67.三度目の邂逅
暗い暗い真っ暗闇の中、ポツンとただ一人だけでそこに居た。周りを見渡しても何も無く、ただ闇だけが存在する世界。
──ここは……夢の中だな。
以前はこんな闇の中から始まっていた朔羅と会う夢も最近ではいきなりベッドの中から始まる。
──これは朔羅と会う夢ではないのか?
ここでじっとしてても始まらないので、仕方なしに以前と同じく気の向くままに歩みを進めていると、そういえばリリィの心の中もこんな感じで始まったなぁと思い起された。
しばらく歩いて行けばやはり見えてくるのはあの大きな光る木だ。朔羅と会う夢でも見た。そしてリリィの心の中でも見た。一体この巨木は何なんだろう?
また入り口でも無いものかとグルリと歩いて見て回ると、根の奥の方に隠れるようにして牢屋にあるような格子がある。
それが目に入ってやっと思い出した “もう一つの夢”
確かお人形さんみたいな可愛らしい女の子が捕まっていた筈……名前は……名前は、何だったかな……。
格子に向かい歩きながらも思い出そうと思考を巡らせるがなかなか思い出すには至らない。とうとう名前が出てこないままに格子へと辿り着き、手を掛けると真っ暗な内を覗き込んだ。
「あれ?誰もいない?」
見た目にも誰も居らず、人の気配も無い。
また別の夢なのかと思った時、闇の中から一人の少女が音も気配も無いままに姿を現した。
真っ白な肌に纏うは金の縁取りのされる真っ白な服。少しだけ波打つ金の髪は膝にまで達し、人形のように寸分の狂い無く整う顔には碧く澄んだ瞳を携える見目麗しき少女。
「あっ……貴方は……レイシュア?」
「あぁ、その通りだ。そういう君はエルシィ……だったな。そう、エルシィ。人間の女神エルシィとは君の事だよな?」
俺の問いには答えずただ黙って見つめてくる。
確かこのあいだ夢で会った時は幼女のように小さな女の子だった筈だが、今は見た感じ十歳と言ったところで少女と呼べる程に成長している。
「レイシュアは以前、私を此処から出してくださると言いました。でも……ね、やっぱり私は此処に居ます、出して下さらなくて大丈夫です。ですから、封印石を集めるのはもう止めてください」
身体の成長と共に心も成長しているのだろう。以前のあどけない感じは薄まり、どこか気品さを感じさせる喋り方になっている気がする。
それに封印石、そんな物の存在を知っているのであればこの子はやはり女神エルシィで間違いないのだろう。
「封印……だが、捕まっているのは魔族の女神チェレッタじゃなかったのか?なんでエルシィが封印などされているんだ?魔族の仕業か?
それに、君は行方不明だと聞いた。何で俺の夢の中にいるんだ?」
「レイシュアの言うように私は女神エルシィと呼ばれる存在、ですがエルシィそのものではありません。エルシィの一部が貴方の中に入り込んだ、言わば分体。エルシィであってエルシィでないモノ、それが私です。
レイシュアお願いですっ!ルミアの計画に乗って姉を……チェレッタを殺すのはどうか思いとどまって下さい。姉は悪い男に唆されただけ……その男も数百年経った今ではもう居ない事でしょう。それが分かればチェレッタも元の優しい姉に戻ってくれるはず。
お願いです、どうか……どうか姉を殺すのはだけは……」
思いの丈を伝えようと必死になって格子を握りしめ、身を乗り出さんとしてお人形のような綺麗な顔を格子の間に押し付けて悲痛な面持ちで懇願する姿はもはや痛々しいとしか表現出来ない。
姉の生を想い涙を流す姿は、女神という存在でありながら家族を思う人間となんら変わりがないように思える。
家族を失う辛さは味わってきた。だからこれから家族を失うかもしれないと言うエルシィの叫びは理解できるつもりだ。しかし……チェレッタの所為でより多くの人が不幸になると言う現実もある事を俺は知っている。
俺は一体どうすればいいのだろうか。
──大勢の為に誰かが犠牲になるのか?
常識的に考えれば迷うことでもないのかもしれない。
だがもし、その犠牲となるのが自分の親しい人間だったとしたら俺はそれを許容できるのか?
──そんなこと出来る訳がない!
それがモニカだったら?サラや、ティナ、エレナやリリィだったら?
まず間違いなく俺は世界を敵に回してでも戦う決断をすることだろう。
例え
「エルシィ……」
碧い瞳から零れ落ちる涙を指で掬い、濡れた頬を手で拭いてやる。
「実は俺達って遠い親戚って知ってたか?俺は破壊の男神と創造の女神の間に生まれた人間の末裔らしい。二人から産まれた君と君の姉とは世代が違えど同じ家系ってことだ、つまり家族も同じってことじゃないか?
そんなチェレッタを殺すのは俺も正直気が引けるし、それが正しいのかどうかもよく分かってない。
エルシィの気持ちは痛い程よく分かるけど、今ここで『殺さない』とは約束することは出来ない。けど、殺さないで済むように努力する事は誓うよ……だって俺達、家族だろ?」
殺さないと言った訳ではないのに、悲しげに涙を流していたエルシィの顔に花が咲いたように明るさが戻る。
だいぶ……という表現では効かないほどに年上なんだろうが、どう見ても今は妹にしか見えない。そんな彼女のオデコにキスをして格子越しにそっと抱きしめると、その身体は驚くほど細く華奢だった。そんな彼女も格子を握りしめていた手を離し弱々しくだが俺の背へと回してくる。
ベルに引き続きまたしても可愛い妹が出来てしまった、そんな嬉しい出来事なのだが、チェレッタに関してはどうしていいのか今の俺にはサッパリ分からないので悩みどころだな。
「あっ、あの……レイシュア……」
ほんの少しだけ身動ぎを始めたエルシィから若干の焦りが滲む声が紡がれた。
「どうした?俺はもう少しこのままエルシィを感じていたかったんだが、ダメか?」
「いえ、あの……それは私も賛成なのですが……あの、その、顔が……痛いのです」
「顔?」と少し離れて見ると格子に押し付け過ぎて嵌り込んだエルシィの顔が赤くなってしまっている。
「え?まさか抜けない……のか?」
恥ずかしげな表情を浮かべると頷こうとしたのだが、それすら出来ない事が分かると誤魔化そうとしたのか苦笑いを浮かべた。
「エルシィ……折角の良い雰囲気が台無しだぞ?」
「ふぇ〜ん……痛いですっ、抜けませんっ、レイシュア助けて〜」
「よ、よし、ちょっと待てよ」
「あだだだだっ、レイシュア痛い!痛いですよぉぉ」
「そんな事言ってもだな、お前、嵌り過ぎじゃねぇ?ピクリとも動かないなんて可笑しいだろ」
「えぇっ!?そんなぁ……封印されたままは良いけど、ずっと顔が嵌ったままは嫌ですぅぅっ。レイシュア、何とかしてぇぇ〜っ!」
──こ、これが女神エルシィか……
その後しばらくの間、格子と格闘することとなり、エルシィとのまったりした時間はお間抜けな時間として過ぎ去って行った。
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