25.指令

「火の身体強化のように身体の中に巡らせるんじゃなくぅ、刀身の外側に薄く纏わせるのよぉ。風魔力の身体強化の要領よぉ?」


 白結氣しらゆきを握るユリアーネの両手を赤々と燃え盛る炎が包み込む。それが刀身へと伸びて行き、切先までを覆い尽くせば魔法剣の完成だ。

 刀身を倍以上にした炎なのに熱気は全く感じない。流石ユリアーネ、キチンと魔法を操っている証拠だ。


 ならばと魔留丸くんから風魔法を引き出し、目を瞑って朔羅さくらに纏わせるイメージをする。朔羅の黒く美しい刀身の周りを俺の手から伝う緑の魔力が徐々に包み込むと透明な緑の鞘に収まる様子が思い浮かんだ。


「よし!」


 イメージが固まったところで実践。手を包む緑の魔力を柄から切先まで徐々に伸ばして行く。ゆっくり、ゆっくりと進んでいく緑色、やがて真っ黒な朔羅全体を緑の膜が包み込んだ。


「ユリアーネ出来たよ!ご褒美……グハッ!」


 一撃で決めた嬉しさから振り返ればオデコに炸裂するデコピン……結構痛い。思わず仰け反ってしまった。

 エレナがいつも痛がるのが身に染みて分かる。ごめんな、これからは控えるよ。


「風の魔法剣わぁそれではダメよぉ?刀身だけに魔力を纏わせるの。キチンと魔力を移動させなきゃねぇ。ご褒美はそれが出来てぇ魔力を飛ばせるようになってからか、なっ!」


 むむっ、手厳しい。だが必要なことなら仕方がない。


 あっさり見本をやって退けたユリアーネに向かい、口を尖らせ拗ねたフリをしながらもう一度やり直す。

 しかし、魔法を手から切り離すか切り離さないか、たったそれだけの違いなのにまったくもって出来やしない。


 あれ、待てよ? 魔法を切り離す?


 やっと出来るようになった魔法を二つに分ける作業、もしかしてこれと同じコト?思い至りやってみるものの、やはり上手くいかない。


「要領は同じよぉ、でもぉ少しだけ感覚が違うかなぁ?」


 人差し指に灯した炎をくっつけた中指が離れると同時に二つに分けて見せる……ユ、ユリアーネさん?

 可愛らしく肩を窄めて小さく舌を出すが、どうやら俺に合わせて出来ないフリをしていたようだ。




「通信具……欲しくない?」


 食事中、何の脈絡も無く突然言い出したルミアの言葉。

 通信具とはギルドにある言葉のみの転移装置のこと。魔石を馬鹿喰いするらしく火急の要件でしか使われないらしいのだが、その有用性は魔導具の中でも群を抜くモノなのだとか。


「いきなり何?そりゃ有った方が便利だと思うけど、家に居るなら必要無くない?」


 ハッ!? ルミアの気配に怒りの感情が混じるのを感じた。

 八十歳を超えるとはとても思えない綺麗な白い肌。彼女のスタンダードである感情の見えない顔ではあるものの、俺の一言でご機嫌を損ねてるのがヒシヒシと伝わってくる。


「で、出かけるならぁ有った方が便利じゃない?ねぇ?レイもそう思うよねっ?ねっ?」

「そ、そうだな。有った方が便利だよな。ルミアが作ってくれるのか?また材料何か必要なの?」


 咄嗟にフォローしてくれるユリアーネに乗っかり失言を無かったかのように振る舞う……いや、俺の記憶から消し去り無かった事にした。

 怒りの気配は鳴りを潜ませホッと胸を撫で下ろす。気配を敏感に察知し直立不動となっていたエレナの長い耳も緊張から解放された反動でへにゃっと垂れ下がる……皆、すまない。


「ベルカイムの北、アングヒルの町から西にあるスベリーズ鉱山は昔から多種多様な鉱石が産出されているわ。そこでコレを掘って来て頂戴」


 鈍く光る金色の金属を取り出したルミア、しかしそんなものより彼女の語尾の方が気になった。


「ル、ルミアさん?今、掘って来てって言いませんでした?」


 聞き間違いを願い聞き返せば小悪魔がニタリと唇を曲げる。マジか……俺、穴掘りするのね。しんどそう。っつか、買えばいいんじゃね?掘る必要ある?


「売ってないから、コレ」


 予め決められたセリフを吐きだすように淡々と告げられた確定宣告、逃げ道は最初から無かったってことだな。穴掘りかぁ……。

 チラリとアルを見ると視線を逸らされる。ま、まさかてめぇ、バックレるつもりか!俺一人でやらせるつもりなのか!?


「俺はやる事がある。ユリ姉と二人で旅行、良いじゃないか?」


 モノは言いようだな……てめぇ覚えてろよ!!


 口元を押さえてクスクスと笑うルミアへ白い目を向けていればユリアーネが肩を叩いてくる。


「旅行、楽しみねぇ」


 その目を見れば彼女が何を考えているのかが分かる、夫婦の絆舐めんなっ!


 つまり諦めろってことだね、はぁ……。


「貴方は駄目よ。私が与えた課題、まだでしょ?」


 ビクッ!と足の先から耳の先までを硬直させ カッカッカッカッ とコマ送りのようにカクカクした動きでエレナが振り返る。

 すると目の端に涙を浮かべ、知らん顔をするルミアに懇願するかのように縋り付いた。


「そ、そ、そ、そんなぁ。先生っ、私またお留守番なの?お留守番ばっかりじゃないですかぁ。たまには私もお出かけしたいですぅっ!レイさんと旅したいですっ。ユリ姐さんだけズルイ。私も行きたい行きたい行きたいっ!」


 形の良い細い眉が僅かに動いた。途端に感じる殺気にも似た冷たい気配。凍てつくような威圧感に思わず生唾を飲み込む。


 ルミアを揺すって自己主張をしていたエレナもそれを感じた瞬間 ピタリ と動きを止める。作り物のように真っ直ぐに伸びた長い耳が緊張の度合いを体現していた。


「分かればいいわ」


 呪縛から解かれたエレナの耳がヘナヘナと倒れていく。可愛そうだがお留守番らしい。ユリアーネと二人で穴掘りに行ってくるよ。


「アングヒルに着いたら夕方に《月の雫亭》と言う酒場に行きなさい。小柄な男共が五、六人で酔っ払ってる筈だわ。その男達の中に〈スクヮーレ〉と言う男がいるからこの手紙を渡しなさい。

 彼等は鉱山に篭ると一週間以上出てこない時があるから、タイミングが悪いと酒場に通うことになる。まぁ、がんばってらっしゃい」


 ルミアから紹介状と、俺達が掘ってくる《金力石》の見本として親指サイズの金色の玉を受け取り鞄にしまった。

 どうせ行くなら早い方が良いということで明日出発する事にして、その日は眠りについた。



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