちでやれよ。雪が起きるだろ?」

「うるさいっ!もう起きてるからいいじゃないっ!」

「ティナ、剣術の稽古でしょ?文句あるならかかって来なさいよ。私に勝てたら今夜のレイのベッド券、譲ってあげるわよ!」

「言ったわね!その言葉に嘘はないわよね!?行くよっ、エレナ!」

「はいはーい、寝たきり老人だったリリィさんなんか怖くありませんよぉ〜だっ。私の幸せの為、

お覚悟ぉっ!」

「はっ!冒険者の歴史が違うことを見せてあげるわっ!行くわよ、アルっ!!」

「はぁ?なんで俺まで……」

「負けたらアンタとは一月口きかないからっ!」

「意味分からん!が、負けねぇぞっ!」


 だからあっちでやれって……ムクリと起き上がった雪は視点の合わない目で始められた無謀な戦いを眺めていたが、やがて頭が回転を始めたらしく理解できない状況に小首を傾げる。


「私も今日一緒に寝たいっ、私も今日一緒に寝たい、私も……私もっ!雪ちゃんっ」


 何を思い立ったのか知らないがモニカが俺の膝枕を放棄してスクッと立ち上がるとシュレーゼを抜き放ち雪を呼ぶ。当の雪はやる気がなさそうに可愛らしい欠伸を手で隠しながらもモニカの意図を察してシュレーゼに触れると、その姿が一瞬で消えて無くなり刀身が青く輝き始める。

 次の瞬間、モニカの背後に十匹もの水蛇が現れ剣劇を繰り広げていた四人を睨みつけた。


「ちょ、ちょっと?モニカ、ズルくない!?」

「いいわねっ!望むところよっ、行くわよみんなっ!!」


 リリィが展開した六本もの結界魔法で形作られし透明な剣、正式名称を〈デルゥシュヴェルト〉と呼ぶらしい。


 それを脅威と見定め水蛇が一斉に攻撃を始めれば、その横からは赤色に染まったセドニキスの剣を振り上げアルが切り掛かる。

 それを見たティナもエレナも負けてなるものかと各々の獲物を握りしめ襲い来る水蛇へと果敢に挑みかかった。



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