3.魔法が使えなくとも!

 朝日が顔を出す少し前の空が白み始めた頃、部屋を出て森の中のいつもの場所へと向かう。


 腕立て、腹筋、背筋、スクワット。冒険者になると決めた子供の頃からやってる慣れ親しんだいつものメニューだ。

 こうした地味な鍛錬の積み重ねがとても大事だと師匠に言われた時、ずっとやって来たことが認められた気がしてうれしくなった。土壇場で物を言うのは技能や技術ではなく、身体力と精神力なのだそうだ。


 身体が暖まってきたら今度は体力トレーニング。剣の代わりに手頃な枝を拾い、握りを確かめる。

 疎らに生える木々を左右のステップで躱しながら森の中を駆け抜けていく。調子が出てきたら立体的な動きも織り交ぜるために幹を蹴り、三角飛びで手頃な枝に飛び乗ると間髪入れず別の枝に飛び渡る。

 枝から枝へ、枝から地面へ、地面から枝へ。感じるままに身体を動かし飛び回る。一見すると『猿か?』と思われるかもしれないがこれも修行の一つなので目を瞑ってくれ。


 木の間を立体移動しながら、落ちてくる木の葉を手に持つ棒で打ち払っていく。狙うは木の葉の中心。打ったときに葉が破れないように力のコントロールをする。

 早く、優しく、緩急をつけて的確に捉えられるよう棒を振るうのは、手も足も頭も使うのでめちゃくちゃ神経を使う。



 しばらく駆け回っていると背後から気配を感じた。咄嗟に身を躱しつつ確認すれば一粒の小石が飛んで来ていたので手にする棒きれで叩き落とす。

 するとまた背後から気配が。振り返ると二粒の小石が迫っていたので再び叩き落とすと、今度は四方から小石が飛んでくる。


「倍倍倍かよっ!」


 呟いて全て叩き落とすと予想通り別々の方向から八個の小石が迫って来ていた。


「まだ行けるぜっ、ルミア!」


 全ての小石を叩き落とすと、今度は師匠が目の前に居た。


「くっ!」


 咄嗟に腕を交差させ防御の姿勢を取るものの、いきなり目の前に現れてはさすがに対応しきれない。軽く蹴り飛ばされた俺は木の間を上手に抜けて地面を転がって行く。

 不意打ちに対応出来なかったことに不貞腐れ地面を舐めたまま転がっていると、一人分の軽い足音が近づいてくる。


「いきなり痛いよ。相変わらず速いなぁ」


 仰向けになり、苦情を言って視線を向けるとお姫様抱っこされるルミアが目に入る。


──朝からイチャイチャすんなっ!


 ジト目で睨み、心の声で叫んでおく。


「イチャラブは夫婦の特権。子供は黙って受け入れなさい」


 抑揚のない声でルミアが反論してきた。俺の心の声を聞き取りやがったな、こわいこわい。


 小石飛ばしてきたのはルミアだ。風魔法で操り俺の背後を狙ったんだろう。

 一般的に風魔法と言うと、風を起こして火の勢いを強めたり、髪の毛を乾かしたりする程度だ。ちょっとレベルが上がり戦闘に使える位になれば矢に魔法を乗せて加速させたり、自分の後ろから風を吹かせて移動速度を少し早める程度が関の山だ。風を自在に操れる奴なんてまずいないだろう。やっぱルミアは凄い魔法使いだな。


「油断したな、まだまだ修行が足りんぞ?戦士たる者、いつ如何なる時も的確に対処出来ないといかんのぉ……でもまぁ、ルミアの石は捌けたから良しとしようかの」


 いつもの朗らかな笑顔で見下ろしてくる師匠。まぁ修行が足りないのは重々承知なので、まだまだ頑張るしかない。取り敢えずお褒めの言葉も貰えたので良しとしよう。


「そろそろ朝食の準備ができる頃じゃぞ?いつまでも寝とらんで、さっさと起きんか。ほれ、行くぞ」


 師匠の腕の中、ルンルンとリズム良く足をバタつかせるルミアを抱いたまま俺を置いてスタスタと歩き出してしまった。

 わざわざ呼びに来てくれたのかと思ったがすぐに考え直す。どうせ、朝のイチャラブ散歩のついでだろう。どうでもいいが取り敢えず朝飯だ。


 慌てて師匠達に追いつくと並んで歩く。


「基礎訓練はそのまま続けるがよい。毎日の積み重ねが大事じゃからな。朝食が済んだら剣術を見てやろう……そういえばお前さん、魔法の訓練もしとるんか?」


 言われて少し不機嫌になる。ほぼ全ての人が使える魔法、けど俺は何故か魔法が一切使えない。練習すればいつか使えるようになるのか?


「魔力を高めるのと、魔力の操作の訓練ならやってるよ。でも魔法が使えないから、いまいち成果がわかんないんだよな。なぁ師匠、俺って魔法の訓練必要なの?剣だけじゃ駄目なのか?」


 素直な疑問を投げかけてみると師匠は立ち止まり、ルミアをゆっくり丁寧に地面へと降ろした。


「魔法が使えるようになるかどうか、それはワシにも判らん。もしかしたら何かのキッカケで使えるようになるかもしれん。その時になって修行を始めたんじゃぁ遅かろうて。若い内に身体になじませておいた方が伸び代も増えるんじゃぞ?

 剣と魔法、合わせるとどうなるか見せてやろう」


 ルミアに目配せすると、何処からともなく俺そっくりの等身大の人形が湧いて出た。『何故こんなものが!』と、顎が外れるほど口を開けて驚いているとルミアがしたり顔で俺を眺めている。師匠が剣を抜き説明を始めたので気分を入れ替えて話しに耳を傾けた。



「まず風魔法じゃが、ほいっ」


 軽く剣を一閃すると細い三日月型の半透明な緑色が物凄い速さで飛んで行き、人形に当たった所で腕が吹き飛び赤い液体が噴き出した──何ごと!!人形だよね?あれって人形だよね!?

 愕然とした思いでルミアを見ると、ニマニマと愉しそうな笑顔で俺を見ている。


「お主、ちゃんと見とるか?まぁいいが、見ての通り風魔法は斬撃を飛ばすことが出来るんじゃ。当然だが修練具合によって飛んで行く速さも大きさも変わるぞ?素人のはそよ風が吹く程度だがワシくらいになるともっと凄いのが飛ばせる、さっきのは軽く振っただけだがな」


 リアル人形に驚きまくったが、飛んで行く斬撃か。すっげーな!使えるのと、そうでないのとでは戦略に大きな違いがでる。使ってみたいけど俺、魔法使えないからなぁ……。



「次は火魔法じゃぞ。これは見た目が派手なのでワシも好きなんだが、本気でやると少々暑くてあまり使わないやつじゃな」


 師匠の剣が炎に包まれた。メラメラ燃えててカッコいい。男のロマンを感じるぜ!あんなの振りまわしてたらビビって誰も寄ってこないんじゃないか。


「これはこう使う」


 人形に向かい一振りすれば、二十メートル程離れた人形まで炎の剣が伸び、切り裂かれた胸から赤い液体が飛び出した。それと同時に傷口から炎が溢れ出し、凄い勢いで人形全体が炎に包まれ焦げ臭い異臭を放つ。


「かっこいいじゃろ?」


 ドヤ顔で振り返る師匠と入れ替わりに、ルミアが水魔法を飛ばして鎮火していた。



「土魔法はあまり戦闘には向かんが、水魔法は基本的に防御に使うものじゃ。後は、そうじゃな……ワシの雷魔法でも見せてやろうかの」


 師匠の剣が無数の稲妻を発しながら白く輝いて行く。あまりの眩しさに目を細めるが視線だけは外さない。アルの将来の技をしかと見届けよう。


「瞬きするでないぞ?」


 そう聞こえたかと思った次の瞬間、人形が細切れの肉片に挿げ変わる。言われた通り瞬きなどしなかったはずなのに早すぎて一瞬にしてミンチが出来上がった事しか分からなかった。

 やばいよ、やばすぎるよこの魔法。こんな魔法を使うヤツが敵に居たら泣いて謝るしか助かる見込みがない。


「まぁ、ここまで出来るのはワシくらいのもんじゃがな」


 ニヤリと笑うその顔に俺は安堵する。師匠しか出来ないなら俺の死亡フラグは回避されたも同然だ、あとは気合でなんとかなるだろ。


「俺、師匠に絶対服従するわ」

「そうか?ふぉっふぉっふぉっ。まぁ、そろそろ帰るぞ。あんまり遅くなるとユリアーネにドヤされるからの」


 俺の冗談にいつもの笑顔で応えると、再び歩き始めた師匠。ルミアがいつものように腕を絡めて並んで歩き出したと思ったら、横目で俺を見ながらパチンと指を鳴らす。なんぞと思い振り返るとあったはずのミンチが姿を消し、地面に広がる赤い染みだけが残っていた。

 ゴミは各自持ち帰りましょう。公園の最低限のルールだな、ここは公園じゃないけど。


 それにしてもなんで俺の人形なんてあったんだ?まさか、夜な夜な殴る蹴るのフルボッコにしてストレス解消でもしてたのか?怖いよルミアさん。せめて顔は俺じゃないのにしてくださいよ。


 一人、妄想しながら師匠達の横を歩く。ルミアがまた俺をチラ見して意味深な笑みを浮かべる。えっ?それってまさか……また思考を詠まれた!?俺の妄想の肯定?つ、つまりフルボッコ……勘弁してくださいよ。朝からガックリとしてしまった。






 朝食を済ませると予定を変更してルミアが俺の魔力具合を見てくれることになった。

 何をするのか気になっていると、拳大の水晶玉のようなものを渡してくる。陽にかざして綺麗だなぁとぼんやり眺めていると、中心付近にゆらゆら動く炎のような物が見える。


「あげないからね。貸すだけよ」


 すげーっ!良いものもらったってルンルン顔で喜んでいたら、表情も変えずに冷めた目を向けて釘を刺された……なんで心を詠む!


 この水晶玉──〈魔晶石〉に魔力を送ると、中心にある炎に変化が現れるのだそうだ。


 魔力の濃度、つまり質だな。それによって炎の色が変わるらしい。今は魔力を込めていない状態なので半透明の白っぽい炎のオバケみたいなのがあるのだが、流された魔力の質に応じて青に始まり緑を経て黄へ、そこから橙を経て赤へと変わって行くらしい。

 そして流された魔力の量により炎の大きさが変わる。魔法の得意な人で三センチくらいの緑色の炎が現れるという話だ。


──さてさて俺は?


 地面に座り目を閉じる。リラックスした状態で両掌の上に置かれた魔晶石に集中し、魔力を送っていく。


 乾いた砂に水を落とすかの如く際限なく飲み込まれて行く魔力。そのまま送り続けていると、なんとなくもう良いような気がした。

 目を開けば出来上がっていた色の付いた炎、大きさは四センチより少し小さいくらいで色は黄色味のやや強い緑色。参考までに聞いた水準を上回る炎にドヤ顔でルミアへ視線を送れば、意外にもちゃんと褒めてくれる。


「へぇやるじゃない。魔法が使えないクセに最初にしては良い感じね。毎日鍛錬を重ねればもっと伸びるかも知れないわよ?

 しばらくはそのやり方でいいけど慣れてきたら目を開けて立ってやりなさい。実戦で魔法を使うとき、そんな事してたら死んじゃうわ。

 あとは、魔力を練るスピードね。出来るだけ早く練るように心がけなさい。魔法はスピードが命よ、対処される前に叩き潰すの。 “魔法は試行回数と使用時間” でどれだけでも強くなれるわ。ただし、その人にセンスがあればの話だけど……ね。覚えておきなさい」


 褒められて嬉しかったが『魔法使えないんですけどー?』と言いたくなる。それはさて置き鍛錬はやるけどね。

 自分の成果が嬉しくなってと緑の炎を眺めていたら「貸すだけよ」と、二回目の釘を刺された。大事な事だから二回か!?じゃあ永遠に借りておきます、へへへっ。


 こうして俺の日課がまた一つ増えたのだった。


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