26.秘策

「アングヒルと言えばぁお好み焼きよねぇ。また上手く焼けるかなぁ?楽しみだねぇ」


 ベルカイムを出発して、まだ一日目だと言うのに既にユリアーネの頭の中はアングヒルでのご飯が想像されていた。楽しみにしているのは勿論良いのだが、まだ五日も先の話だよ?長いおあずけになりそうだね。


 邪魔者のいない二人旅、人目を憚らずに寄り添い心地良い揺れに身を任せていた。


 そんな馬車の中、通路を挟んで反対側に座る男四人組から鋭い視線が俺へと突き刺さるがそんなものは知ったことではない。

 それでも少しだけ気になり横目でチラリと見ると、なんとなく見たことがあるような気がする男達。多分だが、この間のギルドの件でボコった奴等じゃなかろうか。


 これ見よがしに頬にキスをすれば悔しそうな顔で歯ぎしりする様子が見られたので恐らくビンゴだろう。コレは俺の女だ、君達には悪いけど他を探しなさい。良い人が見つかるように祈るくらいはしてあげるよ。



 特にいざこざもなく平和な馬車旅は終わり、アングヒルに着くと丁度良いことに夕方。早速ルミアに言われた《月の雫亭》を探してみると酒場自体はすんなり見つかった。

 中に入るとギルドの食堂に似た空気、雑多な人達で賑わう店内を一通り見回して見たがそれっぽい男達は見受けられない。時間も時間だし折角なので今夜の夕食はここで食べる事に決めた。


「このお店、お手頃メニューが多いねぇ。

この〈たこ焼き〉ってすっごい気になるぅ。タコってぇあの海の生き物だよねぇ?」


 メニュー表にはギルドの食堂のように銀貨一枚のワンコインメニューは少なく銅貨何枚としっかり値段付けされたものが多かった。この店の人はキッチリした人なのかな?来る客も始めてでない限りこの店の値段付けを知っている筈なので、ギルド客のように大雑把ではない人が多いのかも知れない。

 ユリアーネが気になっていた “たこ焼き” と海魚の煮付けをエールと共に頼むと程なくして一口サイズのボールが十二個出てきた。ボールの上にはお好み焼きにかけたようなソースがかかっており、そのうえにこれまたお好み焼きにかけた鰹節がかかっていた。


「ちっちゃなお好み焼き?可愛いねぇ」


 付いてきた串で口に放り込むとすぐにユリアーネの顔が歪む。

 不味いのか?と思ったが涙目でハフハフと鯉のように口を動かす。どうやらとても熱かったようで、必死に冷まそうとしている様子に思わず笑ってしまった。


「んん〜っ!熱くてビックリしたけどぉ、お好み焼きの中にコリコリのグニュグニュのが入ってて面白いよぉ。コレがタコよねぇ?食感が面白いし意外と美味しいわぁ」


 どれどれと一つ食べてみると……熱っ!熱いなんてもんじゃない!!ユリアーネが涙目になっていたのがよく分かる。俺も同じようにハフハフと口の中を冷ます羽目に……弾力のあるタコの食感が変わっており、噛めば噛むほど味が出てくる。乾燥肉ほど硬くなくすぐに柔らかくなったが、なるほどなるほど、面白い食べ物だな。


「兄ちゃん達ここは初めてかい?そのたこ焼きはここの名物なんだぜ。摘みにも良いから酒飲みにも人気でな、小腹が空いたからとそれだけを食べに来る奴なんかもいる。

 どういう仕入れルートか知らねぇが海の幸が安値で食べれるってんで毎日大繁盛だよ、羨ましいねぇ」


 隣に居た気の良さそうなおっちゃんが俺達に教えてくれた。海の幸かぁ、海って行ったこと無いもんな。このお遣いが終わったらユリアーネと二人で海を見に行くのもいいなぁなんて考えながらたこ焼きのおかわりを注文。

 続いてやってきた海魚の煮付けは四十センチ位もある大きな赤色の魚。どどんと丸々一匹現れたのには驚いたが、鰹節の風味のする塩気の効いた黒い煮汁がよく染み渡り、程よく脂の乗った身は身離れも良くホクホクで美味しかった。肉も厚くとても食べ応えのあるもので大満足した。


 お腹が満たされると宿探し。お値段控えめの宿が無ければ高くてもいいやと思っていたのだが何処も特に混んでいるわけではなく、選び放題に空いていたので少し防音性の高い部屋にした。

 冒険者向けの安宿は隣の部屋の声など筒抜けなのだ、プライベートが確保されてるって、大事だろ?




 ルミアの話だと夕方に酒場に行けば会えるって事だったので昼間はやる事がない。ゆっくり観光でも良かったのだが冒険者らしく働く事にした。


 お金が無いわけではなく寧ろそこそこ持っている方だとは思うが、それでも怠惰な生活をするほど裕福ではなしい遊んでばかりいてはいつまでたっても強くはなれない。手強い敵でなくとも実践経験というのは少しでも得るべき重要なファクターなのだ。


 ギルドで依頼を受け午前中はゆったりと仕事をこなし、午後からはユリアーネと魔法の訓練。夕方になると月の雫亭にご飯を食べに行き宿へと戻るという生活。


 そうして六日目、ようやくそれらしき男達を見つけることができた。


 ルミアの話し通り小さな六人の男達が周りの喧騒を掻き消すような大きな声で盛り上がっていた。

 座っているので判り辛いが、十歳くらいの身長なのに顔は彫の深い厳つい顔をしている。かと言って強面かというとそうではなく、人の良さそうな感じで陽気に呑んで騒いでいる。


「あのっ!こちらにスクヮーレさんという方はいらっしゃいますか?」


 声を張り上げ話しかければ『何だ?』とばかりに全員が一斉に注目してきた。六人のおっさんに見つめられ若干怖くなったが、その内の一人が自分を指差す。


「俺だがお前さんは誰だ?仕事の話なら明日にしてくれんか?」


「すみません、俺はレイ、こっちはユリアーネです。ここで貴方に会うように言われていたものですから探していました。食事中で申し訳ないんですがコレを読んでもらえませんか?」


 ルミアからの紹介状を手渡すと楽しい時間を邪魔されたのが気に入らないのか訝しげな顔で手紙を受け取る。しかし封筒の裏を見た途端に一変した表情、一瞬だけ動きを止めたが嬉しそうに綻ぶ顔で急く気持ちを抑えられないといった感じに封を開け始めた。


「おい、何だって?」


 仲間の一人が顔をあげたスクヮーレさんに聞けば、ニヤリと白い歯を見せる。


「親方ぁ、この坊主はルミア嬢のお気に入りらしい。ルミア嬢の使いで穴掘りに来たんだとよ。

 欲しいものがあるから好きに掘らしてやってくれって書いてあった。穴掘りも修行の一環だからコキ使って良いそうだ、坊主も大変だなっ、ブァハッハッハッハッハッ」


「そうかそうか、ルミア嬢のなぁ。なら俺達の仲間だなっ、まぁ座って飲めよ!そっちの姉ちゃんも飲めるんだろ?おぉーいっ、酒くれよ!八人分追加だっ!」


 親方と呼ばれたおっさんが機嫌よく俺達を招き入れてくれる。全員ルミアの事を知っているようで、その日はルミアの話題で盛り上がり良い酒が呑めた。

 明日は休日になっているらしく、明後日の朝に事務所に来いと言われたので場所だけ聞いてその日は解散となった。




 事務所を探してうろうろしてみたがどう見ても言われた場所にはボロい民家しかない。町の外れにあるその家は一見使われていないようにも見えた。

 ドアをノックして待つことしばし、ドタドタという激しい音がしたかと思えば勢いよく扉が開きスクヮーレさんが顔を出す。


「ご丁寧にノックなんぞしとらんと上がってこれば良いのに。ほれ、早く来い。皆待っとるぞ」


 通された二階の部屋にはこの間の五人の男達が座っており、スクヮーレさんを入れて六人全員が顔を揃えていた。

 円形の机の上には鉱山の内の地図だろうか?迷路のように幾重にも枝分かれしている無数の道が大きな紙に記されている。何箇所かに印がされており、他にも色々書き込みがされていた。


「これは俺達の商売道具の地図でな、鉱山内部のどこで何が採れるか記してある。鉱山の中は迷路みたいになっているから迷ったら出られんかもしれんぞ、逸れないように気を付けるんだな。

 それで?お前さん達は何を掘りにきたんだ?」


 言われて預かった金色の玉を取り出すと皆に見せる……すると起きるどよめき。

 不思議に思いながらもスクヮーレさんを見ると苦笑いをしているではないか。


「また随分なものを探しに来たな。これは金力石だろ?こんなもの探してたら半年じゃ効かないぞ?本気でやるのか?」


 え…………俺、半年も穴掘りするんですか?それはちょっと勘弁して欲しいんですけど?


「ねぇ、何で半年もかかるのぉ?どこにあるのかが判らないからぁ?それともぉ掘るのが時間かかるのぉ?」


「両方だな。金力石は地下の深いところ、硬い岩盤に有る事が多い。下層まで行くのに時間もかかるが硬くて掘り辛く掘るのにも時間がかかる。

 更に言うとだな、下に行けば行くほど掘り進められていないから探せる範囲も狭い上にSランクの希少石だ、滅多に見つかるもんじゃねぇ」


「ふぅ〜ん」とまるで他人事のように納得するユリアーネだが、ここに来た以上俺に付き合って半年は穴掘りの手伝いするんだよ?分かってるのかな?


「埋まっている場所は多分判るわぁ、掘るのもレイが頑張るから大丈夫よぉ。掘り方の指導と道具だけ貸してもらえるかしらぁ?」


「掘り方の指導は任せてもらえばいいし、道具だっていくらでも貸してやる。だが場所が判るって姉ちゃん、どうやるつもりだ?俺達でさえそんな事は出来ないんだぞ?」


 んふふ〜〜っと意味深ににやけるユリアーネ、言い出した以上、何か秘策があるんだろう。


 俺が掘るのは変わりないみたいだけど……。


「貴方達わぁ鉱石を掘る時どうやって探すのかしらぁ?闇雲にただ掘っていくのぉ?違うわよねぇ、土の魔力を地面に浸透させると周りとは違う異物が有ればそれが判る。そうやって周りとは違う何かに向けて掘り進んで行くんじゃないのかなぁ?

 ただぁ、その異物が何かまで判断出来る人は少ない。だからぁ掘ってみなければそれが鉱物なのか只の岩なのかが判らない、そうよねぇ?」


「あぁ、姉ちゃんの言う通りだ。俺達は埋まっている何かに向けて掘り進んでいる。だがな、さっきも言ったが金力石は硬い岩盤に埋まっている。柔らかい土に埋まる硬い鉱物を探すのとは違い、硬い岩盤に埋まる硬い鉱物は魔法で探知するのは不可能だぞ?」


 人差し指を立てると口の前で左右に指を振るユリアーネ、皆が訝しげに見つめる中その指に僅かばかりの稲妻が走る。


「お、おいっ……まさか雷魔法か!?姉ちゃんが使いこなせるって言うのか?……待てよ?姉ちゃん、土魔法はどの程度出来るんだ?」


「鉱山に行きましょう?先生が私達をここに寄越した理由が分かるわよぉ」


「マジか」と呟きながら光の消えた指先を見つめる親方を尻目にユリアーネは俺に目配せすると部屋を出た。

 俺もそれに続いて部屋を出ると、ご機嫌なユリアーネが部屋の外で待っていた。


「そういうこと?」

「そういうことぉ」


 つまりは土魔法で探知を行うのと同時に雷魔法で感覚を鋭くし、探知の精度を飛躍的に伸ばそうというのだ。

 どこに埋まるのか見つけてしまいさえすれば後は俺の仕事になるんだろうな……まぁ、がんばるさっ。



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