40.出会っていた二頭目

「私ってお姫様なんですか!?」


 ルミアの話が終わると同時に身を乗り出し、自分を指差して慌てるエレナの姿に笑いが込み上げてきた。

 確かに突然『貴女は王族です』とか言われたら動揺するのも分からなくもないが、結構シリアスな話しをしてたと思ったらコレだ。流石はエレナ、そんなマイペースな君が大好きだ。


「白兎の獣人が何故希少なのか知ってるかしら?白兎の血族は獣人達の王家の一族。北の大森林 《フェルニア》の奥深くから出てこないから人間達に捕まる事も殆ど無いのよ。

 つまり貴女が白兎の獣人であること自体が王族である証なの」


「そんな……お父さんはそんなこと少しも教えてくれなかったのに……」


 遠くを見ながら何やらブツブツと呟いている。いつも自分の思う事をストレートに表現してくるので、考え事をするエレナは初めて見たかもしれないな。

 俺もそうだったけど “王族ですよ” と知ったからとて何かが変わるわけではない……いや待てよ、エレナの場合、獣人の国は今なお存在するので俺とは少し違ってくるのか?



「私はあの男に惹かれた訳ではないのです」


 ビシッと指差し全力で否定しにかかって来るが、俺はそんなにクロエさんに嫌われていたのかと少しばかりショックを受けた。だがよくよく考えると、俺じゃなくてアルが目的だと言いたかっただけだと気が付く。


「一緒よ。レイと共に居るアルに心奪われ、そのアルと共に在るためにカミーノ家を出てココに居る。

 心を惹かれた訳ではなくとも、結局貴女の運命はレイに引かれている。そこに違いはないわ」


 唇を噛み締め悔しげに俺を見てくるが……そんなに気に入らない?

 桃色のツインテールがフルフルと小刻みに揺れアルにギュッとしがみ付くが、その反対の腕に先住していたサマンサと目が合い、ぶつかり合う鋭い視線のせめぎ合いからは火花が散っているかのような幻視が見えてしまう。


──こういうのを一触即発って言うんだろうな



「結局のところ、ルミアさんは何者なのでしょうか?」


 その質問は同感だ。魔族王家の血筋で超長生きなのは分かったけど、何故ルミアだけが特殊な存在なのだろう?

 手を挙げて質問したサラにルミアは小さく溜息を漏らすと肩をすくめて見せた。


「それは私が教えてもらいたいわね。何故こんなに力が有るのか、何故こんなに長寿なのか。何故こんなに可愛いのか、ね」


 最後に、んべっと小さく舌を出して見せたが、そんなお茶目なルミアは初めて見たぞ。


 いつも全てを見透かしたような上から目線のルミア。そりゃ七百年もの時を過ごしていれば高々十五歳の俺達など赤子に見えるのかも知れない。だがこうして自分の全てを話し、少しは彼女と近い立ち位置に見てもらえるようになったという事か?



「お兄ちゃんのやろうとしていた事は何も変わらないんでしょ?ただやるべき事が具体的に分かった、それだけの話よね?」


「そうね……悪の女神を成敗する、カッコいいじゃない」


 いやいや、ティナさん。言うのは簡単だけどやるのは難しいと思うよ?それに俺がやるのなら君達も手伝う事になるかもしれないんだ。俺一人でみんなを守りきれるのかとても心配なんだが……。


「ティナも言うようになったわね。良いじゃない、運命とやらに乗ってやりましょうよ。私は魔族の鼻が明かせればそれでいいわ、どうせ悩んでもやるんでしょ?」


「何だよ、立ち直ったと思ったらすっかり元のリリィじゃないか。心配するだけ無駄だったのか?」


 くくくっと笑うアルはリリィがいつもの調子なので嬉しそうだ。アルも俺の居ない間、ずっとリリィを心配し、何もしてやれない事に心を痛めていたのだろうな。

 俺がもっと早く帰って来ていればと悔やまれるが、そんな事考えても今更だし、今リリィは元気になり、ココに居る。それだけで十分だよな。



「女神を殺すって簡単に言うけど、具体的にどうするんだ?ルミアの事だから何か方法を考えてあるんだろ?」


「もちろんよ。種は撒いてあるから、後は貴方が収穫するだけで準備は整うわ。

 でもその前にもう一つ大事な話があるわ、アリサの事よ。


 あの子は魔族王家の正統後継者。私は宮廷魔術師をしていたと言ったわよね?彼女もまた私の教え子だわ。

 王家相伝の重力魔法アトラツィオーネも操れる上に、私に似た力があって魔導具の製造にも才能がある。魔族が使ってる “魔石に瘴気を吸わせる魔導具” あれも恐らくアリサが造ったんでしょうね。


 アリサは王家の者、当然穏健派だわ。本来争いは好まない筈の彼女が過激派に協力しているのには理由がある。


 魔族社会は三百年前のように過激派が支配しているわ。過酷な土地での生活はそれ程魔族を苦しめたのでしょうね。例え王族であっても議会と軍の両方を取られたとあっては成す術はない。

 連中は、辺境に暮らす戦う力の無い者たちを半ば人質として扱い、穏健派であっても戦う力のある者は有無を言わさず協力するしかない環境へと追いやっているのよ。


 そんな中であっても過激派に反旗を翻すのを諦めない穏健派の魔族もいる、アリサはその筆頭ね。その証拠に貴方がずっと身に付けているブレスレット、それはアリサに貰った物だったわよね?」


 ルミアの言う通り俺の左手にはアリサに付けて貰ったままに『透明な石が六つ連なったブレスレット』をしている。

 見た目にも結構気に入った事もあり、肌身離さず付けてくれと言われて一度も外さずにずっとそのままだ。


「それはアリサの造った魔導具。あの子も私と同じ結論を出していたようね。それは女神を殺す為に必要な物なのよ。

 サマンサ、お待たせ、ようやく出番よ」


「はいはーい」


 軽やかに返事をすると俺を手招きしてくる。席を移動しサマンサの隣に座ると、ポケットから真っ赤な魔石を三つも取り出して口に放り込み、ガリガリと噛み砕き始めた。


 その様子を初めて見た面々がギョッとした顔をするのを面白半分で眺めていると、サマンサが『お手!』と言わんばかりに手を出してくるので右手を置いたのだが「ちっがーうっ!」と激しく怒られた。

 じゃあ最初からそう言えよとも思ったが、彼女はこう見えても世界を支えていらっしゃると言う、それはそれは偉いえら〜い火竜様。それを言うとまた怒られそうだったのであえて何も言わず、素直に左手を置いた。


「行くよ、しっかりと受け止めなさい」

「へ?」


 何の説明も無いままに繋がるサマンサの手から勢いよく熱いモノが流れ込んで来る!

 マグマでも流し込まれているかのような耐え難い感覚。沸騰寸前まで熱せられた血液が津波のように手の先から流れ出し、荒れ狂う波のように強弱しながら身体の中を物凄い激しさで隅から隅までの至るところへ届けられる。


「ふっ!!!くっ……ぅくっ、ぐぉぁぁぁぁぁっ!!」

「お兄ちゃん!?」


「大丈夫よ、心配しなくていいわ」


 モニカの心配そうな声が聞こえたがそれどころではない。

 流し込まれているのは多分サマンサの火の魔力。世界の大黒柱と呼ばれるほどの存在であるサマンサ、その熾烈な火竜の火の魔力が俺の身体に濁流のように流れ込み、全身を一回りすると左手に戻って行く。

 あまりにも多い魔力の量と流れの激しさに、身体が破裂してバラバラになりやしないかと思えるほどの勢いだ。


 モニカにこれ以上心配をかけまいと歯を食いしばり漏れ出る声を押し殺すと、ビクンビクンと跳ねる身体を右手で抑えながらサマンサと繋がる左手を力一杯握りしめる。



──これは何なんだ?一体サマンサは何をしていると言うんだ?



 全身が灼熱の魔力に焼かれ内側から圧迫されると言う奇妙な感覚に ガクガク と震える身体を必死こいて抑えて耐え忍んでいれば、ガリガリと言う先程も聞いた魔石を噛み砕く音が耳に届く。


「じゃあ仕上げに、大きいのイクよっ!」


 ちょっ!? これ以上は……と声も出せずにサマンサを必死で睨み付けると、ニィッと悪戯チックに顔を歪めやがった──くそっ!てめぇ楽しみやがって!



「ふぅぐっ!うぉぁぁっ!!!!」



 宣言通り更なる勢いの魔力の津波が押し寄せ、全身が風船のように破裂しそうなほどの衝撃が駆け抜けて行く。幸いにも威力は言いあらわせないほどの凄まじさだったが、ものの数秒という短時間で終わってくれたので泣き叫ぶ事なくサマンサのイジメを耐え切ることが出来た。


「ぁぐっ、はぁっはぁはぁはぁ……」


 離された手は拷問の終わりを告げていた。しかし、机に突っ伏した俺の体内を魔力の波が寄せては引いてとしているような、船酔いにも似た気怠い感覚が襲い続ける。

 今はそこまで辛いわけではないが、震えが止まらない上に全身が内側から揺さぶられているような奇妙な感覚に脱力し、ちょっと机とお友達になってしまった。


 そっと肩に手が置かれたかと思うとモニカの匂いがした。机に顔を擦り付けながらも首を回すと心配そうに覗き込む四つの青い瞳。


「トトさま大丈夫ですか?」

「……あぁ、……なんとか生きてるよ」


 掠れる声だったが心配する雪に頑張って笑顔で応えると、気怠い身体に気合いを入れてよっこらせと起き上がる。

 意地の悪そうな笑顔でサマンサが見ていたので、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ『この野郎!』とか思ったりしたけど、怖くて口に出せずに溜息が漏れた。


「はい、どうぞ」


 それとは打って変わって太陽のような笑顔のエレナからお茶を受け取り、小刻みに震える手でグッと飲み干した。すると、まだ可笑しな感覚は残るもののだいぶ落ち着きを取り戻す事が出来た。


「ありがと、エレナ」

「はい、どぉいたしまして〜っ」


 コップを片付けに飛んで行くエレナの短いスカートからチラリと覗く白い布を見ながら『み〜えたっ』となどと一人癒されていると、モニカが見ちゃいけないモノを見てしまったような複雑な顔で俺を見ていたが……何も言わなかった。


「それで、今のは何だったんだよ」


 誤魔化す為に話題を振ればルミアが無言のままに指を差してくる。


 先を辿れば俺の左手にあるブレスレット、それを見るとさっきまでとは違う事にすぐに気が付いた。

 透明な六つの玉の一つ、その中心に紅く輝く光が灯っていたのだ。強く輝いている訳ではないが、小さな玉の中に宿った力強い光。


「綺麗な色だね」


 モニカの呟きそのままに同じ感想を持った。

サマンサが俺の身体に流し込んだ魔力の色のような紅い光、もしかしてさっきの魔力が全て凝縮されてこの中に入っていたりするのか?だとしたらコレは凄い魔導具だぞ?


「貴方の考えてる通りよ。先程、貴方の中に流し込まれた火竜の魔力、それと貴方の魔力とを混ぜ合わせたモノを、その宝珠の中に封じ込めてある。ブレスレットはその為の魔導具よ。


 女神を殺そうと思っても普通には殺せない。たとえ女神の肉体が滅びてもそれは死ではない、完全に殺すことは人間には不可能なのよ。

 それでも殺らなければならないのならって事で登場するのがソレよ。


 人間の力で殺せないのならそれ以上の力に頼ればいい。レイ、世界各地に散らばるこの世界を支える六頭の属性竜全てに会い、その力を貰って来なさい。

 まだ女神を殺す事に迷いがあるのなら、その間にゆっくりと考えるといいわ。


 それともう一つ、アリサを必ず取り戻しなさい。何度も言うけどあの子は魔族王家の正統後継者、過激派を排除した世界で人間と魔族とが友好的な関係を作るには必要不可欠な存在よ。

 アリサもまた、貴方に運命の糸を絡め取られし者、自信を持って自分の想いをぶつけなさい。

 これは貴方の使命でもあるけど、私のお願いでもあるわ。アリサを過激派から助けてあげて」



 六頭の属性竜?そうか、一般には四属性、つまり火竜、水竜、風竜、土竜しか伝わっていないが、よくよく考えると光魔法、闇魔法もあるんだ、光竜、闇竜が居てもおかしくないよな。


 だけどそんな凄い竜達をどうやって探せと言うのだろう?ルミアなら「全員知り合いよ」とか言いそうでもあるけど、そうならそうで転移でチャチャッと連れて行ってくれれば早いのにな。


 だいたいさぁ、もし仮に会えたとしても「魔力ください」「はいどうぞ」でくれるなんて思えないんですけど?「我を倒してみせろ」とか言われちゃったりしたら、女神を殺す前に俺が死なないかい?


「楽しようと思わない事ね、若いうちは苦労なさい。それに、せっかく魔導車なんて良い物持ってるんだから、みんなで世界旅行なんて良いんじゃないの?


 それと言い忘れてたけど、貴方、フラウと会ったって言ってたわよね?あの娘 “水竜” だから」



「「「えぇっ!?」」」



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