64.二度目の交渉
「い、いつ!?いつから気付いとったん?みんな、ウチが土竜だと知っててなんで平然と一緒におれるん?まさか……最初っから!?ダンジョン入る前から知ってて、ワザと知らんフリしとったん?」
若干泣きそうな顔でテンパる土竜様、やっと暴露したかと思ったらこれかよ……知らないフリしない方が良かったのか?って言うか、突ついても口を割らなかったのはコイツなのにな。
「あのなぁ……お前があんな凄い土魔法使った時点でバレてんだよ。なんか必死に隠してたから放っておいたけど、ダンジョンの管理者だと名乗ったベルと知り合いとかどう考えてもおかしいだろ」
「そ、そんな……あの時は上手く誤魔化した筈やんか。最後の楽しみに取っておいたサプライズがぁ……」
ウンウンと一様に頷く皆の視線を受けて膝から崩れ落ちると四つん這いになって床と向き合いブツブツと何かを言い始めるミカエラ。
そんな間抜けな土竜に心配そうな顔で慌てて駆け寄るベルはなんと健気な事か……そんな阿保に付き合って一緒に居なくても俺達と来れば良いのにと本気で思っていると、片膝立ちでベルに支えられ、口の端を腕で拭うと苦しげな様子で立ち上がるミカエラ。
……いや、そんな演技、要らないからっ。口から血も出てないからっ。
「クッ、改めて自己紹介するわ。何を隠そう、ウチがこのダンジョンの支配者、そしてこの世界を支える属性竜の一柱である土竜様であるっ!どや?驚いたやろ?」
「知ってたから」
リリィの投げた言葉のナイフはミカエラの胸に突き刺さり、左胸を押さえてベルに寄りかかって苦しげに倒れる演出をする。慌てたベルが「ミカエラ様!お気を確かに!」と本気で心配そうに覗き込んでいるので、下り始めたミカエラの好感度は急な斜面を駆け降りていく。
「そ、それで……兄さん達は最初からウチに会うのを望んでここまで来はったようやけど、何の用やったん?……はっ!まさかウチを兄さんのハーレムの一員にする為にわざわざこんな所まで……そ、そんなぁ、あかんて……ウチはココから離れられない身、兄さんをこんなところに縛り付けるなんてウチには出来へんっ!兄さんダメやっ!ウチの事はあきらめ……ブベッ!」
『誰がハーレム男じゃいっ!』と突っ込みを入れようとしたが、よくよく考えると少しも否定する要素が見当たらない。
そんな事が頭を巡るうちに、何やら妄想の世界にトリップしたミカエラの暴走を近くにいたアルが手刀を叩き込んで止めてくれた。
「お前に会いに来た目的はお前から土の魔力を貰うのと、お前から土竜の爪の端を貰うのと、ルミアから渡された魔石を作る魔道具をお前の住処に設置することだ。分かったらさっさと第五十層に連れて行け」
「いややっ」
膨れっ面で打たれた脳天を押さえてそっぽを向いたミカエラ。隣で心配そうに立つベルは軽く握った拳を口元に当ててオロオロと心配そうに狼狽るばかりだ。
「何でウチばっかあげなあかんの?それ、ウチに何の得も無い!大体、乙女の部屋にみんなで押しかけようなんて可笑しぃやろっ!?」
──お、乙女……だと?
「ベル……復習しよう。四十八層にある街は何年前のモノだっけ?」
「……はい、およそ二千年前の建物です」
「この世界が出来てからあの街が出来るまでに一体何年かかったんだ?」
「そうですね……確か七千年程だと記録に残ってた筈です」
「土竜はこの世界が作られる時、最初に生まれた存在だったよな?」
「はい、その通りです」
「つまり土竜は最低でも九千年は生きているという事になるけど、計算合ってる?」
「はい、間違いございません」
「うぐ……」
再び胸を押さえたミカエラが俯くが、まぁ放っておこう。
「話しは変わるけど、乙女っていくつくらいまでの女の子の事を言うんだと思う?」
「そうですね、人間で言うところの十七、八まででしょうか?精々二十歳が限度だと思われます」
「ほ、ほらなっ……ウチはどう見ても乙女やろ?」
外見は十歳そこそこだが実年齢は九千歳越えという地竜様、どう転んでも乙女という枠には入らないだろうという幾重もの冷たい視線の中、堂々たる態度で胸を張れるのは年の功と言うものなの……か?
「わかったわかった、それでいいから第五十層に早く……」
「いややっ!」
テメェ……と、握った拳に力が篭るが、そんな俺の頬に ツンッ と指が触れる。
「痛っ!」
そこから軽い痛みが走ったので驚けば、その反応に嬉しそうにするティナが俺の腕の中で人差し指を立てていた。その指先には彼女が何をしたか示すようにパリパリッと小さな稲妻が走るのが目に入る。
「女の子には優しく、だよ」
出会った当初から “気に入らない” と態度に出していたミカエラについて俺に注意してくるとは、新しい力を得て上機嫌という事を差し引いても驚きが先に来る。ティナの指摘はもっともな事、苛々が先立ちかけていたがお陰で少し冷静になれた。
「さっきも言っけど俺達の目的は三つだ。じゃあ公平にミカエラのお願いも三つ聞くよ、それでいいかい?」
ムッとした顔から一転、瞬時に笑顔へと変わるとウインクしながら親指を立ててくる。だが上手にウインクする事が出来ず、片方の頬が釣り上がってしまっているのはミカエラクオリティだと勝手に理解しておいた。
「それで、一つ目のお願いはミカエラをガイドとして雇う事で達成っと。
二つ目はミカエラを最下層まで連れて来る事だったよな?
最後の一つはどうする?」
「まっ、待って待って!そんな事ってあるぅ!?三つのお願いが一つになっとるやんか?兄さん、可笑しいって!」
そんな事を言われてもガイドとして雇えと言ってきたのはミカエラだ。第三十五層でガイドとしての仕事が終わったにも関わらず本人の希望通りここまで連れて来たりもした。
ならばあと一つだけになっても仕方あるまい。
「クッ……」
苦虫を潰したような……年頃の女の子が到底しなさそうな顔で悔しがるが、それは紛れもない事実なので覆る事は無い。「あと一つあるだろう」と言うと顎に手を当てて何やら熟考し始めた。
あんまり無茶振りされても応える事が出来ないんだけどなぁとミカエラの回答を待っていると、お姫様抱っこのティナが俺の首に回した手とは反対の右手を壁に向けておもむろに突き出した。その手に パリッ と稲妻が走るのが見えたかと思った次の瞬間、眩いばかりの極太の雷光が走り、壁に穴を開けて外へと飛び出して行ったので皆が目を丸くする。
「お、おい……何してるんだ?」
「いや〜、ごめんごめん。何となく出来る気がしたもんだからやってみたら、想像より凄いのが出ました〜っ、みたいな?」
想像より凄いのが……とかのレベルじゃない。
元々雷魔法の使えるアルは当然使いこなす為の修練を最低でも三年はしてきた筈だ。そのアルが魔物に対して電撃を飛ばしても毛ほどの傷も付けられなかったのに、雷の魔法が使えるようになって数分かしか経ってないにも関わらずこの威力の電撃が放てるというのは、正直驚き以外の何物でもない。
「兄さん!ウチ決めたで!」
お前も空気読まない奴だなと思いつつ、鼻息荒く興奮した面持ちで俺の腕に飛び付いて揺するのでティナの首がカクカクと揺れている。仕方なくティナを床に降ろすと拗ねたような顔で俺にくっ付いたまま離れなかった。
「そうか、決まったのか。それで?」
「ウチ、決めたで!言うよっ、言っちゃうよ!」
『いいから早よ言え』とイラっと来たがさっきティナに注意されたばかりなので何も言わずに黙って待つと、何故か「言うよっ言うよっ」と何度も呟くミカエラ。自分の希望を口にするのにそんなに躊躇わなければならないのか?
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
業を煮やし再び問いかけると、何故かミカエラの瞳に闘志が宿る。
「兄さん!」
その勢いに押されて一歩退がろうとしたがティナに腕を掴まれていてそれは叶わず、それとは逆側の半身だけ退がった所でミカエラの爆弾はやって来た。
「ウチの……ウチのお嫁さんになって!」
「………………はい?」
全員の目が点になり全ての思考が止まると、その場を静けさだけが支配した。人間(人間ではない者もいるが)が十三人も一所に集まっているのに物音一つせず、身動ぎすらしない……。
しばらくの後、壁に開いた穴からそよ風が吹き込むと、ようやく脳が動き始める。
『コイツ、何言い出した?』
まず始めに十二人の思考が一斉に弾き出したのはその一点、それから思い思いの非難、罵倒、驚愕、反感、憫笑へと別れて行った。
「あれ?ウチ、何て言ったんやろか?」
「ミカエラ、俺はお前の嫁にはなれない。何故ならば俺は男で、お前は女だからだ。よしんば言い間違いであったとしても、お前も知るように俺には既に妻と婚約者がいるから無理だ」
「よ、よ、よ、よ、嫁ぇ!?ままままま待って!待ってえかっ!?ウ、ウ、ウチそんなこと言っとったん?違う違う!違わないけど違うっ!
ウチが言いたかったんは、一晩だけ!たった一晩だけでええから兄さんと二人きりで過ごしたいだけなんよ。
それもな、ちゃぁんと考えが有って言うとるんよ。ほら、五十層はウチの部屋やっちゅうたやろ?みんなで来られるのは困るけども、兄さん一人だけなら大丈夫やで?
これで兄さんらが言いよる魔導具の設置も出来るし、ウチの魔力もあげられる。あと、部屋に戻って魔力さえ足りれば爪も渡せるっちゅう一石四丁のナイスアイデアやで?
ウチもハッピー、兄さんもハッピーでハッピーハッピーやろ?なっ?そうしとこ?」
自分の言いたい事だけを一気に言ったミカエラはまるで一仕事終えた後のように清々しい笑顔だ。だが当然の如くそんな提案が受け入れられる筈もなく、ティナ達の冷たい視線に晒される結果となった。
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