68.ブッキング
首を動かした所で何か堅い物が当たり、目を瞑ったままで手を伸ばすと手のひらにすっぽりと収まる大きさの物だった。丸い形状のようだがギザギザとした突起がいくつもあり、手で握ると手のひらが刺激されて心地良く、しばし キュッキュ と握って遊んでいた。
そんな事をしていると段々と目が覚めて来て自分の握る物を持ち上げ確かめれば、円の周りをモヤモヤとした小さなヒレで縁取られた物……太陽の形を模した虹色の石だった。
「んんっ……兄さん、起きとったん?」
俺の腕を枕にして丸まっていたミカエラは驚くほど穏やかな声色で囁くと、顔も上げずに俺にしがみつく。
「ミカエラ、これは封印石か?」
「せや、兄さんの目的の一つやろ?ウチ、出来る娘やから、なんも言われんとも用意しといたんや。
それより兄さん、女神と会うてたやろ?ウチが隣におるのに他の女とイチャ付くとか、ほんまもんの浮気性やなぁ」
──女神と……?
ミカエラの言う事の意味が分からず首を傾げていると カプッ と胸を甘噛みされた。それは浮気したという俺へのお仕置きだったのかもしれないが俺にはサッパリ記憶にない。
「兄さんのココにはほんま沢山の女がおるね、その一人が女神エルシィやっちゅう話しや。たぶんウチが封印石渡したから影響力が強なって兄さんの夢に出て来おったんやろな。
せやけど夢やからな、兄さんが覚えておらんくても仕方ないかもしれへんけどルミアのかけたという封印の影響やろか……夢なんて朧げに覚えてる筈やから、完全に忘れるなんてことあらへんのやけどなぁ」
俺の胸に頬を付けたまま見上げてくるミカエラの表情は声色と同じく穏やかで、普段のティナと同じく元気いっぱいっ娘の印象とは程遠い。
俺の胸に下がるユリアーネとの結婚指輪を薬指に嵌めて遊ぶが鎖に繋がれているため第一関節までしか嵌める事が出来ない。
そんな事は気にした様子もなく嵌めた指輪を眺めていたかと思うと、不意に視線が俺へと向けられた。
「ウチの事……好き?」
フラウと同じ事を聞くんだなと言うのが率直な感想だった。出会って二週間そこそこ、少々強引に俺達の輪の中に入り込みここまでダンジョンを共にして来た。モニカ達と共に居た事もあり、正直に言って女性として見た事など数度しかなかった。
「ああ」
クスリと笑うと指輪を外してそっと俺の胸に置く。聞こえるか聞こえないかという小さな溜息を吐いたミカエラは俺の胸に額を擦り付けるとそのまま動かなくなった。
「ウチ等六頭の属性竜は、悠久の時の中でこの世界を守る為に永遠に生き続けなければならんのや。そない長い時の中で兄さんと過ごす時間なんて一瞬にも満たない儚い時間や。それでも、その刹那の時間でも幸せを求めるのは可笑しい事やろか?
こない寂しい思いするんなら最初から感情なんてモノが無ければどんなけ楽だったかと何度も思ぉたわ。
兄さんがベルの事を気に入っとるんは知っとる。せやからベルに会いに来るついででかまへん、ウチにも会いに来てやってくれへんか?」
同じ時を過ごせるのは彼女達を産んだ二人の神と、その後産まれた二人の女神。だが四人の神が四人とも姿を見せない今となっては、それぞれの地に縛られた属性竜しかいないという事だ。
つまり彼女達は共に過ごす仲間も無く、産まれては死んでを繰り返す人間達を見守りながら永遠に生きて行かなくてはならないという事だ。
「ミカエラ」
返事の代わりに名前を呼ぶと顔を上げたが、その茶色の瞳は涙色に染まり、今にも雫が溢れそうだった。
こんな俺でも彼女の癒しになるのなら妻達もきっと許してくれるだろう。そう都合の良いように勝手に納得をするとミカエラをベッドに転がし、上から見下ろしながら幾度目になるか分からない口付けを交わした。
▲▼▲▼
「なぁ、魔法陣を操れるなら何で最下層に連れて行ってくれなんて言って付いて来たんだ?」
転移魔法陣の前に立ったミカエラにずっと思ってた一番の疑問をぶつけてみた。すると苦笑いで振り返り言おうか言うまいか迷っている感じで モジモジ としているではないか。
「あ〜、んとな……それは……もう二百年位前になるんかな?ちょい所用で部屋から飛び出した時にやな……その、鍵をやな、持って行くの忘れてもうたんや。ほんでな、帰りとうても帰れなくなってもうて仕方なしに街におったっちゅうわけやねん。
そりゃぁもう大変やったんやで?
当時はティリッジもそこまで大きな町やなくてなぁ、アレやコレやと旅してくる人に宣伝して回って町を大きくしてやな、冒険者をたんと集めればダンジョン攻略出来るくらいの強い人も来るやろ思ぉたんやけど、これがなかなかおらんくてなぁ……やっとのことで行き着いたのが兄さんやったっちゅうわけや」
こいつ……あほなのか?
鍵忘れて家から締め出されて二百年……言葉も出んわ。
「男だろ」
「なっ、何やて!?」
「所用って男絡みだろ?」
額に浮かんだ大粒の汗がミカエラの答えで間違いないだろう。ミカエラらしいと言えばらしいが間抜けにも程がある。
「え、あ……その……なっ、何が悪いん!?そんなウチも可愛らしいやろ?」
開き直りやがったよ……まぁそれがミカエラクオリティ。個性って大事だよな……そういうことにしておこう。
水色の転移魔法陣を潜ると窓から差し込む光がちょうど目に入って眩しく、思わず手で覆った。
その様子を俺の腰に抱き着くミカエラが楽しげに見ていると、誰かが近付いてくる気配がする。
「お帰りなさいませ、良い冒険が出来ましたでしょうか?出所確認を致しますのでギルドカードの提示をお願いします」
なんか聞き覚えのある声だなと目に当てた腕を退けると、入り口で受付をしていたお姉さんに似ている感じの女の子だった。
カードを渡して処理している間に話を聞けば、何でも彼女達の妹さんらしい。ただ、お姉さん達とは違い既に結婚しており、優しげな旦那さんが俺達のカードの処理をしてくれていた。
建物から外に出るとあまり人は居なかった。ギルドと同じで朝の混雑時間を過ぎると人も疎らになるのだろう。
久々の本物の陽の光を浴びながら、やっぱり本物の方が良いなぁと思いつつ町の中心部に向かって歩き始めた時、そいつ等は俺達とは逆にダンジョンへ向かい歩いて来ていた。
腰まで届く薄藤色の髪を靡かせて颯爽と歩く美女。屋台のおじさんやこれからダンジョンに向かおうとその場に居合わせた少数の冒険者の目を釘付けにしながら真っ直ぐこちらに向かって来るが、俺を見留めた瞬間に驚いた顔をして立ち止まった。
「……レイ。何故ここに居るのかしら?」
「なっ?だから言ったろ?」
アリサの隣に立つのは見たことのある顔、そいつは第三十層の転移魔法陣の部屋で会った刀を腰に刺す細身の銀髪男。そいつはアリサと親しげに話していることからも魔族なのだろうと予測がつく。
「アリサ、やっと会えたな」
「あれからペレの足取りが見えないわ、どうしたのかしら?」
聞くまでも無い事をわざわざ聞いて来るのは彼女が少なからず動揺しているからなのだろう。
「ペレ?あの時の魔族だっけか?奴の足取りが分からないのは消えて無くなったからだよ。それより、俺の話を聞いてくれる気になったのか?」
「消えてって……そう、そういう事なのね。それで、その娘は新しいお友達なのかしら?」
彼女の視線は俺の左手にあるブレスレットに向いていた。これはアリサが俺にくれたものだ。その目的は属性竜の力を集める為のもの、既に赤と茶色の光を灯したブレスレットを見たアリサは、わざわざ聞かずともミカエラの正体に気が付いている事だろう。
「お友達?」
恋人のように寄り添うミカエラの顔を覗き込んでワザとらしく聞いてみると、プクッ と頬を膨らませた顔が可愛くて笑えば思わぬ反撃が来る。
「愛人やっ!」
「愛人かよっ!」
間違ってはいないような気もするが自分で愛人宣言されても困るので、すかさず頭に手刀を叩き込むと、大して痛くない筈の頭を押さえて蹲った。
「仲が良いのは分かったわ。それならもうわたくしは必要ないのではなくって?」
「嫉妬してくれるのか?アリサだって男連れだろ?おあいこだよな。
それでもう一度聞くけど、俺の話を聞く気になってくれたのか?」
「ふふふっ、そう、おあいこね。
レイ、わたくしを服従させたければ実力で来なさい、それ以外に道はないわ。
でも残念、ココではまだ貴方の相手はしてあげない」
ニヤニヤとした顔つきで黙って俺達のやり取りを聞いていただけの銀髪は、自分の出番を悟ると一歩前に出て腰に刺した朱塗りの鞘を左手で少し引き出し右手を添えた。
「アリサは話しが長いなぁ、僕の事忘れてるのかと思っちゃったよ。
さてさてお兄さん、ペレを殺ったって話だけど、どれ程強いのかな?ワクワクしちゃうね〜」
「テレンス、本当にやるの?別に戦わなくてもいいのよ……って、貴方は止めても無駄よね。まぁ、いいわ。適当に切り上げて帰ってらっしゃい。
レイ、わたくしと戦いたければ……貴方なら言わなくても分かってるわよね?テレンスはペレより遥かに強いわよ。精々怪我しないように頑張りなさい。
では、ごきげんよう」
アリサが転移で姿を消すと、待ってましたとばかりに腰を落とし鯉口を切って戦闘態勢に入ったテレンスと呼ばれた銀髪男。
だがすぐに興が醒めたように姿勢を崩すと刀を戻して立ち上がった。
「頭っ!アイツです!黒髪金眼の男っ。あいつが兄貴達を殺ったって奴です!」
ドタドタと集団で走ってきたのは二メートルもある筋肉の塊を先頭とした五十人近い、いかにもゴロツキといった感じのガラの悪い男達。猛然と走って来るとテレンスを含め俺とミカエラを取り囲んで血気立っている。
「おいっ、黒髪ぃっ、テメェか?俺の弟を殺ったって奴は。目撃情報も上がってるんだ、大人しく白状しろや」
目撃情報があるのなら白状する必要があるのか?脳味噌まで筋肉なのかこいつ……。
「お前の弟って言われても分からんぞ、どんな奴だ?」
「とぼけんなっ!第二十層の安全地帯でテメェが殺した男の事を忘れたとは言わせねぇぞっ!!」
──あぁ、やっぱりアレの事か。
「人にちょっかいをかけて来たんだ、喧嘩を売る以上殺される覚悟もあったんだろ?何をいちいち怒ってるんだ?」
「やっぱりテメェかぁぁ!!殺してやるっ!テメェは俺が殺してやるぞぉぉ!」
一メートルはある大きな頭を持つ重そうな戦斧を握りしめて殺気立つ筋肉達磨だったが、ここでヤルのはちょっと周りの人様の迷惑となる。
「あ〜待て待て、今取り込み中だったんだが……って聞いてないわな。なぁテレンス、悪いけどアチラさん先に片付けてもいいか?」
「あの時は美人に囲まれてたし、今は可愛い子侍らせてるし、アリサとまで関係ありそうな口ぶりやったな。そんで今度はおっさんらに囲まれて……なんでそんなに人気あるの?
まぁ、君が逃げずに僕と戦うというのなら構わないよ、お先にどうぞ」
ヒラヒラと手を振り興味無さげな顔で了承してくれたので街中で暴れる事もないだろう。それに奴はどうも戦闘狂っぽい。強い者と戦いたい、ただそれだけなのだろう。
「すまんな。それで、おいっ筋肉!聞いてるか?相手はしてやるけどココじゃ人様に迷惑だ。やるなら町の外でもいいだろ?その間に人数集めたければ集めろよ」
「クソガキがぁ!そんな事知ったことかっ!俺一人いればっ……いれば……くっ!テメェそう言って逃げるんじゃねぇんだろうな?逃げたらこの町から一生出れなくしてやるからなっ!」
ゴタゴタ五月蝿かったので視線に込めた殺気を飛ばしてやると筋肉達磨は急に大人しくなった。実力差が分かるのならここで手を引くと言うのも一つの手段だと思うのだが、この人数を纏める頭である以上格好が付かないんだろうな。
そんな相手の事情など知ったことではないので、大人しく条件を飲む事にしたヤカラ共に囲まれながら町中を練り歩いた。
なんとも言い難い変な気分で、当然の如くそれを目にした町中の人がヒソヒソと噂話しをしているのが目に付くが致し方ない。どうせ明日にでもここを発つので、変な噂が立とうともそんなに気にする必要はない……はず。
「おっ、近くで見るとめっちゃ可愛いなぁ。お嬢ちゃん、今晩ヒマ?」
頭の後ろで両手を組み、気ままに町中を散歩するかのように俺達の隣を歩いていたテレンスだったが、何を思ったかミカエラを覗き込むとナンパを始める。
「あんさん、アホなん?兄さん隣におるのにナンパするとか、どういう神経しとるん?だいたいやな、あんさんは今から兄さんと戦うんやろ?死んでもうたら今夜も何もあらへんやんか」
「あぁ〜、そうか。じゃあ、こうしようっ。僕とそっちのお兄さん、勝った方がお嬢ちゃんの今夜の相手だ。それならいいだろ?」
「なんでウチがその条件飲まなあかんの?あんた頭可笑しいで?」
テレンスは無邪気というか、自分に素直というか……そんな素振りは今は無いが、この場に俺が居なかったとしたら路地裏でミカエラが襲われていても可笑しく無いような気がして来た。
「分かった分かった。俺に勝ったらミカエラはお前にやるよ、それでいいだろ?」
「なっ!?」 「おっけーっ!」
俺が勝つから問題ないとミカエラを納得させると景品にされたミカエラは不服そうな顔をしたものの押し黙りしがみ付いてくる。そうでも言わないとしつこく言い寄られていただろうから、これでいいんだよ。
要は俺が勝てば良い、ただそれだけの事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます