21.決意

「まぁそれはリリィが起きてから詳しく話してあげるわ。運命に導かれ、同じ日に生まれた三人の子供の話、楽しみにしてる事ね」


 横目に視線を送った先はサラ。愉しげに微笑むルミアは一体何を知っているのだろう?


「ルミア、俺はレイやリリィと同じ日に生まれてないぞ?」

「また後でって言ったでしょ?せっかちは嫌われるわよ、ねぇ、クロエ?」


 いつもの眠たそうな目で平静を保っているように見えるクロエさんだが、いきなり名指しにされて動揺したのか、はたまたアルとの関係がバレているのにビックリしたのか、真っ直ぐだった背筋を更に伸ばして消え入りそうなか細い声で「はいなのです」と返事をする。

 どちらかといえばツンケンしている自信家のようなイメージとは違い、お淑やかで素直な態度に少しばかり笑いが込み上げてきた。


「そ・れ・でっ、話題を元に戻すわよ。

朔羅さくらには黒色の精霊石が付けられている、じゃあ白結氣しらゆきはどうなのかしら?」


 白い精霊石……火は赤、水は青、風は緑、土は茶、闇は黒、この世に存在している六つの魔力の内、残るは光のみ。つまり白結氣には光属性の精霊石が付いているって事になる。それで俺に光魔法を教えたんだな。


 机に置いてあった白結氣を手に取ると両手でゆっくりと引き抜いた。

 冷たい光を仄かに放つ銀色の刀身、儚ささえ感じさせる美しい身体に覚えたての光属性の魔力をゆっくりと纏わせ、魔法として発動させれば白結氣を優しい光が包み込む。


「正解よ。白結氣は光属性の精霊石を持っている、そして貴方は光魔法をも操る事が出来る。頑張って精霊を溜めると良い事があるかもしれないわよ?」


 妙にひっかかるルミアの含みのある笑い……良い事って、なんだ?


 先んずとばかりに頭に浮かんでくるのはフラウと出会った洞窟で見たユリアーネの姿。彼女は命尽きた後、光の粒子となり白結氣に吸い込まれて行ったのだ。普通ではなかったアレが気にならない筈などない。


「答えは鍛錬の先にある、日々の努力が結果を産むのよ。朔羅には話してあるわ、頑張りなさい」


「朔羅と話したのか!?」

「ええ、そうよ?」


 何を当たり前のことをとばかりの不思議そうな顔、剣と対話するなんて事が出来るのはおそらく彼女以外にはいないだろう……あ、もしかしたらシャロなら可能なのか?


「ルミア、ずっと気になっていたんだがお前は一体何者なんだ?」


 線のように細い眉を少しだけ上げ『気になる?』と言いたげな顔を頬杖を突く両手で支える幼き少女の姿をした大魔導師。しかし、待てど暮らせど俺を見つめたまま言葉を発しようとしない。

 聞いてはいけなかったのかと動揺が生まれるが、深い深い紫の瞳を見つめていると吸い込まれそうな感覚さえしてきた。


 心の全てを詠まれているかのような長い長い沈黙、だが誰も何も言わないという事は、実際のところは数秒程度だったのかもしれない。

 不意に首を回したルミアは師匠と頷き合うと、この場に居る者を一人一人ゆっくりと見回してから正面に座る俺の眼をしっかりと見据えて言葉を紡ぐ。


「ちょっと変わった魔族、とだけ言っておくわ。そのことについてもリリィが起きてから話してあげる。他にも聞きたいこと、あるんでしょう?全ては眠り姫が目覚めてから、主役が居ないんじゃ話にならないわ。お姫様を眠りから覚ますのは王子様の仕事よ、分かったらさっさと行くっ」


「お、おいっ行くって……行って何するんだよ」


「いいからさっさと来なさい。サラ、貴女も来るのよ、他は解散っ。エレナ、みんなの部屋を用意してあげて頂戴」



▲▼▲▼



 困惑するサラと共にルミアに連れられて行った先はリリィの部屋ではなかった。


『入ったらお仕置きよ?』


 可愛らしい字の張り紙がされた部屋の奥、下へと続く階段を降りれば地下特有のジメッとした感じがしてくる。

 この家にこんな場所があったことに驚きつつもルミアの後を追うと、三つ並ぶ扉の一番奥の前で立ち止まった。


 音もなく開いた扉の先は俺の部屋の二倍はあろうかという広い空間、床に描かれた五メートルもの大きな魔方陣の中心には両手を胸で組んだリリィが寝かされていた。その顔は以前とは比べ物にならないほど痩せ細り完全に病人の顔になってしまっている。生気が無くパッと見た感じまるで死んでいるかのようで、もし昏睡状態と聞かされていなければ叫び声を上げて飛び付いていただろう。


「リリィ……」

「ユリアーネが亡くなり貴方も居なくなった後、食事も殆ど喉を通らなかったみたいだわ。そして丁度一週間前、とうとう眠りから覚めなくなってしまった。フォルテア村を失った貴方が自分の殻に閉じ篭もったように、リリィもまた自分の世界に引き篭もってしまったのよ。


 当然、呼び戻そうと試みた。けど、彼女の心の中には私もアルも入れてはくれなかったわ。レイ、後は貴方しかいないのよ。あの娘が想いを寄せていた貴方ならきっとリリィの心の内に入り込む事が出来る。だから貴方が連れ戻すの。

 その為の手伝いをするのがサラよ。癒しの家系サルグレッドの直系の貴女ならレイに着いて行く事くらいワケないわよね?」


 心の中に入るだって?そんなことしたらリリィが何を思い何を考えているのかが丸分かりじゃないか。きっと人に知られたくない事だって沢山あるだろう。簡単に言うが心とはプライベートの塊なんだぞ?そんなところに入り込んでいいのか?


「確かに私は精神に疾患のある人の心を覗き治療する魔法を習いました。けどそれは最終手段とも言えるものですよ?人の心は何重にも壁が張り巡らされ奥まで覗く事が出来ないようになっている。でもそれは健常な人の話しです。今のリリィさんだと心の壁がきちんと機能しておらず心の奥底にある人に見られたくないものまで見えてしまうかもしれない。そうなるとより深く心に傷を……」


「本に書いてありそうなことをそのまま言うのね。でもそれならどうやってリリィを取り戻すのかしら?他の方法があるのなら是非教えて頂戴」


「それは……」


 俯くサラの言い分はよく分かる。けど、一週間もの間リリィを見てきたルミアがやれという以上この方法が最良か、もしくはこの方法しかないかのどちらかなのだろう。


「このまま何もせずに放置すれば一月と経たずに身体の方が駄目になる。無理矢理にでも心を連れ戻さないと死んでしまうのよ?

 助ける術はある、見込みもある、その命を見捨てるつもりなのかしら?


 貴女は何を恐れているの?癒しという特別な魔法が使え、それに見合うだけの魔力も持っている。それなのに自分の力が信用出来ないのはどうしてなのかしらね?


 人の心に触れるのがそんなに怖い?違うわね、自分の本当の気持ちを知るのが怖いのよね。それを認めてしまったとき自分が変わってしまいそうで怖がっている、だから自分の好きな男にすら心を開けずすぐ近くに居るというのに寄り添いきれないでいる可哀想な娘。


 貴女はせっかく王女という殻を脱ぎ捨てたのに捨てきれずに大事に持っている。それがそんなに大事なの?大事にしたいのなら王宮に帰ることね。そうすればみんなが貴女のことを王女として持て囃してくれるわ。

 けれども勇気を出して一歩を踏み出しレイ達と旅をして来たのでしょう?それならもう一歩踏み出すことも可能な筈よね?そしてその次の一歩も踏み出せるはず。人はそうやって強くなって行くのよ、何も恐れることはない。

 だって貴女の隣には、貴女に勇気をくれる人が居るんですもの。分かるでしょう?」



 俯いたまま言葉を噛み締めていたサラの頬を一雫の涙が流れて行く。

 ゆっくりと上げた顔には溢れんばかりの涙を溜めていたのにどこかスッキリとしていて、俺を見て微笑んだ拍子にその涙が再び頬を伝う。


「レイ、答えて。私は、誰?」


「君はサルグレッド王国第二王女サラ・エストラーダ・ヴォン・サルグレッドだ」


 サラの顔に影が落ちた気がしたが気にせず更に続ける。


「だが、それと同時にサラでもある。王女ではない、ただのサラだ。

 何にでも真面目でキリッとしてカッコいいと思うところもあれば、それでいてとんでも無く抜けてるところもある至って普通の女の子だ。そんな君だからついついイジメたくなっちゃって調子に乗ってモニカに怒られるんだよなぁ。


 それでな、サラ。やっぱり俺と一緒にリリィの心の中に行ってくれないか?俺もさっきまで人の心、しかも女の子の心を勝手に覗くなんてって思ってたさ。でも、よく考えてみろよ。リリィの本心を見てしまったのなら俺達の本心もリリィに曝け出せば最高に仲良くなれると思わないか?

そりゃぁサラはリリィの事なんて全く知らないだろうけど、最初から心が通じ合える友達が出来るって思ったらどうだろう?ほら、俺達三人って古き三王国の王族なんだぜ?なんか運命みたいなのを感じないか?

 だから頼むよ、俺と一緒に来てくれ」


 差し出した手をしばらく見つめたサラだったが、自らの手をゆっくりと伸ばし、恐る恐るながらも俺の手と重ねてくれる。

 微かに震える細い手、それがより一層か弱いように感じさせ、気が付いたら引き寄せ、抱きしめていた。


「あっ……」


 思わず漏れただろう声には、戸惑いを感じるものの嫌がっている様子はない。


「ずっと、こうしたかった」


 耳元で囁けば、顔全体が熱を帯びて赤くなるのが見なくても分かる。

 身を委ねるよう胸に顔を埋めると、サラもそっと背中に手を回して来た。柑橘系のサッパリとした匂いの中にリンゴを思わせる甘い香りが仄かに混じる心地の良い匂い、これがサラの匂いなんだな。


「レイ、あの……あのね。お、お願いがあるの。えっと……その、モニカにするみたいにね……キ、キス!……して欲しいな、なんて……だめ?」


 突然のおねだりに驚いたのに上乗せし、冗談とは思えないほど動揺する感じに吊られて俺までドキドキしてきた。

 胸から顔を離し、少し下から見上げてくる キラキラ とした青紫の瞳を見ていると更に鼓動が速くなっていく。


 サラが目を瞑るのに合わせて俺も目を閉じ、ゆっくりと顔を近付けていけば唇が重なる。


 初めて感じるサラの唇、柔らかなソレに触れた瞬間、背筋を電気が走ったような、それでいて気持ちの良い ゾクゾク とした感覚が駆け登る。


──あぁ、やっぱり俺はサラの事が好きなんだな。


 彼女自身をもっと感じたい衝動に駆られて唇を離す代わりに頬を寄せ、華奢な身体を包む腕に力を込めた。

 うるさいくらいに耳に付く鼓動、心臓が破裂しないかと思うほどの速さて ドキドキ と脈打っている。それに呼応するかのように胸に押し付けられているサラの顔も熱を帯びているのを感じる。



「続きは後にしてもらえるかしら?」



「うわぁっ!?」

「ひゃぃっ!?」


 突然聞こえたルミアの声は甘くまったりとした二人の世界から薄暗い地下室という現実へと強制送還する。

 俺達の顔まで十センチの距離から冷たい視線を送ってくる濃紫の瞳、本気で忘れていたけどここにはルミアもいるし、リリィもすぐ近くで寝ているのだった。


 威圧するかのようにガン見すること数秒、沈黙を守っていた美しき顔が無表情のまま離れて『早くヤレ』と言わんばかりに小さく顎をしゃくる。


「ええぇぇっとねっ……わ、私が避けようとした理由は精神世界に入ると心が無防備になるからなの。普通の人は心に壁を作ってるってさっき言ったの覚えてる?それが無くなっちゃうって考えてくれればいいわ。

 訓練された治療師なら自分の心を守る術を持ってるらしいんだけど、私みたいに知識だけの者や、レイみたいに知識すら無い人だと心が明け透けになっちゃうらしいのね。どの程度心が漏れ出るかは分からないけど隠し事が出来ないってことになるわ。

 つ、つまり、私がレイの事を好きだってことがバレちゃうって事だったからちょっと遠慮したかったなぁって……思ったのよ。

 でももういい、覚悟を決めたっ!ちょっと怖いけどレイの心も見てあげるから覚悟してねっ。

 さぁ、リリィさんを救いに行こうっ!」


 俺の手を引くサラは迷いの晴れた良い顔をしていた。それはようやく王女という囲いから抜け出し一人の女の子となれた事の喜びが現れていたのかもしれない。



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