66.第五十層

 みんなより一足先に連れられて来た青色の魔法陣が一つあるだけの部屋、嬉しそうにするミカエラの手から銀の鎖に繋がれた小さな鍵が垂らされると魔法陣の色が青色から金色へと変化した。


「うぉっ!すげぇ……」


 魔力が溢れ出し、ゆらゆらと陽炎のように蠢く魔法陣を縁取る文字盤に魅入っていると、背中を押されてその中へと押し込まれる。

 これまでのダンジョン内の転移の時とは違い目を潰されるかと思うほどの刺激的な光ではなく、柔らかく包み込んでくれるような優しい茶色の光を発したかと思えば転移独特の浮遊感がして景色が一変した。



「ようこそ、ここがダンジョンの最深部となる第五十層、土竜の居住区や」


 転移した先は百メートルはあるだろうという広いドーム型の部屋。その中には一切の物が無く、居住区と言うにはあまりにも殺風景過ぎるただの空間。だが俺はこれと似たような部屋を過去にも見ている。


「属性竜の住処って何か決まりがあるのか?」


 その時は大して気にならなかったが、今から思えば水竜であるはずのフラウの部屋もこの造り、そして火竜であるサマンサの部屋も同じだった。


「決まりなんてあらへんけどな、ウチ等の本来の姿はコレやない。属性竜の姿に戻った時に人型の住まいだけやと身動き取れんようになってまうやろ?せやからこうして広い空間も必要っちゅう訳やねん」


「コッチやで」と手を引かれて向かった先は、フラウの住処と同じで大部屋の隅に取り付けられたごく普通の扉、その先には何処かで見た大きなベッドが置いてある。


「な、なぁ……やっぱり決まりとかあるんだろ?」


「無い言うとるやん……サマンサの部屋も同じやったん?」


「いや、サマンサの部屋は入ったこと無いぞ、入ったのはフラウの部屋だ」


 フラウの部屋に有った物と似たような感じの淡い茶色のレースで出来た天蓋が付いたベッドが部屋を占拠し、他に家具やかまど、食器棚等は見当たらず生活感が感じられる物が何一つ無い。


「はぁ!?フラウって、アイツ起きとったん?……と、言うかな、兄さん、ヤリまくりやないか。ほんま助平やなぁ」


「おい、ちょっと待て。フラウとはシタがサマンサとはシテないぞ、人聞きの悪い言い方するなよ。大体、お前だって俺から誘ったんじゃないんだぞ?」


「ムッ……そんなウチが無理矢理みたいな言い方せんといてや。兄さんが大人しく付いて来た時点で同意したと同じやんか。どっちからとか関係あらへんっ。

 話し変わるけどな、サマンサとシテないって言うたけど、どないして魔力もろたん?」


 俺の左手のブレスレットを指差して不思議そうに聞いてくる。その様子からすると、魔力って何?属性竜とまぐわると貰えるわけ?


 サマンサからは手を通して魔力を流し込まれたのを説明すると唖然としたミカエラ。あの時はかなりしんどかったから六属性分、つまりあと五回もアレをやるのかと憂鬱になってたけど、やっぱりアレはおかしかったのか?


「はぁ……まぁ、そういうやり方もあるやろうけど、ウチはそないなサディズムはあらしまへん、安心しぃや。兄さんのペースでウチの身体の内からゆっくり引き出して行けばいいねん、なっ?」


 俺の首に手を絡めて見上げるミカエラの頬は赤く染まっていた。つまりはそういう事なのだろう。

 だがその前にやるべき事を先に済ませておきたいので “オアズケ” とオデコにキスをすると不服そうな顔になる。


「まだ昼前だろ?明日まで時間はたっぶりあるんだ、先に用件を済ませてゆっくりしてもいいだろう?」


「用件?」と既に自分の欲求しか頭に無い様子のミカエラに説明すると「あぁ、ほんならあっちに置いて」と部屋の隅に連れて行かれたので、そこにルミア特製『結晶くん』を鞄から取り出して設置したのだが渋い顔をされる。


「けったいな格好の魔導具やね……もうちょっとなかったん?」


「それは造った本人に言ってくれるか?……あ、ルミア?うん、久しぶり。結晶くんの設置終わったよ。……え?今から!?あ、うん……はい」


「前に金髪の姉さんが使ってた時も思たけど、それ、便利な魔導具やなぁ。ウチも一つ欲しいわ」


 俺の左耳に着いている通信具を指差して物欲しそうな顔で ジッ と見つめている。どれだけ離れていてもすぐ近くで話をするように声が届くというのはとても便利だ。ミカエラが欲しがっても無理はないと思うが、ルミアがそう簡単に造ってくれるとは思えないし、確か材料が無いって言ってたな。


「まぁ、それも本人にどうぞ?今から来るらしいよ?」


「はぁ!?今からって何なん!?何しに来るん!」


 ミカエラが声を荒げたと同時に結晶くんの隣に光の玉が湧き出した。その玉は スーッ と大きくなると人の姿へと形を変えて行く。


「失礼ね。何しにって、コレの起動じゃない。せっかく据え付けてもただ置いただけじゃ意味がないのよ?

 それより久しぶりね、ミカエラ。相変わらず男運なさそうなオーラが出てるわよ?」


 そう言いつつ結晶くんの一番上にある皿の部分に手を開いて近付けると、皿から下へとルミアの魔力が流れて行き ブォンッ と小さな音が聞こえた。


「うっさいなぁ、ルミアには関係あらへんやろ?用事が済んだんならさっさと帰りぃ!」


「あら、お楽しみの邪魔をされたからってそんなに邪険にしなくても良くない?まだ日も高いのに、飢えって怖いわね〜」


「うっさい!うっさい!うっさい!ここはウチの家やっ、早よ帰りっ!!!」


 到底乙女とは言えないような般若のような形相で怒りを露わにすると、ポケットから取り出した魔石をルミアに投げつけるが楽しそうなルミアは俺を挟んでミカエラとは反対側に転移してくるとこれ見よがしに腕を絡めてくる。


「年寄りの癇癪なんてお下品よぉ?ほらほら、そんなんじゃせっかく捕まえた雄に逃げられるわよ?」


「ええ加減にぃぃ……帰らんかーーいっ!」



 怒り絶頂のミカエラの身体に茶色の魔力が迸ると、ルミアの立っていた真下から凄い勢いで土で出来た太い槍のような物が生えて天井に突き刺さる。ルミアが居たのはすぐ隣、俺の腕スレスレを走った土槍に思わず ビクッ としてしまったが、俺は何も悪くない筈……。


 俺の背後に転移し、そこから首を伸ばしてニヤついた顔で肩で息をする怒り心頭のミカエラを眺めるルミア。仲が良いのはいいんだけど、この後の事を考えるとほどほどにしてもらいたいものである。


「ルミア、楽しそうで何よりだが、あんまりイジメるなよ」


 ペロリと舌を出して「怒られちゃった」みたいな顔をすると、再び結晶くんの隣に転移した。


「仕方ないからお邪魔虫は退散してあげるわ。レイ、お土産よろしくねっ」


 ミカエラをからかって満足したのか、パッと見で分かるほどに上機嫌でウインクまですると片手を軽く上げた。

 無言で再度投げつけられた魔石が当たる直前に姿を消すと、今度は彼女の気配も無くなったのでどうやら本当に帰ったようだ。


「ハァハァハァハァ……歳の事をアンタに言われたかないっつうのっ!ハァハァ…………」


 全力で投げた魔石が壁を叩く音が響く中、ミカエラはというと、疲れ果ててしまったらしく腕を振り切ったままの格好で俯き肩で息をしたままでいる。


「ミ、ミカエラ?大丈夫か?」


 顔を上げて キッ と睨む眼光は鋭く思わず一歩後退ってしまうが、重ねて言うけど俺は何も悪くない。


「ま、まぁあれだ。ルミアなりのコミュニケーションだからあんまり気にしない方が良いんじゃないのか?

 そ、それよりさ、ほらっ、気分を変えて風呂にでも一緒に入らないか?」


「風呂……?」


 怒りのあまり俺が何を言ったのか理解するまでたっぷり十秒の間が空いたが、ようやく理解が追い付くといきなり顔が赤くなる。


「に、兄さんが入りたい言うなら、ウ、ウチは付き合ってあげてもええよ?」


「素直じゃないなぁ」と、茶化すと怒りが再燃しそうだったので自粛しておき、場所を指定してもらうと絶賛大活躍中の湯船を取り出し準備を始めた。



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