28.穴蔵の休息

 深層と呼ばれる今ある坑道の最下層部で金力石を探し始めてからかなりの時間が経った。違う鉱物ばかりが反応を示し一向に見つかる気配が無いようで、ホクホク顔の親方達とは対照的に冴えない顔のユリアーネがボソリと呟く。


「ん〜〜、このままじゃぁ駄目な気がするぅ……仕方ないなぁ」


 そんな彼女の身体を無数の稲妻が走る。


 薄暗い坑道の中、綺麗だと眺めると同時に心配事が頭を過った。


「魔力は大丈夫なの?あまり無理しないでよ。また明日でもいいじゃん?」


「まだ大丈夫よぉ」


 軽い感じで言うが疲労感が顔に出ているのを俺は見逃さない。

 期限が決まっているわけでも無いし、有るか無いかすら分からないのだからゆっくり探していけば良いと思うのだが、どうやらユリアーネはそうではないようだ。


 焦っているような感じではないので彼女がやれると言うのなら好きにさせればいいが、あんまり無理するようなら止めなくてはならないし、その役目は俺のモノ。

 暗闇の中、出ては消える無数の小さな光を纏いユリアーネが壁に手を着き静かに目を閉じている。


 親方以下、俺達はその様子を静かに見守ることしか出来ないでいた。


「休憩しよう、無理は良い結果を生まないよ」


 そのまま何箇所か探したものの、すぐに珠のような汗を描き始めたのでストップをかける。

 親方達は金力石以外の反応があった場所を掘りに行くからゆっくり休めと言ってくれた。


 小さなランタンの灯りの中ユリアーネと並んで腰を下ろした。

 鞄から水袋を取り出し渡すと勢いよく飲み始める。顔から吹き出したままの汗をハンカチで拭いてやると微笑みはしたが、やはり疲労感が辛いようだ。


「ちょっと寝たら?働き詰めは良くないよ。休憩も大事だって教えてくれたのはユリアーネだぞ?」


 マントを出して二人で被ると俺の肩に頭を預けてくる。その肩を抱いてユリアーネの髪の匂いを嗅いでいたら スースー と寝息が聞こえて来た、やはり相当疲れが溜まっていたようだ。

 少し遠くでは トントン と壁を叩く音が響いてくるがそんなものは気にせず、しばらくぶりに感じるユリアーネの存在を満喫していた。



 何かが動いた気配。いつの間にか閉じられていた目を開けば、俺の太腿に頭を乗せて丸まっているユリアーネ。


「寝ちゃってたぁ、ちょっと寒いねぇ。レイの太腿ぉ、暖かぁい」


 見上げる彼女も今起きたばかりのようだ。くっついていたのでさほど気にならなかったが、それでも地下なのでやはり寒い。


 マントを着たまま起き上がると顔を近付けキスをしてきた。唇を通して伝わるユリアーネの温もり、心地よい感触に浸っていると唇を舌が突つき『中に入れて』と合図をする。それに応えて門を開けば押し寄せてくるユリアーネの香り。互いを求めて踊る舌尖、蕩けるような蜜の味、昂る気持ちは甘い吐息へと姿を代える。


 そういえば親方達と行動を共にするようになってから、まともにキスもしてなかったな……


「昨日もぉその前もぉ……してなかったねぇ」


 頬を染めうっとりした顔、ユリアーネが指したのは今の続き・・・・の話だった。外でもみんないるし、こんな場所に宿みたいな個室なんてあるわけない。肌を合わせる機会なんて当然なかったのだが、彼女が欲してくれていることに頬が綻んだ。


「親方ぁ、俺も半年くらい女抱いてないぜ」

「馬鹿っ!喋るなっつったろ!?」


 声が聞こえて初めて見られていることに気付いた。暗闇でも分かるほどにランランとした目、コッソリ覗いてるつもりだろうが俺達の前に置かれたカンテラの灯りを受けて十二の瞳が縦に並んでいる──お前等っ、いつから見てた!?


 真っ赤になったユリアーネが凄い勢いでマントの中に隠れると、残された俺はみんなの晒し者……恥ずかしい。


 ユリアーネさん、俺もソコに入りたいんですが……




「姉ちゃん、悪かったって言ってるじゃねぇか。機嫌直してくれよ、なっ?」


 俺の腕の中でマントを被り、隙間から目だけを覗かせてジトーっとした視線をみんなに向けている。そんなユリアーネに親方以下、大の男六人が平謝りしている光景はなかなか滑稽だった。


「むぅぅぅぅぅっ」


 見えないのが残念だが、目一杯膨らんだであろう柔らかな頬を突ついて感触を楽しむ。尚も剥れるユリアーネの頭を優しく撫でると、予想通りの丸い顔で見上げてきた。


「ユリアーネ、みんなああ言ってるよ?」

「むぅっっうぅっ!」

「分かった、飯食おうか。俺が用意するよ、風の道だけ作ってくれるか?」


 軽く口付けをするとマントに包まるユリアーネを残して立ち上がる。

 その塊からニョキリと生える白い手、指先が空を撫でればどんよりとしていた空気が重い腰をあげる。少しでも風を通しておけばここで火を使っても酸欠になることはないはずだ。


 鞄から薪を取り出すと白い指先に灯った炎を貰い手早く火を起こす。鍋で野菜と乾燥肉のスープを作りカップに入れると、少しのパンと共にみんなに配った。ハーブと塩、胡椒だけで味付けしたスープ、俺の得意料理の一つだ。


 妖怪マント娘の隣に座ると、スープを手渡し並んで食べる。パンを浸すと味が染み込み干からび気味のパンも柔らかくて美味いパンへと早変わり。時間が経ったパンはカチカチで、こうしないと美味しく食べられないのだ。


「今日も美味しくできた?」

「うん、うまぁ〜っ。私ぃレイのスープ好きよぉ」


 顔も手も出したユリアーネはようやく機嫌が直ったようだ。スープもお気に召して良かった良かった。


 鉱山の中では時間の感覚が無いため疲れたら休むのが基本だそうだ。ならばと遠慮なく提案し、全員が休む事にした。今日、俺は何もしてないが、ユリアーネは雷魔法を長時間使用したために魔力を使い過ぎており回復しきってない。無理をして体調を崩したら元も子もないのだ。


 ユリアーネと寄り添いマントに包まると、少しだけ魔法の練習。


 魔留丸まとまるくんから取り出した土魔法を手に持つツルハシへと纏わせていく。

 それが終わると先端にだけ集中出来るように魔力を移動させるのだ。


 徐々に厚みのなくなる茶色い光、その分輝きを増すのが岩を砕く尖った先端。だが、どんなに薄くなろうとも風魔法を朔羅に付与したときのように手から切り離せない……魔法を二つに分けるのは出来るのに。


 肩に頭を預けてもたれかかるユリアーネは何も言わずにただ眺めてはいるが、たぶん、俺がそんな事をしてるから気になって眠れないのだろう。

 そうなれば本末転倒だとさっさと切り上げ、ツルハシを仕舞い、ユリアーネの肩に手を回して寄り添うようにして眠りについた。



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