65.世の中賄賂やで?

「ね、姉さん……視線が痛いけどなんでぇ?」


「何でじゃないわよっ!この泥棒猫!よりにもよって私達の目の前で堂々と人の旦那つまみ食いしようとするなんてどういう神経してるの?信じらんないっ!?」


「ね、姉さんっ!待って、待ったって!

ほら、ウチ見た目がこんなんやんか?せやから誰もまともに相手してくれへんねん。誰とも寄り添えず、ずっと一人で生きていくのってどれだけ辛いことか姉さんに分かる?分からへんやろ?


 仮にウチの事好きになってくれる人が出来ても、みんなウチを置いて先に逝ってしまうんやで?好きな人が先立つのを何度も見るのって、そりゃあもぅ拷問と同じやで?


 考えてもみぃ?姉さんが今、兄さんと引き離されてずっと逢えへんようになったらどう思うん?しかもそれが何千年と続くんやで?ほらっ、考えただけで ゾッ とするやろ?ウチはその孤独を一万年もの間ずっと味わい続けてきた可愛そうな子なんやで?ちょっとくらい幸せな気分を味わってもええと思わへんやろか?」


 九千歳から一万歳にサラリと格上げされていたのはスルーするにしても、確かにその間ずっと一緒に居られる存在など無いに等しいだろう事は理解出来る。


 タルコットさんが何か言いたげに白い目を向ける中、ベルは「ミカエラ様……」と顔を手で覆い悲しげな雰囲気を醸し出している。

 それなりに納得出来る言葉をぶつけられた女性陣はそれぞれ思うところがあるのか、なんとも言えない顔を浮かべるものの反論しようとはしなかった。


 あれ?このままだと俺はミカエラとの取引材料になるのか?彼女と寝るのが嫌という訳ではないが、ただでさえこの人数の嫁、婚約者を抱えてしまっているので夜は大変だというのに、更にミカエラまでとなると禍根が残りそうで怖い。


「そ、それは分かったわ。でも、別にレイじゃなくてもいいじゃない?」


「そこは、ほら、ウチにも好みっちゅうもんがあるし、お互い徳しか無い丁度ええ状況やんか?正にベストタイミングっちゅうやつやでっ」


 言い終わると、何処から取り出したの分からない黒い革製の手套をされるがままのティナの手へと勝手に嵌めていく。


 手首から指の第二関節手前までしか無く、革製なのになぜか伸縮性が有る不思議な素材で出来ており、着ける時も嵌めやすそうな上にピッタリとフィットして、そのまま剣を握っても邪魔にはならないだろうと思える一品。

 手の甲の大部分を占める楕円形の黄色の宝石は内部でキラキラと細かな光が舞いとても綺麗で、邪魔にならないようにか、その宝石の半分より下側を縁取るように三対六枚の小さな天使の翼が生えている。


 片手にそんな可愛い物を着けられキラキラした目をしたティナにもう片方の手套が渡されたので、自分で嵌めて手を伸ばし、可愛いのを確かめると俺にも見せてくる。


「それは《ケイリスフェラシオン》ウチが創った最高の一品や。

 その柔らかい手袋は魔力を込めると硬くなる素材で出来とる、それはもぉカッチカチに硬くなるんや。込める魔力の量によって硬さも変わるけど、せやなぁ……モラードゾンガルの殻ぐらいには硬くなる優れ物やで?それでいて肌触りがええやろ?そりゃもぉ創るのに苦労したんやで?


 それと、その宝石なっ。


 それもウチが創った物で、その形から《エリプス》っちゅう名前にした。その子は姉さんが開けた宝箱と同じで魔力をどんだけでも貯める事が出来るんや。

 人間は時と共に魔力を生み出せる動物や。でもな、その人の器分しか蓄えておけないっちゅう性質もある。そこで登場するのがその子やねんけど、身に着けておけば使わなくて溢れた魔力がどんどん蓄積されて行くんや。そんでいざって時に使えるっちゅう画期的な宝石なんやで?


 雷の魔法を使えるようになった姉さんは魔力が足らへんとせっかくの力も使えへん、せやから姉さんにはうってつけの一品やと思うで?大事にしたってや」



 得意げに説明を終えるとティナの腕をポンと叩き笑顔を見せる。

 すると今度はポケットに手を入れて何やら ゴソゴソ と漁りながら キョトン とするモニカの前に立った。そして「銃を出せ」と言って受け取ると クルクル とひっくり返しては俺の造った模造品の銃擬きを観察し始める。


「ちょっと改造してもええやろか?」


 俺の造った物に手を加えられるのに抵抗があるようで渋い顔をしたが「ほんのちょっとだけ」と「もっと強くなるで?」という誘い文句に釣られて縦に首を振ってしまう。


 その反応に真剣な表情で頷いたミカエラはポケットから取り出した小豆ほどの大きさの青緑白、三色六つの丸い石を手のひらに乗せて見せた。


「青は水、緑は風、白は光やな。白は貴重やねんけどな、姉さんにあげるわ。赤と緑と迷ったけど、火は着火にしか使えわへんから汎用性の高い緑にしとくわ。火魔法は姉さんが頑張ってやぁ」


「それは分かってるけど、その宝石は何?」


 大凡の想像はつくもののそれをどうするのかと小首を傾げるモニカ。すると各色一個ずつで二つに別れて宙に浮かぶと、その間に入るように銃がひとりでに浮かび上がる。


「ついでにオリジナルと同じ黒色に変えといた方がええやろか?」


「えっ!?う、うん……そうして」


 少し考えた後に同意を示したモニカ。色を変えるとか出来るのかと驚いているとミカエラが視線を送って来る。

 すると不思議な事に『よう見とき』と頭の中に声が聞こえたような気がした。


 ミカエラの視線が銃に戻ると、三個ずつで浮かんでいた石が茶色の魔力線で繋がり二つの正三角形を形作る。その線が二つに別れて片方が弧を描くと、円の円周上に三角形が合わさった図形が現れた。


 今度は並行して浮かんでいた同じ色の石同士が魔力線で繋がると左右の円が互い違いに回転を始め、二つの図形の丁度中心に一つの交点が生まれる。

 位置を調整するように描かれた図形がそのまま移動し、交点が銃内部に埋め込まれたバレルの端、つまり発射する弾丸が来るであろう場所に来たところで動きを止めた。


 回転していた円も一周したところで止まったのだが、片方が少しズレて止まったので描かれている三角形が逆向きになってしまっている。二つの図形を重ね合わせるとこのダンジョンの転移魔法陣でも使われていた六芒星魔法陣の中核が完成する感じだな。


「立体魔法陣!?」


 サラの声が引き金となり魔力放電を始めた二つの図形は、銃に吸い寄せられるように距離を縮めると共にその大きさを小さくして行く。

 銃の側面に接触したときには直径五センチ程の円となり、石が嵌め込まれると魔力線も刻まれた。その周りに少しだけ大きな円がもう一つ刻まれると、円と円の間に出来た細いスペースに細かな文字らしきモノが刻み込まれて行く。


 そして、驚いたのがミカエラの言った通り色が変わり始めたのだ。刻まれた図形から黒い色が染み出すように変色を始めると、濃い紫色だった銃身がみるみるうちに黒く染められて行った。


「はい、完成やで」


 空中に浮いたままだった模造品の銃をミカエラが手に取りモニカに渡すと、目を輝かせてそれを受け取り、すっかり色が変わって本物と見分けのつかなくなった銃を眺めては感嘆している。


「その石は姉さん達が持ってはる魔力を増幅する金属の劣化版みたいなもんなんや。石単体では遥かに及ばない効果やねんけど、さっき銀髪の姉さんが言った通り二面式の立体魔法陣を組んどいたから、その《魔導銃》から撃つ弾に限っては同じくらいのブーストがかかるようにしてあるよって、後で試してみてやぁ。


 ほんでな、魔法ちゅうのは自分のイメージを魔力に乗せることが出来れば、それを精霊達が形にしてくれる素晴らしい技術や。つまり魔法は姉さん次第でいくらでも使い道があるんや。

 兄さんが作り出したその〈魔導銃〉は魔法で弾作るやろ?つまりその魔導銃の使い方も姉さん次第で無限の可能性を秘めとるっちゅうことやねん。色々考えてみるのも面白い思うで?がんばりぃや」



 ティナにしたのと同じようにポンとモニカの肩を叩くと ツカツカ と歩き、今度はリリィの前で足を止めるとまたしてもポケットを漁り始めた。


「ちょい待ってや……確かこの辺りに……あっ!あったあった」


『私は物では釣られないわよ』と訝しげな表情のリリィにそんな事は御構いなしのミカエラは、極細の金のチェーンに留められた高級なガラスのように曇りの無い透明な石を取り出してみせる。


「この石は今はまだ役に立たへん。けど、姉さんが内に眠る力に目覚めた時には必ず役に立つさかい持っておいた方がええと思ぉて渡すんよ。見てみぃ、可愛ええネックレスやと思わへん?姉さんにならきっと似合うと思うから持っといてや」


 背伸びしてリリィの首に手を回すとそれがリリィの胸元で光る。水の雫を固めたような派手過ぎず、それでいて存在感のある透明な石が細い金のチェーンにぶら下がっている様子は、色の薄い金の髪と相俟って相性が良いように思える。


「おっ!リリィ、可愛いじゃん」


 ちょっと照れたような嬉しそうな顔で「そう?」と、はにかむ姿は、先程『物では釣られない』と主張していたとはとても思えない笑顔だ。



「あのぉ、ミカエラさん?私には何もくださらないのですか?」


 自分も何か貰えると思いワクワクした表情のエレナが自分の番が待ちきれないとばかりに、とうとう言葉を漏らした。

 だが申し訳無さそうな顔をしたミカエラを見て何を言われるのか察しが着くと、その表情はみるみるうちに崩れて行ってしまう。


「ウサギの姉さん、ウチかて全員に一つずつあげたいのは山々やけど、そんなに沢山あげられるものがあらへんのや……堪忍してや」


「そ、そんなぁ……」


 長い耳が ペタン と垂れるとワザとらしく膝から崩れ落ち、手まで突くと “可愛そうな私” を演じている。「私だけこのダンジョンで収穫が無い」とかブツブツ聞こえるが気の所為という事にしておけばいいだろう。



「さて、賄賂も渡し終えた事やし、これで大丈夫やろ。ほな、兄さん、ウチの部屋に案内するわ」


 堂々と “賄賂” とか言ってしまうミカエラの神経を疑いたくなるが、買収された三人の娘が「うっ……」とか言っているのが聞こえてくる。


「ちょっと待った!反対派主要メンバーを買収したお手並みは褒めてやるが、肝心の俺の要求も聞いてもらおう!

 俺がミカエラの生贄となるのに当たって一つだけ条件がある。それはベルをこのダンジョンに閉じ込めるのは止めてやって欲しいということだ。


 ベルは俺達と出会い人間の文化に触れるに連れてゴーレムではなく人間らしい感情を心に宿せるようになった気がする。

 だから俺達がここを去った後でも、お前が街に連れて行ってやってくれないか?それはベルの為になる事だと俺は思ってるし、それだけならお前にも損は無いだろう?」


「せやね、それはウチも思っとった事やし、かまへんよ。じゃあこうしよか、兄さんはウチと第五十層であるウチの部屋にご招待、姉さん達はベルを連れて街に戻ってもらう。ほんで明日、街で合流って事でええやろか?」


「ミカエラ様!?」


 産まれて何百年と経っているのに人知れずダンジョンの奥深くで過ごしてきたベルにとって突然の事態に驚きが隠せない様子だが、仕事オフモードの彼女は幼い妹のような存在だった。

 そんなベルの事を気に入っていたのは何も俺に限っての事ではない。ミカエラの提案にみんなしてウンウンと頷くと、ベルは口に両手を当てて瞳を潤わせた。その時のベルからは “嬉しい” という感情が滲み出ていたのは言うまでもないだろう。


「悪いけどベルの事を頼む。アル、悪い虫が付かないように見張っててくれよ」


「ほな、そっちはタルコットに案内してもろてくれる?兄さんはコッチやで。ベル、あんま迷惑かけんように楽しんできぃや」


 満面の笑みを浮かべ ペコペコ と何度も頭を下げるベルを微笑ましく見ながらも、ミカエラに手を引かれてみんなとは一旦別れることとなった。


 その時「儂も街に行きたいのぉ」とか「なんでベルだけが……」とか言う老人の声が聞こえていたような気がしたが、これは俺達との人間関係を築いてきたベルの努力の成果であり、残念ながら出会ったばかりの彼を擁護してやろうとは思えなかった。



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