43.王女の裁量

「ん……」


 朝の光が薄暗い空を照らし始めた頃、意識が浮上し自然と目が開く……あれ?もう夜明けじゃん、私ってば寝過ぎ!


 掛けられていた毛布を取りソファーから身体を起こすと、寝る前より更に高く積まれた書類の山の向こうから漏れている灯りが見える──まさか……サラ?

 恐る恐る近寄れば、難しい顔で書類とにらめっこしているサラが居た。


「酷い顔よ……寝てないの?ごめんね、私だけグースカ寝ちゃってた」


 向けられた顔にははっきり分かるほどの隈があり、せっかくの綺麗な顔が台無し。普段かけていない眼鏡までして、私が寝てる間もずっと頑張ってたのね。それなのに私は、何も出来ないくせに呑気に寝てて……本当にごめん!


 心の底から申し訳なく思い、背もたれに身を預けたサラの背後からギュッと抱き締めてしまった。途端に溢れてくる涙、私は本当に駄目な人間だ。何の役にもたたないくせに一緒に起きている事すら出来ないなんて……


「モニカ?なんで泣いてるの?あぁ、もうこんな時間ね、お腹空いた?ご飯にしよっか。

 ほらほら泣かないで、ご飯食べたら元気になるからちょっとだけ待ってね」


 チーンと静かな部屋に鳴り響く音。程なくしてやって来たメイドさんに朝食を頼むと、ヨシヨシと頭を撫でて慰め、涙まで拭いてくれる。

 しかし、サラの顔を見れば申し訳ない気持ちが込み上げてきて、疲労感滲む頬に両手を当てるとまた視界が滲む。


「こんなになるまで頑張ってたのに、私は……私は……」


「ほらぁ、泣かないの。こんなの少し寝れば治るわ。それに、これは私がやりたくてやってることよ?貴女が気にすることじゃないし、あの人の為でもない。私が私の失態を取り戻そうと努力してるだけ、ただそれだけよ。

 私の方こそ、私の所為で貴女にも貴女の婚約者にも迷惑をかけたわ。謝るのは私の方よ、モニカごめんなさい」


「そんなこと……サラは何も悪くないわっ!」


 眉根を寄せた本当にすまなそうな顔に我慢しきれずサラに飛び付けば溜まっていた涙がホロホロと落ちて服を濡らす──私達の為にごめんね。サラ、大好きよ。


 動きを止めた私の背中を幼子をあやすように優しくさすってくれるサラ、自分に真っ直ぐで、強くて……本当に優しい。それに比べて私はただ泣いてるだけ、気を遣わせて邪魔をしているだけ。

 元気付けようと逢いに行ってもそれすら叶わず、何も出来ないまま戻ってきてサラに泣き付いて……こんなんじゃお兄ちゃんに嫌われちゃうよぉ。


「こんなに愛してもらえるレイシュア様は幸せ者ね、羨ましいわ。私がなんとかするからちゃんと幸せになりなさいよっ。さぁ、私もお腹空いたの、そろそろ食べない?」



 並んで座ったソファーでサンドイッチを食べた。夕食も食べずに寝てしまっていた私のお腹はやっと入ってきた栄養に歓喜し、呆れてサラの手が止まるくらいに次から次へと求め続けた。


「沢山食べられるのは良い事よ。ちょっと分かった事を話すと、レイシュア様を唆したメイドはやはりパチェコ男爵家の者で間違いないわね。アンナにしょっぴいてくるように言ってあるからそのうち来るでしょ。

 それと、後宮の入り口で通行を妨げるはずの近衛二人もその時は席を外していたそうよ。これも恐らく彼奴らの仕業ね。

 晩餐会が終わってからそんなに時間が経っていなかったのに随分と用意が良いのが気になるわ」


 気に入らないなら直接言えばいいのに、それすら出来ない陰湿な人達。そういうの大っ嫌い!


「泣いたり怒ったり、忙しいわね。解決の糸口は見えたからもう少し辛抱しなさいよ。下手なことしたら台無しになるから貴女はここでこ・う・そ・くっ、良いわね?」


 どうせ外に出ても私なんかに何も出来る事は無いしサラの近くにいるのが一番状況が見える、それなら私に不満などないわ。

 コクリと頷くと満足げな笑顔で頷き返してくれた。



 お皿が空になる頃にはお腹がパンパンだった。お兄ちゃんの事も忘れて夢中で食べた罰だ、苦しい……。

 横になったソファーでポッコリとしたお腹を撫でていると、妊婦さんってこんな感じなのかなぁなんて思ったりする。お兄ちゃんの子供、かぁ……想像したら顔が熱くなって来た。だめだめっ、こんな時に何考えてるんだろ、私!


 気を紛らわす為に苦しいと訴えかけるお腹に鞭を打ち、作業に戻ったサラの机へのっしのっしと向かった。


 座っているサラが隠れるくらいに高く積まれた紙の山、何が書いてあるのかと思い一枚の紙に目を落とせば、一人のメイドさんのその日の行動記録が夜を中心にこと細かく書かれている。他の紙を見ても違うメイドさんの同じような書き込み、これってもしかしてあの夜に働いていたメイドさん全員の分あるの!?

 端に置かれた小さい方の山には、近衛騎士と王宮付きと思われる騎士の行動記録が……。調べて来たメイド長さん達も凄いけど、サラはコレを全部読んだの?


「一枚だけ読んでも分からないわよ。全部を合わせてようやく全体像が見えるのよ。けど、枚数が枚数だからね、読むのに時間がかかって仕方ないわ」


「サ、サラはこれ全部覚えてるの!?」


「流石に全部じゃないけど、あらかた頭に入れたわ。裁判官まで息がかかってる可能性もある。そうなるとチンタラしてる時間はないのよ」


 王宮にいったい何人の人が居ると思ってるのかしら?その人の行動を一人一人把握するなんて……凄すぎる。やっぱりサラは凄いのね、お姫様は伊達じゃないってことだわ。いくらお兄ちゃんの為とはいえ私には絶対に無理。


「はいはい、ご主人さま〜。お届け物ですよぉ」


 ノックも無しに力強く開け放たれ扉から入ってきたのはアンナさん。真っ青な顔をしたメイドさんを押し込んできたけど、もしかしなくてもこの人がお兄ちゃんを騙した人?


「待ってたわ。貴女がミリエンヌ・フィラルカで間違いないわね?」


「は、はい……」


 注意してないと聞き漏らしかねない消え入りそうな声、私達三人に囲われた女性は唇を震るわせながら小さく頷いた。


「その様子だと聞くまでも無さそうだけど確認は必要だわ。

 一昨日の夜、貴女は雇い主コンラハム・パチェコの命令によりハーキース卿を後宮へと案内した、間違いないわよね?」


「……はい、その通りです、あのっ!あの……私は言われた通りに仕事をしただけなのです!私は……私は、どうなるのでしょうか……」


 震える手を祈るように組み、悲痛な面持ちでサラへと問いかける。不安で一杯の顔を見ると可愛そうに思えてくるけど、この人がこんなことしなければお兄ちゃんが捕まる事なんて無かったんだ。メイドとして命令された事はしなくてはいけないとは分かるけど、それでもこの人に対する憤りが収まらず、汚い言葉が口から飛び出しそうになる。


「あんたねぇ、そんなことに手を貸せばどうなるかくらい子供でも分かるだろ?いちいち聞くなっつぅのっ」


 アンナさんの一言でストンと崩れ落ち、座り込んでしまった。組まれた手は解けておらず、サラを見上げる目からは一筋の涙がこぼれ落ちる。


「貴女がした事は犯罪よ。貴族を嵌め、貶めることに加担した、死罪は逃れられないわね。でも一つだけ貴女が助かる方法を提案するわ、それに乗るかどうかは貴女次第、よく考えなさい。

 貴女は貴女の主人であるコンラハム・パチェコの命令でハーキース卿を後宮へと案内した、それを法廷で証言なさい。そうすれば貴女の罪を軽減させ死罪を回避させる事を約束するわ。但し、犯した罪を償わなければならないことに変わりは無い。さぁ、どうしたいかしら?」


 死罪と言われ私と同じように目の前が真っ暗になったんだろうか?焦点が合わなくなったみたいで何処かをぼぉっと見つめたままでている。

 でも少し経てばサラの提案を理解したのか、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「ありがとうございますっ、ありがとうございます……なんでもします!どんなことでもしますから殺さないでくださいっ……お願いします、お願いします……」


「それじゃあ、証言はしてくれるのね?」


 涙でビショビショなのに拭く事すらせず、固く組んだ手を掲げて祈るようにしながらも激しく首を振る。その必死さはひしひしと伝わり、お兄ちゃんを貶めた実行犯とは分かりながらも可哀想に思えてきた。


「分かったわ。モニカもそれでいいかしら?」


「サラ王女殿下の御心のままに」


 王女として話すサラに尊意を込めてカーテシーをすればクスリと笑われる……酷くない!?


「では簡易ではあるけれど……サルグレッド王国第二王女サラ・エストラーダ・ヴォン・サルグレッドの名において罪人ミリエンヌ・フィラルカに課せられる刑罰を言い渡します。

 貴女は今をもって、サラ・エストラーダ 付けのメイドとしてその一生を捧げるものとします。この間、恋愛は勿論、結婚、外出を禁じ、私的時間の一切も無いものと思いなさい。

 しかし見方によっては貴女も被害者、精神誠意働いて貴女が認められれば減刑も考えましょう。しかと肝に命じ、罪の意識を持って精一杯働きなさい。理解しましたか?」


「はい、承りました」


 震える声で答えたミリエンヌさんは床に顔を擦り付けながら嗚咽を漏らす。時折、小さな声で「ありがとうございます」と何度も言っているのが聞こえた。


 サラも言ったけどこの人は命令に従っただけ、本当に悪いのはこんな事を企てた人達だっ!



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