27.心の支え
鉱山は意外と遠かった。
馬車に乗り事務所を出発したのが朝だったのに、川に着いたのは日が沈む直前。そこで一泊すると橋を渡り更に一日かけて馬車を走らせるとやっと鉱山の入り口へとたどり着く。
三日目にして漸く入った鉱山の中は思ったより広く、二人並んで歩けるくらいの広さがあった。親方が言うにはメイン通路だけだそうで、脇道に入るともっと細いらしい。
「嬢ちゃん、テストだ。試しにこの紅玉を探してみてくれ」
紅玉は非常に硬く魔法による探知にひっかかりやすいので希少鉱物の中では比較的見つけやすい鉱石だそうだ。また紅玉は透明感のある石で綺麗に磨くとルビーという赤い宝石として売れるらしい。
その説明を聞いてる時、ユリアーネの目の色がみるみる変わっていくのを俺は見てしまった。やる気スイッチオン!である。
サンプルにと渡された紅玉をまじまじと見つめて俺の袖を引っ張る。
「レイぃ、これ綺麗だねぇ!見つけたら半分くれるんだってぇ!がんばろぉっ!!」
そう、彼等の仕事場で掘らせてもらうのと、それの指導代として、出てきた鉱物は俺達と彼等とで折半することにしたのだ。沢山出てくればそれだけ多く手に入る、ユリアーネに気合が入るわけだよな。
鉱物にはそれぞれ出やすい地層というのがあるらしく結構奥の方まで歩いて来た。途中お昼休憩を挟みつつ歩いて行くと途中から足場が硬くなって来たのが分かった。
更に進んで目標地点に近付くと、ユリアーネがサンプルを片手に壁や床に触れながら先頭を歩く。サンプルに土魔法をかけ、それと右手から伝わる反響とを比べているらしい。俺の出番はまだ先、その様子を眺めながら彼女の後ろを付いて行く。
壁を触る間隔が狭くなり、やがて壁を向いたまま足を止めた。
目を瞑り、動きを止めたままでいるユリアーネは、暗闇の中でランタンの光に照らされ美しい彫刻となってしまったかのように見える。
神秘的な姿に見惚れていれば不意に振り向き笑顔を向けてくる。どうやらここが目的の物が埋まる場所らしい。
だがそんな事より、妙な胸騒ぎと共に感じる言いようのない不安が心の奥底でモヤモヤとしている。彼女が闇に取り込まれ二度と帰らないような、そんな気がして居ても立っても居られず進み出た。しかし六人の男達の視線にハタと我に帰れば、抱きしめたい衝動に駆られつつも人目が気になる方が勝る。仕方なしに彼女の手を取り両手で握ると不思議そうな顔で見つめてくる。
「この壁の奥ぅ、二メートルくらいかなぁ?少し下方向に掘ってみてぇ」
「ほら坊主、イチャこいてねぇで仕事しろ」
ユリアーネが親方に告げれば徐ろに突き出される一本のツルハシ、その顔は少しムッとした感じに見えたが俺が気分を悪くさせたのが理解できるので黙って受け取った。
ユリアーネの指示の元、俺はツルハシを構える。力いっぱい振り下ろせば ガキンッ と硬そうな音と共にツルハシが弾き返されてしまった。
「はぅっ!?」
手にはこれでもかというほどの痺れ。思わず情けない声が漏れ出たのは不可抗力だ!
「ぶあっははははっ。悪い悪い、俺が説明しなかったからだな。ここら辺はそこそこ硬い地盤の層なんだ、普通にツルハシを振るだけでも掘れなくはないが土魔法を付与して掘るんだよ。土魔法はどの程度出来るんだ?」
魔法自体使えない事を告げると驚いた顔をされたが、ユリアーネから土魔法を貰いそれでツルハシを覆うと首を傾げる。
「坊主、魔法ちゃんと使えるじゃないか。しかもキチンとツルハシに付与させる事も出来るのは流石ルミア嬢の身内ってとこだな。大人をからかうのは感心出来んぞ」
一応ユリアーネの魔法を貰った事を説明してみるがあまりよく分かってもらえなかったようで首を傾げたままだった。
「まぁ、付与出来ればなんでもいいさ。それが出来るなら後は掘るだけだ。
ただな、今みたいにツルハシ全体を魔法で覆ってると魔力の消費が半端ないからな、すぐに底を尽きちまうぞ?ツルハシの先端にだけ魔法を集中させるんだ。まぁアレだ、やりながら練習していけばいい。ただ、魔力が切れたからって休ませねぇからそのつもりで覚悟しとけよ?」
みんなが見守る中、気合を入れ直しツルハシを握りしめると、今度こそと振り下ろす。剣と剣がぶつかり合ったような硬い感触と共に、ツルハシとぶつかった壁が拳大の大きさでボロリと転がり落ちた、行ける!
ただ心配になったのは魔力の方だ。たった一振りで魔力がゴソッと持っていかれた感覚、これは結構辛いかもしれない。そう思いつつも止まるわけには行かず再びツルハシを振り上げた。
ツルハシを振り続けてどれほど経っただろう。魔力が減りすぎて意識が朦朧とするなか、ひたすら上げては下ろしてを繰り返す。砕いた壁は空間魔法のかかった鞄に入れて行くというなんとも賢いやり方で、俺を見守る親方が邪魔な石を処理してる。鞄の口に転がった石が ヒュポンッ と中に吸い込まれていく様子は何度見ても面白いものだ。
他のメンバーは見ていても金にならないのでユリアーネが見つけた二箇所目と三箇所目を掘りにすぐ近くで別れて作業していらしい。
土魔法に加え微弱ながらも雷魔法を使い続けて疲れてしまったのか、俺の目の届くところでユリアーネが丸まり横になって眠っている。その可愛い寝顔を横目で見るともう少し頑張ろうと活力が湧いてきた。
何個めかの鞄がいっぱいになった頃、そろそろ目標の二メートル地点になった。何も考えず無心に掘り進める俺のツルハシに今までとは違う感触が伝わりハッと意識が戻る。
見ていた親方も音の違いに気付いたようで、俺を手で制すると壁に近寄り目を皿のようにして観察を始める。
「坊主、来たぞ!この周りをさっきより慎重に掘れ、もうすぐ終わりだから頑張れよ!いいかここが正念場だぞ、適当に掘って紅玉まで砕いちまうと値が一気に下がるから慎重にな」
既に一撃当てているけどそれは仕方ないとして、終わりが見えて気力の戻った俺は親方の差した辺りを小さなツルハシに持ち変えて慎重に壁を壊して行く。すると見える赤い色、それが目標だと確信すれば嬉しくなって興奮してきた。
親方の注意通りその回りを更に慎重に掘り進めると、拳ほどの大きさもある紅玉らしき赤い塊がボロリと落ちてくる。それの奥にもう一つありそうだったのでそこまで掘り進めると、親指程の紅玉が二つも採れた。
「こりゃ凄いな!こんな大きな紅玉見た事ないぜ?もう少し落としてみないと分からんがかなりの値打ち物だぞ!やったな坊主っ!」
「なになにぃ?出てきたのぉ?わぁぁっ!これ全部宝石なの?すっごぉぃぃっ!」
ユリアーネも親方の声で見に来てビックリ、他の連中も声に釣られてやって来ると口々に「デカイ」と驚いていた。
少しばかり休憩していると他の場所の方も終わったようでみんなホクホク顔で集まってきた。そのまま長い坑道を歩いて地上に戻ると丁度、日が沈むところ、どうやら一日中潜っていたらしい。
「みんな疲れてるでしょぅ?ご飯私やるから休んでてぇ」
馬車から薪を取り出すとテキパキと夕食の用意をしてくれるユリアーネ。有難く思いつつ焚き火の側で大の字に倒れ込むとそのまま意識が消えて行った。
「坊主、初めてにしてはよく頑張ったな。いつ音を上げるかと見てたんだが、まさか掘り切るとは思ってなかったぜ?あんな荒い魔法でよくもまぁ魔力切れにならなかったもんだ、大したもんだぞ。俺達のようにツルハシの先端だけに魔法付与出来ればもっと楽になるから、また明日も頑張れよ」
ユリアーネが夕食の準備をしてくれてる間に休む事が出来た俺は、焼けた肉を一心不乱に貪っていた。するとエールを飲みながら寄って来る親方、何を言い出すかと思えばえらくご機嫌で褒めてくれるではないか。
それを聞いていた周りの男達も口々に俺の頑張りを褒め始める。確かに魔力切れで朦朧としながらも手を休めなかったのは事実だが、こんなに沢山褒められたのは初めてかもしれない。
そんな折に布に包まれた物を差し出して来るスクヮーレさん。
「これが今日の成果だぞ。お前さんが掘り出した物はかなりの大物だ。これだけでも金貨何百枚になるか分からん。おまけに他の小さい方の石は見た感じ純度がかなり高くて色が濃い。帰ってから削って見ないと分からんが混ざり物もなさそうだ、つまりかなりの良石ってことだな。姉ちゃんのおかげで今日一日で大儲けだぞっ!」
豪快に笑いジョッキを打ち合う男達は心の底から楽しんでいるように見える。お金にさほど執着のない俺だが、それでも皆の笑顔に当てられ嬉しくなり、真似してジョッキを煽り心の底から楽しんだ。
▲▼▲▼
翌日、日の出と共に入る鉱山。目標地点は昨日よりかなり下で、現在出来上がっている坑道の最下層に行くそうだ。移動するだけでも時間がかかる為、薄暗い坑道だがそれでもなるべく足早に深層を目指していく。
行けども行けども同じ景色にうんざりしてくるが目的の物を手に入れる為にそこは我慢しなくてはならない。
何度か地盤の感触が変わった後、親方が探知をするよう指示を出した。サンプルとなる金力石を片手に壁や床をペタペタと触りながら進んで行くユリアーネ、今度はなかなかそれらしい反応がないのか壁を触る間隔がだんだんと長くなって来て奥へ奥へとどんどん進んで行く。
「違うのわぁありそうなんだけどぉ、コレと同じ感じはしないわねぇ」
「違うの?大まかでも良いから分かる範囲でそれも教えてくれるか?」
親方が地図を片手にスクヮーレさんと何やら喋りながらユリアーネと共に進んでいく。スクヮーレさんが時折、壁に落書きをしているが、多分反応のあった場所を忘れないように印をしているんだろう。それと共に親方も地図に書込みをしてるみたいだ。
それを眺めながらボーっと後ろを付いて行く。進むペースも先程と違いゆっくりなので薄暗いのと暇なのとでなんだか眠くなってきた。
三人で話しながら歩くユリアーネの後ろ姿、それを見ているとなんだか抱きつきたい衝動に駆られる。
フワフワと揺れる蜜柑色の細い髪がユリアーネの細い肩を抱くように内側にカールしている。
いつもの白いワンピースの短めのスカートが形の良いプリッとしたお尻をクッキリと形取っているのが、歩くたびに風に靡くマント越しに見え隠れする。その下に伸びる細くしなやかな脚は薄暗い坑道の中、肌の白さを際立たせている。
あぁ、そういえばあの日、ユリアーネと一緒になった日以来こうして離れて歩くことなんて初めてかもしれない。ずっと寄り添うように一緒に過ごして来た。たった数歩離れていると実感しただけで飛び付きたいほど寂しく感じるなんて、俺はどうなってしまったんだろう?
もし一日……いや、半日でも離れ離れになったとしたら気でもおかしくなりはしないだろうか?ユリアーネも俺と同じ気持ちでいてくれるだろうか?
暗闇の中、変な想像と不安が膨らんでいき俺の胸を焦燥感が埋め尽くす。
そんな時、壁に手を付いていたユリアーネがふと振り返り、にこやかな笑みを浮かべる。
俺の中の黒い気持ちは一瞬で吹き飛び、暖かなユリアーネの笑顔だけが心を支配する。
あぁやっぱりユリアーネはユリアーネだった。俺の愛した女は最高の人だった。
俺もユリアーネに向け微笑み返すと作業を再開し歩き出してしまった。
ほんの一眼、その笑顔を見ただけで俺の心を癒してくれる人、いつも俺を助け、愛してくれる。俺は少しでもユリアーネの助けになってあげられているだろうか?少し不安になりつつも、それでもこれから頑張ろうと心に誓う。
やはり俺の伴侶はユリアーネしかいないと改めて認識し、俺もユリアーネの後を追うように再び歩き出した。
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