70.過激派の魔族
「あんなのが居るのか……」
「しばらく町から出れねぇな」
「怖い怖い」
観客のどよめきが聞こえる中、ミカエラに歩み寄るとにこやかに微笑んでくれる。
さて、後始末をしないと……
「これで悪者退治の見世物は終わりだっ、少しは町の中も綺麗になったろ?さぁ解散だっ!」
ガラではないが大声で解散を告げると、褒め讃える者もいれば感謝を告げる者もいたが、中には悪態を吐き捨てて帰る者と様々だった。しかしイベントの終了を悟った観客はこぞって普段の生活へと戻って行った。
「いやぁ、カッコ良いねぇ。町の英雄様の誕生って訳だ。酒場に行けば言い寄る女が後を絶たないんじゃないかい?羨ましいねぇ〜」
たぶん本気でそう思っているのだろう。嫌味たらしく手を叩きながら細い目を更に細めてジト目で俺を見るテレンス。女の子にモテたいというのは人間も魔族も関係ないようだな。
「待たせて悪かったな。観客も減った事だし、さっさと始めようか」
朔羅の柄頭に手を置き、ぶら下がる勾玉を弄りながら歩き出すと ギュッ と腕を掴まれた。振り返ると心配そうな顔のミカエラが俺を見上げているが、まさか俺が負けるとでも思っているのだろうか。
「愛人というのは勘弁だけど、心配しなくてもお前をあいつの好きにはさせないよ」
頭をポンポンと叩きオデコにキスをすると「何で口やないん?」と口を尖らせてむくれていたが笑って誤魔化した。
「仲が良さそうで羨ましいよ。でもさぁ、そんなお兄さんが倒れ伏す所を見たらあの子はどんな顔するのか今から楽しみでならないよ。悲しみに暮れる子を蹂躙する、考えただけでゾクゾクしちゃうよね?」
「いや、お前と一緒にしないでくれる?待ってる人が居るから早く終わらせよう、抜けよ」
顎で促すと待ってましたとばかりに ニタァッ と目を細めて姿勢を低くし腰の刀に手を置いた。俺も白結氣を抜くと軽く空中に放り投げ、その間に朔羅を抜くと白結氣を左手でキャッチする。
「面白い抜き方するねぇ、どんな闘いをしてくれるのか益々楽しみになって来たよ」
「お前の獲物は口か?御託はいいからさっさとかかって来い」
──その瞬間、目の前に居たはずのテレンスの姿が視界から消えた
己のカンに従い身を捻って朔羅を立てれば鋭い金属音と共に強烈なる衝撃が襲って来た。
「おおっ、流石!今のを受けるとは思わなかったよ」
口の減らない奴だなと思いつつ白結氣を突き入れるとバク転をしながら離れて行く。それを追うように風の槍を三本飛ばすと着地と同時に切り捨てられてしまったが、時間差で放った青色の火球までは見えてなかったようで、それに気が付くと慌てて転がり避けた。
「あっぶね〜っ、うおっ!」
そのまま油断していてくれれば良かったのだがどうもスピードには自信があるようで、起き上がる前を狙って飛び込んでみたのだが、しゃがみこんだ体勢ながらも俺の斬撃を防いで見せる。
「はっ!」
白結氣を防ぐのにガラ空きになった顔面目掛けて蹴りを叩き込む。腕を交差させて防がれたものの、そのまま力任せに足で押し飛ばすと俺自身もその反動で後ろへと飛び退いた。
それと同時に緑を纏った朔羅から風の刃を放つと、間髪入れずに白結氣からも同じように放つ。長さ三メートルの風陣、十字にクロスした二本の風の刃は横回転を加えながらテレンスに挑みかかる。
「何ぃっ!?ちょい待ち!」
着地するな否や左手を掲げて大きな火の玉を作り出すと自身に迫る風陣に向けて解き放つが、何の捻りもないただの火玉では俺の魔法を打ち消す事は出来ずに呆気なく霧散してしまう。
「マジかっ!?」
奴のスピードなら簡単に避けられる筈なので避ければいいものを、対抗心でも燃やしたのか、テレンスの刀が緑色の魔力光を放つと左手も添えて風陣を押し留めようと踏ん張った。
「ぐぅぅっ」
与えた回転はかなり速いものとなっており既に二枚の刃は見て取れない。大砲から発射された弾丸のように突き進む風陣の威力に地面に跡を残しながらも押し留めるのが精一杯になったテレンス。
そんな隙を見逃すはずもなく、二つの緑が拮抗する左手から走り寄ると、俺に気が付いたところで自身の選択の間違いにも気が付いたらしい。ヘラヘラ とした笑いは鳴りを潜め、すげ替わったのは苦虫を噛み潰したような渋い顔。
「クソがぁぁ!!」
奴は左手に風の魔力を纏わせると、今度は片手で風陣を押しつつ迫る白結氣に刃を合わせてきた。
──だが、奴はまたもや選択を間違えている
自信からなのか、対抗心からなのか、逃げるという選択肢を取らなかったテレンス。両手でやっと押さえられていた風陣を無防にも片手のみに切り替え、更に白結氣にも対処しようとすれば板挟みとなるのは必然。
しかし、読みが甘かったのは俺の方だった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!!!」
奴の強靭な肉体は板挟みで潰れるどころか白結氣から受けた衝撃を推進力の足しにすると、風の魔力を纏った左手を風陣にめり込ませながらも押し返したのだ。
勝負有りだと思っていたが、思わぬ脱出の仕方に魔族の肉体とはこれ程までに凄いものなのかと驚かされる。
だが、そこで止まってやるほど俺は甘くない。
相手は過激派の魔族、人間を害する集団の一員である以上、見つけてしまったのなら消えてもらいたいという個人的見解が後押しする。
曲がりなりにもSランクを称する俺の魔法を力任せに蹴散らして無傷な訳はない。
風の刃に切り刻まれ血の滴る左手を庇いながらも右手一本で朔羅と白結氣の攻めをなんとか凌いでいるが相当苦しそうだ。
「どうした?元気が無くなったぞ?」
「うるさいっ!黙れ!」
本来両手で扱う刀を急に片手に切り替えざるを得なくなったことで最初のような威力は無くなっている。
どうせならミカエラのおかげで活性化されている土の魔力も試しておくかと、豆粒ほどの大きさの石をすぐ前の空中に横一列に並べて生成すると出来た端から撃ち出し始めた。
「くっ!」
バックステップを踏み、距離を取りつつ飛んで来る小石を打ち払うテレンス。一秒間に五発は撃ち込んでいる筈だが、それでも全てを叩き落とす能力は素晴らしいと思える。っつか、避ければいいのになと思うのは俺だけか?
そんなに避けるのが嫌ならもっと速いのをくれてやろうと奴の逃げる先の地面から砂を固めた大きな棘を隆起させると移動する方向を変えさせ、背後に何も無いのを確認すると白結氣の切っ先を奴へと向けた。
白い光に包まれた白結氣から光弾が撃ち出されれば、テレンスに向かって飛んで行く小石を軽々と追い越し一直線に奴へと向かう。それに気付いたテレンスは既に目前に迫っている光弾に目を見開いたのが遠目でもわかった。
「うぉぉぉあぁぁぁっ!」
光弾の方が不味いと悟ると奴の腕が見えない程のスピードで振られる。金属を叩く大きな音と共に空へと垂直に登って行く光の弾。
第四十八層でベルの貸してくれた銃の弾丸より速いように思える光弾を咄嗟に弾き返したのはお見事だが、やはり奴は避けるという選択をしなかった。その代償は大きく、その間も撃ち続けられていた小石をまともに食らうと大きく弾き飛ばされ宙を舞う。
──過激派の魔族には容赦も、そして油断もしない
周りに腐るほどある砂を土魔力で集めカチカチに固めれば五メートルはあろうかという大きな岩が出来上がる。奴の落下予測地点上空に生成された巨大な物体に風魔法を纏わせ、勢い余って地面を転がり始めたところで狙いを定めて発射した。
大きな音と砂埃が立ち登り、辺りの視界を遮る。すぐに風を起こしてそれを吹き飛ばせば、役目を果した岩も元の砂へと戻り散って行く。奴が姿を眩ませたら面倒だと心配したが、全身の至る所から血を流して倒れているのが目に入ったので一安心だ。
さて、トドメをと思い、油断はしないままにゆっくりと奴へと歩み寄るが ピクリ ともせずに寝たまま動かない。それでもさっきの筋肉野郎とは違い奴の手には刀がしっかりと握られている事だけでみれば戦士としては称賛に値するだろう。
「おい、アレくらいでは死なないだろ?もう終わりか?最初の自信はどうしたよ」
奴の転がる二歩手前で立ち止まり様子を見るが、それでも動こうとしない。
意識が無いのならこのまま殺すかと思った時、やはり隙を伺っていたテレンスは飛び起きつつ猛然と斬りかかって来たもののダメージが大きいようで最初の見えない程のスピードではなかった。
「チィッ!」
固めた砂が壁となりテレンスの刀を防げば、奴の顔が苦く歪むがそんなの知ったことではない。横薙ぎにした白結氣が役目を果たして硬さの無くなった砂壁ごと奴の腹を斬り裂いた。
「ハッ!……ぐぅ」
後退りボロボロの左手で血の吹き出した腹を押さえると脂汗を掻きながらその場に膝を突いて蹲る。
苦痛に歪む奴の顔だったが、何かに気が付くと ニタァ と気持ちの悪い笑みが再び戻って来る。奴の視線の先には騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう、町から出て来たばかりのモニカ達の姿があり、その中には勿論ティナの姿もあった。
奴とダンジョンで顔を合わせた時にティナは俺の腕の中におり、まともに顔を合わせてしまっている。そのことに考えが行き着いた時、満身創痍のテレンスは姿を消していた。
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