30.ドラゴン達の試練 (上)

 横なぎにした朔羅をモロに喰らい身体をくの字に曲げて飛び立った赤い塊は、体と同じく赤い髪を靡かせて十メートルもの空中散歩を楽しむと、砂埃を上げながら石畳を滑り行く。


「くっそっ……なんで竜化してるのに勝てねぇんだよ……」


 入れ違いに放たれた眩い光の柱を透明な壁が難なく防ぐと、そのまま距離を詰め、途切れた瞬間を狙い奴の背後へと回り込み再び朔羅を叩き込んだ。


「ぐっ……」


 倒れ込んだトパイアスは地面の上でゴロリと半回転し空を仰ぐと、諦めた様子で大の字に寝転んだまま立とうともしない。


「おいおい、やる気あるの?」


「うっせー、勝てないものは何度やっても勝てやしないんだよ」


 カチンと来るセリフに奴の寝転ぶ側に歩み寄ると、無防備に晒された眉間へと朔羅を落とした。


「!!!!」


「なんだよ、敗者をどうするかは勝者が決めるんだろ?なら、俺に勝てないお前の生殺与奪の権利は俺にある。今ここで息の根を止められても文句はないんだろ?」


 切っ先が僅かに当たった事により薄ら滲んだ血が流れ出すと、死の気配を感じて目を見開いていたトパイアスの顔に安堵が混じる。


「分かったよ、やりゃ〜いいんだろ?やりゃ〜よぉ……」


「そうだ、諦めずにやればいい。だが、ただ闇雲にやるだけなら何度やっても結果は一緒だぞ?」


 何度やっても勝てないどころか一太刀すら入れられないことに不貞腐れてトパイアスと同じく地面に寝転びストライキに入ったクラウスを呼び付けると、竜の鱗に覆われていてもダメージを入れられた腹を押さえながらゆっくり立ち上がり、ダルそうにしながらも指示に従って歩いてくる。


「なぁ二人共、竜化なんて俺より遥かに強い肉体をしてるのに何で勝てないのか考えてるのか?

 今までは自分より弱い者しかいなくてただ力を振るえば勝てたのかも知れないけど、自分と同等かそれ以上のやつに勝つには自分の持てる力を余す事なく使う必要があるぞ?


 トパイアス、昨日の敗因はなんだと思う?俺の打撃に対する防御力が足りなかったからか?それも敗因の一つだろうがそうじゃない。

 お前達には遠距離ではブレスというとんでもない攻撃がある。逆に接近すれば斬撃も魔法も効かない最強の肉体からの拳が敵を打ち倒すだろう。だが、その中間はどうする?昨日のように闇雲にブレスを撃っても、来ると分かっていれば避けるのは難しくない。


 じゃあどうするか、答えは魔法だよ。


 お前、竜化してから一度も魔法を使ってないよな?

 力で押しきれない相手には小手先の技術も必要だと覚えておけ。フェイント、フェイク、目眩し、牽制。相手を倒すためじゃない、隙を作るために魔法を効率よく使うんだ。それを良く考えながら二人で実戦練習してみろよ」




 実の姉により一切の言葉が出ないほどに論破されたクラウスは、俺達の滞在が決まるや否や覚悟を決めたらしく三日は元に戻れないという竜化を自らの意志で選択し、それでも渋るトパイアスを連れて闘技場へと飛んで行った。


 彼自身三強と呼ばれながらも自分の力には満足していなかったようで、他の二人に勝てない事に憤りを感じ続けていたのだとセレステルがこっそり教えてくれる。


「俺はパス」


 そう言った筈のレジナードも闘技場には現れ、昨日と同じく女を侍らせながら酒を飲むというスタイルながらもその目は真剣そのもので、二人が何をするのか見逃すまいとしているのがよく分かる。


「ぅぇっ、気持ち悪……」

「ティナさん、静かにして下さい。頭が割れてしまいます……」

「エレナぁ、助けて……頭が……頭がぁぁ……」


 その近くにはサラの言葉を無碍にしたツケを払い、生きながらにして屍と化した愚かな三人の姿がある。

 頭を押さえつつ観客席に座るエレナに力無く寄りかかるアリシアと、他人が居ないのを良い事に、彼女の太腿を枕に固い石で出来たベンチにだらし無く横になるティナが昨晩のアルコールが消化出来ずに苦しんでいる。


「サラぁ、魔法で治してょぉ……」


「お断りします。人の忠告を無視して調子に乗るからそうなるんです、そのまま反省なさい」



「「「ぇぇぇぇぇ…………」」」



 昨日のサラは酔わなかったのではなく酔えなかったのだと言う。


 危険な場所ではないとは分かりつつも紅茶に毒を盛られた教訓から身体に入る物には常に気を配っており、癒しの魔法を使える自分がしっかりしてなくてはと、いざと言うときの為に酒のアルコールを浄化して飲んでいたから酒であっても酒では無くなった物を飲んでいたので酔わなかったのだとか……。


 それを聞いた時、サラにしか出来ない事とはいえ俺達と同じ客でありながらホスト役に回らせた事に罪悪感を抱き、いたたまれなくなって ギュッ と抱きしめ「いつもありがとう」と告げたのはみんなには内緒にしておいた。


「ぷくくっ、反省反省っ」


 口に手を当てて笑っているモニカはサラの言うことを聞いて酒を止めたから無事なだけだとは気が付いていないのだろう。


「なんだ、アリシアまで潰れておるのか。其方がおらんでは今夜の会談が進まぬ、夜までに体調を整えておくのだぞ?」


「ノンちゃん、今夜も飲む気?本当、好きねぇ。いつからそんなんになっちゃったの?」


 ノンニーナもララも “会談” と称して朝まで飲んでいたらしいが、二人とも何事もなかったように平然としているのは何故だか不思議だ。そういえばリリィの酔っ払ったところなんて一度も見た事がない気がするがどんな身体の作りをしているのやら……。



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