2.賑やかな日常

 やばいっ!やばいやばいやばいっ!ご飯作ってたの完璧に忘れてた!!


 くぅ〜、私のばかばかばかっ。


 馬鹿な弟弟子たちの暴走を聞き付けて慌てて飛び出してしまった自分を今更ながらに呪う。


 魔法まで使っての全速力、今このタイミングでなりふり構ってはいられない。

 夕飯のピンチ!レイの好物なのは知ってる、でも私も大好きなんだからっ!久しぶりに食べるドードー鶏、丸焦げにしてなるものかっ!待っててね、私のドードー鶏ちゃん!!


 数秒で家にたどり着いた私は一目散に台所に向かう。するとドードー鶏ちゃんの納まる竈門の前には救世主様がいた!背を向ける彼女は腰まで伸びるプラチナブロンドの髪と膝上十五センチ丈のプリーツスカートを鼻唄に合わせて揺らめかせている。

 そこは鶏の脂と香草の焼ける良い匂いで満たされており、私は今日の夕飯がこの天使様によって救われたのだと知る。


 あぁっ、天使様!私のドードーちゃんをお救いくださりありがとうございますぅっ。


 両手を胸の前で合わせ感謝の祈りを捧げると熱いものがこみ上げてくる。安堵のあまり崩れ落ち、その場に ペタン と座り込んだところで天使様が私に気付かれこちらを振り向いた。


 ほど良く大きな形の良いお胸様がプルンと揺れる。余分な肉の無い引き締まったウエストは惜しげも無く晒されており、見ただけで スベスベ だと分かる健康的な白い肌。血色の良い桃色の唇にはお玉が当てられており、香草焼きとは別で作っていたスープの味見をしているようだ。小さくもくっきりと美しい鼻に パッチリ と開く大きな目、その中に収められたルビーの様な薔薇色の瞳が感謝の涙を流す私へと向けられ二度三度と見えては隠れてを繰り返す。


「やっと帰ってきた」


 お玉を置き、呆れ顔でそう言う天使様──否、リリちゃん。

 そうリリちゃんは天使様だったのです!違った……天使様はリリちゃんだったのです。


 彼女はリリアンヌ・コーヴィッチ、私の妹弟子ちゃん。気が強いのがたまにキズだけど気配り上手でしっかり者で、私と同じでとっても可愛いの。私と同じでね……そこ、頷くとこだよ?


 私のドードー鶏を救ってくれたリリちゃんは、やっぱりちょっとご立腹の様子。そりゃそうだよねぇ?夕飯、無しになるところだったんだもの……反省。

 心の中で反省してもリリちゃんの機嫌は治らないので、そのままよっこらせっと正座に座り直し天使様のありがたいお言葉を待ちます。


「釜の火、付けっぱなしで行くなんて何考えてるの?折角のドードー鶏なのに……丸焦げにっなっちゃうじゃない。いくら慌ててたからって火の始末はしっかりしないと!

 ご飯が炭になるだけならいいけど火事になったら大変だよ、家が無くなっちゃうんだよ?旅の途中ならまだしも、ずっと野宿なんて私は嫌。ねぇ、聞いてるの?ユリ姉っ!?」


 深く、ふか〜く反省しております。以後気を付けます。だからもう、堪忍してください。

 そんなことを口に出さずに黙ってお説教を受けていると諸悪の根源が帰ってきた。あの子達が馬鹿なことしてなければ私がお説教されることもなかったのに……違う、私が悪いんだ。ごめんなさい。



▲▼▲▼



 俺達が家にたどり着くとお玉片手に仁王立ちするリリィがいた。その前には目の端に涙を浮かべて正座している女性。

 あぁ、やっぱりお説教されたか……俺達のせいでごめん、ユリ姉。


「ただいまー」

「おかえり、早かったわね」


 俺達を見て笑顔で答えてくれるリリィだが、言葉には刺があり怒ってますオーラが漏れてこっちにも飛んできていた。


「こうして反省してるんだから、それくらいにしといたら?」


 苦笑いで言ってみたがそれが藪蛇。綺麗な顔に皺が寄ったかと思いきや、こみかみがヒクヒクと痙攣を始める。その雰囲気に幻覚であろう角が見え、あっという間に般若のソレへと変貌を遂げた。


「アンタが言うんじゃないわよっ!誰のせいでこうなってんのよ!!!」


 これはいかんとその場からの脱走を試みようとしたとき、奥の部屋から銀髪の美少女と手を繋いだ小柄な老人が現れた。


「何を騒いどるんじゃ?」


 俺達四人の剣術の師匠、ファビオラ・クロンヴァール。

 師匠は俺より頭一つ分背が低く、目鼻のはっきりした彫の深い顔で頭が輝いている……そう、つまり髪の毛がない。いわゆる禿げだ。その反動かどうか分からないが真っ白い髭を長く蓄えている。髭の先に付けられた赤いリボンは誰の趣味だろう?まぁ、言うまでもなくあの人しかいないわな。

 本人は別段気にしてないからいいけど、俺は将来禿げるのは嫌だな。そんな事思っててもなるようにしかならないが……希望は希望だ。


 師匠は昔、剣聖として恐れられていたらしく鬼のように強かったらしい。だったら剣聖じゃなく、剣鬼って通り名にすればカッコ良かったのにな。その名残……と言ったらおかしいけど、八十歳を過ぎた今でも身体はムキムキだ。

 そんな老齢でも俺達より遥かに強く、ユリ姉を含めて俺達が束になってかかっても傷すら付けられないだろう変態じみたご老体だ。


 なんでも若かりし頃はモテモテで、めちゃくちゃ遊びまくっていたと自慢されたよ。超肉食系でかなりの女の子を泣かせて来たみたいだ。それじゃあ剣聖じゃなくて剣性だろって思ったけど、本人には怖くて言ってない。今じゃ只の優しい好々爺だけどな。


 そんなイケイケ、モテモテ男のハートを射止めたのが隣で手を繋いる俺達の魔法の先生、ルミア・ヘルコバーラだ。見た目は十才そこそこの可愛い女の子なのだが、一緒になるきっかけはそれだけじゃないはずなので何が決め手だったのかは気になりはするが、聞くタイミングが無くて知らないままだ。


 彼女は銀の髪を無造作に腰まで伸ばしているけれど、せっかく綺麗な髪なのにあんまり手入れしてない感じだ。もったいない。

 切れ長の目に嵌め込まれた底知れぬ濃紫の瞳。普段無表情が多いというのも相まって一見するとちょっと近寄りがたい感じを受けるのだが、よく知ると世話焼きで仲間思いの良い人なのだ。


 彼女について気になる事といえば俺達よりも若く見えるその容姿。師匠と同じくらいの身長はお似合いの夫婦のようでバランスが取れているのだが、師匠が若かりし頃からここで一緒に住んでいると言っている時点で見た目と年齢が合わない。

 仮に八十歳だとしても……十二、三歳に見えるとかどう言う事!?大魔法使いは肉体の年齢すら超越できるのか!?

 まぁ、秘密が分かったとて俺は魔法というものが一切使えないので関係ありませんがね……心の中でため息を吐く。



 一般的に魔法ってやつは俺みたいな例外を除き誰でもある程度使えるものだ。

 薪に火を付ける、風呂に水を入れる、風を起こす、いわゆる生活魔法ってやつだ。


 ちょっと魔法が得意な奴になると複合魔法って言って、水魔法に火魔法を混ぜてお湯を出したり、風魔法に火魔法を混ぜて温風を出したり出来る。そんな事が出来るのは二割程度の人だけだ。


 さらに凄いのは特殊魔法、選ばれた一握りの人間しか使えない特別なものらしい。

 アルとユリ姉が使ってた雷魔法もそこに含まれており、身体に纏うと動きが素早くなる魔法だな。


 これは使いようによっては反則的な強さを誇る。

 腕にかけて剣を振れば神速の如く速い斬撃が。目にかけて相手を見れば動きが止まっている様に見え、脳にかけ思考すれば相手の行動の裏の裏まで詠める……かもしれない。


 まさに戦闘の為の究極魔法だが魔力の使用量が極端に多いという弱点もあるので、ここぞという時の短時間の使用しか出来ないらしく使い道が難しいらしい。

 さらにネックがあって、修練がとても大変だと言う事だ。雷魔法自体使える人が少ないのに、その中からさらに魔法の才能が有り努力したごく僅かな者だけが使いこなせる特別な魔法なのだ。


 アルも雷魔法に目覚めてからずっと鍛錬して来たにも関わらず、三年かかってやっと少しだけ剣に纏わせることが出来るようになった。それでもユリ姉に簡単に返されてたけどな……。


 この家は師匠、ルミア、ユリ姉、アル、リリィ、俺の六人で暮らしてるんだけど、半分が雷魔法使えるって……異常だぜ?しかも師匠とユリ姉は実戦レベル。どうなってるの?この家。神様の握る一握りはデカかった!なんてオチは……ないよな?




「この匂い……ドードー鶏?何のお祝い?」


 ルミアは何も無い空間に・・・・・・・穴を開ける・・・・・とおもむろに右手を突っ込み、そこから二つのグラスとワインを取り出し師匠と二人で仲良く飲み始めた。


 彼女は雷魔法こそ使えないものの、今見せた空間魔法を始め、魔法に長けた魔族の中でも上位の者達しか扱えないとされている転移魔法といった、普通の人では使えない魔法を呼吸するかの如く簡単に操る。

 火、水、風、土の四属性魔法に加え、それの複数属性の複合魔法もお手の物だ。魔法に関していえばほぼ万能なんじゃないかと俺は思っている。


 俺、魔法使えないんっスけど。その才能少しだけ分けてもらえませんかねぇ、はぁ……。


 一人で悶々としてると、おつまみのチーズとサラミが乗ったお皿がテーブルに置かれた。


「師匠、先生、聞いてよぉっ。今日、気晴らしに狩りに行ったらねドードー鶏、見つけちゃったの!しかも二羽もっ!!すごいでしょ!?

 でね、獲ってきたのはいいんだけど、それをユリ姉が丸焦げにしちゃうとこだったんだよ!」


 興奮気味に二人に話すリリィ。師匠は椅子に座り、右手に持ったワインを飲みながら楽しげに聞いている。左手はというと、師匠の膝の上で横向きに座るルミアの腰にある。いつも通りラブラブだなぁ、おい。

 何も知らない人が見たら、老貴族に寄り添う若い愛人って絵面だ。愛人より若いか……孫?


 六十年以上寄り添っているって聞いたけど、未だにこのラブラブぶりは凄いな。俺もいつか愛する人が出来たら師匠達を見習いずっとラブラブで居続けよう。



 ユリ姉は、というと……まだ正座したまま一人で項垂れていた。師匠達にバレて冷や汗を流しながら下を向いて固まっている、かわいそうに。そんな姿も滅多に見れないし、何よりショボンとした姿が可愛いから眺めとこう。


 でも流石にそろそろ晩飯を食べたい。ドードー鶏、早く食いたい。部屋に充満する匂いが辛抱たまらんっ!


「手洗ってくるわ。そろそろ飯食おうぜ」


 場の流れを変える為に動き出すと、ユリ姉がこれ幸いとばかりに素早く立ち上がった。


「じゃあ用意するねっ!リリちゃん、お皿これでいいよね?」

「ユリ姉……まぁ、いいか。うん、それでいいよ。あと小皿とスープカップもお願い」


 上手いこと逃げたことに流石のリリィも呆れ顔だ。まだ言いたいことがあったみたいだが、また今度にしてもらおう……早く食べたい。


 アルと共に手を洗いに行き、戻ってくると食事の準備は整っていた。

 よし、食うぞ!


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