69.大立ち回り
「テメェの希望通りわざわざ場所替えてやったぞ、これで文句はないだろうな?」
移動した先は町を出たすぐの場所。大人しく町の外まで移動してくれた事には驚いたがみんな素直で良い子でした、なんて事はない。
だがそのお陰でというか何というか、五十人だった手下の人数は俺の助言通りに膨れ上がり百は超えているようだ。今日は町の大掃除か?まぁ、これだけの人数の野盗とも言える冒険者気取りの連中が居なくなればダンジョン内も少しは風通しが良くなって平和になる事だろう。肩身の狭い思いをする真っ当な冒険者が減るのは良い事だ。
集まったのは何もゴロツキだけではない。興味本位に面白そうなイベントを見に来た町の連中や、今日はダンジョンに潜っていなかった冒険者などなど野次馬は大勢だ。
テレンスに目を付けられたミカエラを一人で残すのは心苦しかったが、あんなナリでも土竜だ。心配ではあるが本気を出せば今の俺よりは強い筈なので大丈夫だろう。
テレンスには「俺に勝つまでミカエラに手を出すな」と念を押してから、何故か キラキラ とした目をしたミカエラと離れて一人でゴロツキ共の前へと進み出た。
「先ずは場所を変えてくれた事に礼を言うよ、こっちの都合で悪かったな。それで?君達全員この筋肉達磨の味方をするわけ?一応聞くけど、喧嘩を売る以上、死んでも文句無いよな?」
「兄ちゃん、自信があるのは結構だが死ぬのはテメェじゃねぇのか?」
「そうだそうだっ!」
「テメェこの人数見えてるのか?あぁっ!?」
「アイツ、頭イかれてるぜ?」
「泣いて謝るなら今の内じゃないのか?」
「まぁ、いいじゃねぇか、兄貴の仇なんだろ?」
「そうだそうだ!さっさと殺っちめぇ!」
集団とは人の心を強くするとは言うが、大勢いればいいというものでもなかろうに。
長い物に巻かれるのは結構だが巻かれる先を考えてから身を委ねるべきだろうな、ご愁傷様。とは言っても今まで散々甘い汁を吸って来ただろうから、そのツケを支払う時が来たというだけのことか。
「まぁまぁ、一致団結で仲が良い事で。後がつかえてるんでな、さっさと終わらせようぜ。いつでもかかってこいよ」
俺の言葉を皮切りに筋肉達磨が巨大な戦斧を片手で振り上げ「殺っちまえ!」の一言が発せられると、雄叫びと共に百対一の戦いとも呼べぬ戦いが幕を上げる。
百人いるといっても一度に相手をするのは精々四、五人、それがずっと続くというだけの事。あらかじめ種を蒔いておいたので後はちゃんと芽が出るかどうかだけなのだが……。
「あらよっと」
斬りかかって来た野盗の剣を難なく躱し、振り下ろされた腕を掴んで放り投げれば面白いくらい簡単に遠くまで飛んで行く。
「うゎぁぁぁぁぁっ」
続々と襲いかかる野盗共だが、どいつもこいつも殆ど素人同然の拙い振り下ろし。剣を棒切れのように力任せに振るう者や、見よう見まね程度の幼稚な、それはもう剣術と呼ぶのも気が引けるような、ただ振り回すだけというあまりに酷い剣の使い方。
集団とは本当に恐ろしいモノで、この程度の腕でよく人を脅せたものだと関心する程だった。
そんな奴等を ポイポイポイポイ 次から次へと右に左に投げ飛ばしていれば、どうやら俺の蒔いた種はちゃんと実を結んだようで効果が現れ始める。
シュボッ! シュボッ! シュボボボッ!
投げ捨てられ、集団から離れて転がる野盗の真下から砂を飛び散らせて黄土色の細長いモノが飛び出したかと思えば、住処に帰るソイツ等と共に野盗の姿も消えて無くなる。
「ひっ!?たっ、助けてくれぇぇ!!」
同じ境遇で集団から離され孤立していた他の野盗達もそんなものを見れば慌てるのは当然。砂に足を取られながらも必死に戻ってこようとするが彼等がいるのは魔物達のテリトリー、今更もう遅い。
ある者は走っている所を、ある者は着地の瞬間に、更にある者は投げ捨てられて空を飛んでいるところを空中で補足され消えて行く。
当然その光景は野盗はおろか、観客達も目にする事となり、町の周りにこれ程の魔物が集まっている事に驚きを隠せない様子で騒めき出した。
「お、おいっ、あれはサンドワーム……だよな?」
「あぁ……なんでこんな町の近くにあんなに大量にいるんだ?」
「なんか、ヤバくね?」
ミカエラから貰い受けた土竜の魔力をほんの少しだけ使かわせてもらいサンドワームを呼び寄せたのは何を隠そうこの俺。野盗と言えども町の人達の前でぶった斬って殺しまくるのは流石に外聞が悪いと思い、代わりに処理してくれる心強い味方を呼んだのだ。
勿論奴等は柔らかい砂地でしか行動出来ないという特性があるので町中に入ってくることは無いので安心だ。
「テメェ等!逃げるんじゃねぇっ!逃げた奴は後で俺様直々に制裁を加えるから覚悟しておけ!分かったらさっさとあの男を殺せ!」
群がるサンドワームに恐れを為して逃げ出そうとする手下に怒り心頭の筋肉達磨は手にした戦斧を振り回し活を入れようとするが、たった一人を相手しているのに既に三十人以上は喰われている手前、前にも後ろにも逃げ場が無くて狼狽えるばかりの冒険者の皮を被った野盗の集団。
中には身体強化の魔法を使えるような冒険者ランクがBクラスの人間もちらほらいたのだが、今の俺には他の奴等となんら代わり映えが無いように思えた。
襲い掛かってくる野盗の武器をすり抜け、砂地に潜むサンドワームに餌を投げながらも誰一人逃さないよう連中の奥の方を注意深く見ていると、筋肉達磨の叱咤があっても尚 コソコソ とその場を去ろうとする奴の姿が目に入る。
意思確認をしたときこの場を辞退する者は無く、状況が悪くなったからと言って一度振り上げた拳を降ろそうとするのを俺は認めない。
「下衆だなぁ……」
思わず呟きが漏れたが聞いている者など居はしない。ひと段落したところで俺がやったと分かるようにワザとらしく手をかざして野盗集団と町との間に風壁を作ると、誰一人逃さないように隔離した。
「おいっ!なんだこりゃ!」
「なんだよこれっ……壁か?」
「何でこんなもんがいきなりっ!」
大きな声を出すものだから筋肉達磨も町へと逃げ込もうとしている者がいた事に気が付き、怒りのあまり茹で蛸のように赤くなってしまった。
「貴様らぁ……良いだろう、後でと言わずに今すぐ粛清してやる!」
筋肉達磨は風壁の前で戸惑う数人に向けてドスドスと歩いて行くので、あいつらの運命は決まったも同然だな。
観客が大勢見守る手前、血を見せるのもどうかと思ってこの作戦にしたのに台無しにする気のようだ。しかし、特にアイツ等を助ける気になるわけでもなかったので放っておき、逃げる事は叶わぬと知ってるくせに逃げ腰になって寄り付かない残りの十五人に向けて走り出した。
「あれだけいたのに全滅とは情け無いもんだな。結局は俺様が相手しなきゃならん運命のようだぞ、兄ちゃん。弟の仇、取らせてもらうぜ!」
野盗集団百人をサンドワームの餌にし終わると、生々しい血が付いた重そうな戦斧を携えた筋肉達磨と対峙した。ダンジョン前で俺の殺気を受けて萎縮した事など既に忘れたようで、ヤル気満々の様子だ。
だがそんな奴の事より、俺と離れてからテレンスに話しかけられまくっていたミカエラの方が気になり視線を向けていれば、テレンスの手がミカエラの肩に伸びて行く所だったので奴の顔面目掛けて風の針を飛ばしてやった。
「おっと」
もちろんそれが当たるとは思ってはいなかったが、伸ばしかけた手で針を止める事になったので目論見通り『見てるぞ』と威嚇することには成功。すると、おどけた顔して俺を見ながら伸ばした手を引っ込めやがる。
「悪ぃおっさん、あんまゆっくり相手してやれないわ。さっきも言ったけど後がつかえてるんでな、さっさと片付けさせてもらう」
「舐めやがってぇぇ!死ね小僧ぉ!!」
猛然と走り寄る筋肉達磨、重たい戦斧を振り上げ俺を狙うが、そんな重量物だといくら力があろうとも当然のように動きも遅く、攻撃方法も単調になるので避ける事などより簡単となる。
当たれば威力はあるだろうが当たらなければどうという事はない。大体、人間の体なんて子供でも扱えるナイフですら傷が付くのだから、わざわざ取り回しの悪い物を使う意味が分からない。
それでも流石はあれだけの数の悪党を束ねるボス、そこそこの身体強化により身のこなしは思ったより良いようだが、残念、早くテレンスの相手をしてやらないとミカエラに危害が及ぶ恐れがある。
「いよっと」
さっきまでの雑魚同様、振り下ろされた斧を軽く避けると奴の勢いも使い筋肉の巨体をサンドワームが居るだろう砂地に向けて投げ捨てた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
雄叫びを上げて宙を舞う筋肉の塊、投げられた時点で斧を手放したのは戦士としては失格だな。
「あれ?やり過ぎた?」
重いだろうと思ったのか、さっさと片付けたかったからなのか、自分でもよく分からないが力加減を間違えたらしく他の奴らよりもだいぶ遠くへと飛んで行く筋肉達磨。
ズボーーーンッ!!
一際大きな砂柱が上がったかと思うと、巻き上がった砂の間から見えたのは近くに寄って来たサンドワームの三倍はありそうな大きな奴だった。
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