第一章 動き出した運命の輪

1.まだまだ遠い背中

 頭を狙い一直線に落ちてくる奴の剣。


「くっ!」


 身を捻ればギリギリ回避出来るものの白刃が空を切る音が聞こえ、そこに、やけに耳につく軽い音が混ざれば逃げ遅れた黒髪の先端が宙を舞う。

 現実を捉えて見開かれた目、その光景に怒りを覚えれば対峙する存在を睨みつける。


「……のやろぉ」


 口から漏れ出した言葉が終わらないうちに追撃の刃が襲いかかり対応に追われる。


 右手に握る刀で打ち上げ、お返しとばかりに返す刃で上段から打ち狙うものの呆気なく空ぶった。手を緩めずもう一歩踏み込んで切り上げるがそれでも当たらない。

 再び返した刃、再度上段から振り下ろせば今度は奴の剣を捉え、金属同士のせめぎ合いで小さな火花が咲いたのが目に映る。


 その反動を利用して一旦後ろへ退がると、体勢を立て直しつつ相対する長身の男へと言葉をぶつけた。


「そっちがその気なら本気で相手してやるよ!」


 まるでそこから動いていないのではないかと思わせるような悠然な立ち姿で此方の出方を見る紫紺の瞳。俺の激昂を理解すれば口元が歪み、整った顔に不敵な笑みを浮かべてそよ風で踊る金の髪を搔き上げる。

 余裕たっぷりの優雅な仕草に余計に腹が立ってきた。絶対に吠え面かかせてやる!


 吹き出した怒りの炎で腹わたが煮えくり返った直後、奴が軽々と握る大型の剣に一本の稲妻が迸る。どうやら魔法剣なんて卑劣な手段まで使ってくるらしい。


 魔法剣とはその名の通り剣に魔法を纏わせて使用する魔法の一種で、相手に向かって放つほどの魔法を使えずとも比較的容易に使える攻撃のための初期の魔法形態だ。


 だが奴が見せたのは雷の魔法。剣に纏わせることで剣速は跳ね上がり、魔法の練度によっては素の剣速の数倍から数十倍にもなる。

 目で追うのさえ困難な斬撃、つまり雷の魔法さえ使いこなせたのなら、剣はど素人でも剣豪にすら勝てる可能性があるってことだ。


 そんな反則級な魔法なのだが扱える者は極端に少なく、世界を見回してもほんの一握りしかいないらしい。俺は魔法が一切使えないからそれを聞いた時、心底安心したよ。

 だってそんな奴がゴロゴロいたら剣の修行をしている意味なんて……無いもんな。



 持っていた刀を鞘に納めると姿勢を低くし、いつでも抜けるようにと親指で鍔を軽く押し上げ鯉口を切る。抜刀術の構えを取りつつ呼吸を整える為にゆっくりと大きく息を吸い込む。

 速さには速さで対抗するしか手立てを持たない俺には最速の剣術たるこれしか選択肢がない……まぁ、得意だからいいんだけどな。


 しばらく構えたまま睨み合っていると ピリピリ と剣身全体を這う小さな稲妻がとても綺麗に見える。奴の魔法剣も安定してきたようだ。


──そろそろ行くかっ。


 俺が動いた瞬間を待っていたかのように奴も動き出す。



「「はぁぁぁぁっ!」」



 二人の刃がぶつかり合う直前、派手に巻き起こった砂煙の向こうで ギィィィンッ という鋭い剣撃の音が二つ。間髪入れずに金属の打つかり合う感触が伝われば、次の瞬間には見事に吹っ飛ばされて受け身もままならないままに地面を転がっていた。




「ねぇ〜ぇ、なぁ〜にしてんのかなぁ?君たちわぁ」


 少し鼻にかかる喋りながらよく通る声が砂埃の中心から聞こえてくる。心なしか少々の怒気が混じってるように聞こえるが……うん、気のせいじゃないな。


 返答に困っているとだんだん砂埃が晴れていき、しゃがみ込んだままの姿勢で両手に刀を構える女の姿が見えてくる。


 彼女の名前はユリアーネ・ヴェリット。俺の姉弟子に当たる人でユリ姉って呼んでいる。背は俺より少し低い位だから女性にしては高い方なのかな?性格は温厚で優しくたまに天然な所がチャームポイントなのだが、ボンッ キュッ ボンッ のナイスバディを持つ四つ年上のお姉様だ。

 でも注意点が一つあって……怒るととっても怖いんだ。

                                            

 彼女の右手には愛刀である白い太刀──白結氣しらゆきが握られており、刀身から仄かに漏れる淡く冷たい光が怪しく揺らめいている。

 左手にはこちらに向けられた小太刀があり、どうやら俺の渾身の一撃はあんな物で止められたみたいだ。


 本格的に修行を始めて五年、まだまだこの人の足元にも及ばないらしい。


「何って……試合?」


 寝そべる身体を起こして恐る恐る答えると、肩まである美味しそうな蜜柑色の髪をフワリと揺らしてジト目で見据えてくる。琥珀色の瞳から発する無言の圧力に耐えきれず思わず目を逸らした。


「お互いを高め合う為の試合なら文句は言わないけどぉ、渾身の撃ち合いをして力のコントロールができるのかなぁ?んん〜?それともぉ手足の一つでもちょん切ってあげなきゃ分かんないのかなぁ?」


 えぇ、確かに頭にきて後先考えてませんでしたよ。あのまま行けば、どちらかが怪我をしていたかもしれない。私が悪ぅございました。でも、先に仕掛けてきたのはあの野郎ですがねっ!

 なーんて言い訳を頭の中で吐き捨てるものの反論が怖すぎて言葉に出せず、そっぽを向いたまま立ち尽くす。


「レイ、ごめんなさいは?」


 俺が反省しているのを見抜きユリ姉が言葉を求めてくる。


「……ごめん」


 あらぬ方向を見て呟く俺を見つめ小さくため息を漏らすと、手にしていた白結氣を鞘に戻した。チンッ という高い鍔鳴り音が耳心地よく響く。


「アル、あなたもよぉ。私と師匠以外には雷魔法の使用を禁止してたのは覚えてるよねぇ?なぁんで約束破っちゃうかなぁ。ちょっとお仕置きしないと解らないのかなぁ?んん〜?」


 さっきまで切り結んでいた相手──アルファス・ロートレックは赤ん坊の頃からの幼馴染で親友だ。キザで無口だけど俺と気の合ういい奴だぜ……さっきは頭に来てて、ぶっ殺すとか思ってたけどな、テヘペロ。


 両手を挙げうな垂れるアルを見てると、自分のことは棚に上げてちょっとスッキリしていることに気が付いた。 やーい、怒られてる。クックックッ。

 そんなこと思ってたらユリ姉に キッ と睨まれ、慌てて目を逸らすが平常心を装いながらも内心は冷汗ダラダラだ。


「二人とも反省わぁ?」



「「すみませんでしたーっ」」



 にっこり微笑みを浮かべた彼女は俺達が反省したのが分かり満足そうだ。


「まぁ、罰として晩御飯は抜きね」


 違った!悪戯が成功し、してやったりと無邪気な笑みを浮かべるユリ姉を見て勘違いだと悟る。

 現在十五才、成長期の俺達にとって晩飯は無くてはならないもの。ましてや一日中剣の修行で動き回っていたので腹が減りまくりだ。腹が減っては戦は出来ぬ、睡眠も出来ぬのだ。

 お叱りから移行したイジメ。晩飯くらいでユリ姉の機嫌が治ってくれればいいのかもしれないが……それにしても酷くね?


「夕食の献立わぁ……」


 口元を握りこぶしで隠す様子は綺麗系女子であるユリ姉の可愛らしい仕草。だが三日月型に細められた意地の悪いいやらしい目を向けると、壮大な爆弾を投下してきた。


「なんとなんと、ドードー鶏なのでぇぇっす!」


 両手を腰に当ててのドヤ顔、俺を見つめる姿は完全に勝ち誇っている。


 それ……俺の大好物じゃないですか!?お姉さん、意地悪し過ぎですって!

 終いにゃ泣きますよ……トホホ。


 ドードー鶏というのは滅多に獲れない高級食材。身はふっくらと柔らかいのに噛みごたえのある不思議な食感で、万人受けする独特の脂の香りが食欲を激しくそそるのだが、絶対数が非常に少ない鶏らしくお祝いの席などで年に一度食べられれば良い方なのだ。


 そんなのがなぜ今日食べれるんだ?

夕食に出される理由に心当たりがさっぱりないのだが、どんな理由があろうとも食べ損なうのだけは嫌なので抵抗を試みる。


「ユリ姉のけーちっ!」

「だぁれが悪いのですかねぇ?」

「ごめんなさい、もうしません、堪忍してください。だからドードー鶏ください!」


 土下座で完全敗北宣言をし泣きを入れると、ユリ姉は満足そうな顔でうんうんと頷き「次は無いからね」って呆気なく許してくれた。


「でもさ、今日の晩飯当番ってユリ姉だったよね?こんなとこに居て大丈夫なの?」


 素朴な疑問をぶつけると ピシッ という音を立てて固まったユリ姉。そして血色の良かった綺麗なお顔が見る見るうちに青ざめていく。


「……そういえば火にかけっぱだった!やばいっ!折角の食材が炭になるぅ。私のドードー鶏ちゃん!!」


 ユリ姉の脚が光を帯びたかと思った次の瞬間、僅かな砂埃を残してその姿が消えていた。多分、雷魔法を脚にかけて移動速度を速めたのだろう。魔法の使い道が間違っていると思うのは俺だけか?しかもユリ姉、いつものお気に入りのサンダル履いてなかったか?それであの速度で移動できるって……まぁ、貴重な晩飯の命が助かるのなら細かいことは気にしないでおこう。頼むぞっ、ユリ姉……みんなの為に。


 アルに視線を移すと呆気に取られて立ちすくんでいる。きっと同じ雷魔法の使い手として格の違いを思い知らされた感じなのだろう。

 器量良し。性格良し。剣の腕も、雷魔法も達人の域。完璧じゃね?ちょっと抜けてるところが良い味出しててユリ姉の魅力を増し増しにしている、反則すぎるわ……。


「アルもあれ、出来るよな?」


 無理なのが分かってて敢えて聞いてやる。

前髪を切られたお返しだ。


「出来るわけないだろう」


 不機嫌そうな顔で睨んで来るが気にしない。お高いプライドを傷つけてやったわ、へへんっ。


 小さな反撃に成功したところで立ち上がり愛刀を鞘へと戻す。この刀はベルカイムのオスヴィンさんに実力を認められて売ってもらった逸品だ。

 キンッ と白結氣しらゆきよりは低いが心地よい鍔鳴りが響き今日の鍛錬の終わりを告げる。


「なぁ、俺達もいつかあそこまで辿り着けるかな」

「追いつくしかないだろう」

「あと四年で行けると思うか?」

「いや、無理……でもいつかきっと追い越してみせる」

「あぁ、そうだな」


 今のユリ姉と同じ年になっても、俺達はたぶんあの領域には辿り着けていないだろう。ポテンシャルが違いすぎる。けど、いつかは肩を並べて隣に立ちたい。

 その為にも明日以降の修行、もっともっとがんばろう。


 頑張る為には……とりあえず晩飯だ!


「俺達も帰ろうぜ?」

「あぁ」


 茜色に染まる空の下、夕飯の無事を祈りつつ二人でゆっくりと家路に着いた。


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