13.順番とか無いし!

 ルミアの転移で家に帰り着くと、幸か不幸かリビングには誰も居なかった。

 しかし、丁度みんな帰ってきたとこらしくエレナが宙を飛んでくる。


「レイさんっ!!」


 俺を見つけるなり急にスピードを上げやがった。 ぶつかるかと思ったが直前で急停止、かと思えばそのまま首へと抱き付いて来る。


「今度はちゃんと早く帰ってきてくれましたねっ!もぉ、私を置いていくのは止めにして下さいよぉ。レイさん居ないと寂し……ん?んんっ?んんんっ??

 レイさん、なんか雰囲気が……あれ?あれれ?なんでだろ??」


 鼻が付くぐらいの至近距離でガン見してくるエレナ。こいつは本当に敏感だな、なんで分かったんだ?


「帰ってきて早々何してんのよ、あんた達は」


「お?早かったな、もうちょっとゆっくりしてこれば良かったのに。また酒を持ってったんだろ?みんな喜んでたか?」


 部屋に入ってきたリリィとアルの顔を見るとこれから話そうとしてる事が憂鬱に感じるが、俺が自分で話すと決めたんだ。


──責められることも覚悟の上で意を決した


「すまん、ちょっと話したい事があるんだ。座ってくれないか?」


 師匠も皆が帰ってきたことに気が付き、奥から出てくるとテーブルに着く。これで全員だな。


 俺は深呼吸を一つすると事の顛末と、俺とユリアーネの関係を順を追ってゆっくりと話して行った。



▲▼▲▼



「それでお前は魔族も追わずに女とネンゴロか?あぁっ!?てめぇ何考えてんだ?そんな時によく女なんて抱けるよなぁ!」


 掴みかかったアルが罵声を浴びせる。


 俺に唾を吐きかけるのはいい、だがユリアーネにはダメだ。ユリアーネを女とか言いやがって……だがアルの気持ちも分かるので今は俺が我慢する。

 アルだって言いたくて言っている訳ではないはずだ。ただ、怒りの矛先が見つからず俺に当たってるだけ。ユリアーネが俺にしてくれたように、今度は俺がアルとリリィの痛みを受け止めてやる番だ。


「てめぇは村の……自分の親が殺されてもなんとも思わねぇのかよっ!怒りは湧いてこねぇのかっ!あぁっ!?女なんて抱いる場合かよっ!!」


 頬を打つ拳、怒りの感情の赴くまま力任せに何発も殴られる。だが、そんなことでアルの怒りが、いや、悲しみが薄れるのであれば俺はいくらでも受け入れよう。


「俺のことは何とでも言えばいいさ、だがユリアーネを悪く言うな。彼女は不甲斐ない俺を助けただけだ。自我を失い、ケネスを討てなかったのは俺の責任だ。責めるなら俺を、俺だけを責めろ」


「ユリアーネ、ユリアーネとぎゃあぎゃあうるせぇんだよっっ!!!!」


 渾身の拳が打ち込まれ、耐えきれなかった俺は勢い余って壁にぶつかり崩れ落ちた……だがそのまま寝ている訳にはいかない。


 痛む頬を押さえつつ ヨロヨロ 立ち上がると怒りのヒートアップが止まらないアルへと向き直る。


「俺を責めろだあ?当たり前だろうがっ!てめぇがもっと早く村に行ってれば皆助かったかもしれねぇじゃねぇか!全部お前の責任だろっ!!

 フォルテア村が滅んだのはお前の所為だろうがっ!この人殺し野郎がっ!!」


「それは言い過ぎよ。レイが村に着いた時には既に村人は全滅していた、レイの責任ではないわ。いい加減レイに当たるのはおやめなさい、見苦しいわよ」


 ルミアが制してくれようとするがアルの内を埋め尽くした故郷の、両親の喪失感はそれくらいで治まることはなかった。

 制御しきれないほどの怒りの感情は打つけ所を探して激しく渦巻いている事だろう。


「クソっ!なんなんだよっ!魔族って何様なんだよぉ!!!!」


 行き場を見失った矛先は壁へとぶつけられた。無惨にも大きく崩れた壁はアルの憤りの強さを表しているのだろう。


 そのまま部屋を飛び出していくアル、心が落ち着くまでのしばらくの間そっとしておいてやるのが一番だろう。現場にいなかったからか、俺のように自分を失うほど精神に来ている様子ではなかった。ある程度なら時間が解決してくれると信じよう。


 一方リリィはと言うと、両手で顔を押さえ黙って俯いている。

 感情の起伏が大きいくせに、肝心な時にそれを表に出さないから、アルよりも心配に思えてしまう……大丈夫だろうか?


「悲しいだろうがこれは事実なんだ。すまないが受け止めてくれ」


 声は届いているらしく顔を押さえたまま嫌々と首を横に振る。身体は小刻みに震え、やはり泣いているのだろう。

 突然席を立つと逃げるように走り出した。こういう時は一人になりたいだろうから自室に戻ったのかもしれない、心配なので後で見に行こう。


 さて、別の問題も片付けないと……。


 珍しく黙ったまま俺を見続けていたエレナの前に座るとその目には涙が溜まっていた──お前は何で泣いてるんだ??


「ぐずっ、皆さんのお父さんも、お母さんも、死んじゃったんですね……可愛そう、ずびっ。

 レイさん、可愛そう……辛かったでしょ?ずびびっ。魔族の人も酷いことしますよね、ぐずっ。 争う事無くみんな仲良く平和に暮らせたらいいのに、ずびびっ。 ユリ姐さんもレイさんの為に身を呈して、すびっ、辛かったでしょ?ずびびびびっ、ぐずっ。 でもレイさんと一緒になれてよかったですね、ぐずずっずびっ。 次は私の番ですよね……ずびびっ、ぁ痛っ!」


 鼻水を垂らしながらも俺が叩いた頭を両手で押さえて睨んでくるエレナ。


「お前さぁ、途中まで良いこと言ってたのに、最後のオチはなんだよ。せっかく見直したのに台無しじゃないか」


「なんでですかっ!ユリ姐さんとしたならティナさんが居ない今、次の順番は私でしょ!?何が間違って……いはいいはい……あへ?いはくはい?」


 不思議そうに小首を傾げるエレナ。ほっぺを摘む俺の手をよいしょっと退けると、至近距離から俺の目を覗き込んでくる──だから近いってばっ! 鼻が付くほどの距離……いや、鼻付いたぞっ!いや違う、鼻水が付いたぞ!!汚いわっ!この馬鹿兎が!!

 逃げるように顔を離し、付けられた鼻水を袖で拭った。


「レイさん、やっぱり変わりましたね。なんだか優しくなった。前はほっぺ摘むのも痛かったのに、今は優しく摘んでた。 優しいレイさんの方が好きですっ!じゃあそのまま優しく抱いてくださいっ」


 自身を抱きしめ夢見心地で妄想に浸っている。俺からのアクションを待っているのかもしれないが、君の期待には応えられない。それを言い聞かせるため両肩に手を置いて大きく溜息を吐きだすと馬鹿にでも分かるよう優しく語りかけた。


「エレナよく聞いてくれ。お前みたいな可愛い子に好意を持ってもらえて俺は凄く嬉しい。だけど、さっきも言った通りユリアーネを生涯愛すると決めた。だから俺がお前を抱いてやることは出来ないんだ、すまん」


 可愛い子……の辺りで キャーッ て頬に手を当て照れていたが、重要なのはそこじゃない。


 最後の所で ポカーン と固まったエレナはまだ動きがない……大丈夫か?コイツ。

 柔らかほっぺをムニムニしてみると、それがスイッチであったかのようにようやく元に戻った。


「それとこれとどう繋がるのかわかりませんが……私、二号さんでいいですよ?一号さんじゃなきゃ嫌とか我儘言いませんよ?ユリ姐さんを愛し、私も愛してくれればバッチグーです。さぁベッドにレッツゴーです!」


 分かってないし!ぜんっぜん分かってないし!どうしたらそうなるんだ!?


「いや……君、人の話聞いてました?俺はユリアーネを生涯一人の伴侶と決めたの。分かる?君はごめんなさいなの、だから無理ですぅ」


「そーーんなっ!一人だけとかずるいですっ!!みんなに愛を分け与えるべきですよぉっ。お父さんだって昔は何人も女の子を囲ってたらしいですっ。お師匠さんだって沢山の女の人に愛を分け与えてきたんです!

 レイさんも私に愛を下さいよぉ〜。そんな事ケチケチしたら駄目なんですぅ〜っ!」


「ほっほっほっ、それなら儂がエレナちゃんに愛をあげようかのぉ?」


「お師匠さんもイケメンですけど、レイさんがいいんですっ。ごめんなさい」


 ズバッ と切り捨て ペコリ と頭を下げるエレナ。お前、自分は断るのに俺の断りは受け入れないんだな、わがまま娘めっ!


「振られてしもたなっ。ルミア、慰めておくれ」


 師匠の背後に立つと自分の胸へと頭を抱き寄せヨシヨシと慰めるフリをするルミア。 べーっと舌を出す姿が可愛らしいと思うのは、段々と毒されてきている証拠か?


「リリィが心配だから見てくるよ。エレナ、ごめんな」


「レイ、弱ってる女性は落とすチャンスじゃよ。押し倒すなら今かもなぁ?ほっほっほっ」


 師匠は何を言って……って、どう考えても冗談か、俺を励ましてくれただけだな。

 そんな師匠へウインクと共に親指を立てると、諦めの悪いエレナから逃げるようにリリィの部屋へと向かった。


「レイさん私はっ!?私の番でしょ!?リリィさん押し倒すなら私にして下さいよぉぉっ、ああっ!レイさん逃げたっ!もぉっ酷いっ」


 後ろからそんな声が聞こえたが気のせいだったはずだ。



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