63.明かされた正体
「いやぁ、お見事でした。まさか長年居座ったザラームハロスまで打ち倒すとは想定外の出来事。ここまでお強い……」
「ねぇ!コレって宝箱よね!?開けてもいい?」
通路の奥から手を叩きながら現れた怪しげな老人が喋り出したのを無視して暴走を始める一人の娘。さっきまで操り人形のように無心に歩いていたのに、俺がぶつかって崩した壁の奥から見つけた小さな黄色い箱にキラキラと目を輝かせている。
「ティナ、空気読もうよ……」
「え?何?開けていいよね?開けちゃうよ?」
「ほっほっほっ、お嬢さん、これまた極上の宝箱を見つけましたな。それは見つけた方の物、つまり貴女の物です。どうぞお開けください」
こんな所に居る見ず知らずの老人の後押しで飛び上がりそうなほど嬉しげな顔をすると、早速とばかりに箱の蓋に手をかけた。
「おいっ、そういうのって罠とか大丈夫なのか?」
「罠?」
言った時には既に遅く、好奇心の抑えきれないティナは俺の顔を見ながらも蓋を開けてしまっていた。
バババババババババババッ!!!
「くっ、ああぁぁぁああぁぁあぁああぁぁぁっっ!」
「ティナ!!!!」
蓋が開くと同時に発生した無数の稲妻がティナの身体を這い回る。目を見開き、箱を手にしたまま仰け反ると、全身を黄色い魔力のようなモノが覆い尽くした。
慌てて駆け寄ろうとするが、いつの間に回り込んだのか、俺とティナとの間に割り込んだ老人が慌てた素振りも無く手のひらを向けると俺を制してくる。
「どけっ!!」
「ご心配なさるな、害はありませぬ」
いきなり現れた怪しい老人など信用出来るはずもなく、押し退けようと手を伸ばした時、俺の腕を横から掴む者がいる。
「レイ様、この者の言う通りティナ様は大丈夫でございます。今は少しお辛そうですがすぐに治りますので少しだけ待って下さい」
腕を制したのは体温の無い冷たい手、その瞳しか無い真っ黒な眼を真っ直ぐに見つめるが、この子が嘘を付いているとは感じられない。
──しかし……
「くぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」
「……本当だろうな?」
「はい、嘘偽りはございません、ティナ様は大丈夫です」
ティナのことは心配でならなかったが、妹のように思い始めたベルの言葉を信じる事にして、伸ばした手から力を抜いた。
「ぐぅぅぅあぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!」
見ているこっちが辛くなりそうな悲痛な顔に玉のような汗を浮かべ必死になって何かに耐えているようだ……ベルは大丈夫だと言ったが、ティナは何をされているのだ?
「きぃぃあぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああああああっ!!!!!」
一際大きな叫び声が上がるとティナを包み込んでいた黄色の膜が何の前触れもなく消えて無くなり、解放されたティナの叫びもピタリと収まった。
すると、全ての力を使い果たし気を失ったかのようにゆっくりと倒れ始めるので慌てて駆け寄りその身体を抱き留める。
「ティナっ!ティナ、大丈夫か?おい!ティナ!!ティナァァッ!」
焦る気持ちを抑えつつ、意識の無いティナの頬を ペシペシ と叩いて見るが反応がない。『おい、嘘だろ!?』そう思った時、まるで今迄ぐっすりと眠っていたかのようにスッキリとした顔でごく自然に目を開いたではないか。
「あれ?レイ……どうしたの?」
「いやいやいやっ、どうしたのじゃないだろ?凄い苦しそうだったけど、身体はなんとも無いのか?」
はて?と小首を傾げるので、さっきまであんなに苦しそうに悶えていたのを覚えていないと言うのだろうか。まぁそれならそれで別にいいのだが……。
ピンッ と閃いたような顔をしたティナはちょっと苦しそうな顔をし始める……それ、絶対演技だよね?
「やっぱり苦しいわ。でもレイが抱っこしてくれれば良くなる気がするの……ねぇ、お願い、助け……ぁ痛っ!」
自分から罠に嵌り心配させられたかと思ったら更にそんな嘘を吐きやがるイケナイ娘にはデコピンをお見舞いしてやる。
だが心配した分、無事が確認できた事に嬉しくなって希望通り抱き上げてやった。
「ベル、さっきのは何だったんだ?」
「それについては儂の方からご説明致しましょう。今、そのお嬢さんが持っている黄色い箱ですがね、それは魔力を溜め込む習性を持っている箱でして、数百年と言う長い年月を掛けて蓄積されていた魔力が、蓋を開けたそのお嬢さんの中へと流れ込んだと言うわけなのです。
どうやら今回は雷の魔力だったようですが、どうでしょう?自分の中に新たに宿った力を感じませんか?」
ティナは差し出された老人の手に持っていた箱を渡すと ニコッ と笑みをこぼした。そして視線を俺に向けるとその間に手を差し込んでくる。
パリパリッ
その手に起こる放電、小さな稲妻がクルクルと二周すると何事も無かったように消えて行く。
いきなりそんなモノを見せられて度肝を抜かれて目を見開く俺を尻目に、ティナは再び老人に視線を移した。
「ほっほっほっ、キチンと使いこなせているようですな。
六属性以外の力であれば、使用者の少ない有用な魔力だと聞いております。よかったですな、おめでとうございます。
それで、順番が変わってしまったのですが儂の自己紹介をさせてもらいましょうかね。
儂の名はタルコットと申します。そこにおりますベルモンテ共々、土竜の御技により産まれたゴーレムにございます。
儂の仕事はこのフロアの管理とダンジョン内に徘徊する魔物の作製、それと土竜への謁見の合否判定をしております。本来ならば三階までお越し頂くシナリオでしたが、ああも見事にココに住み着いたザラームハロスを倒してしまわれては実力を試すまでもございません。
よって土竜への謁見を許可致しますが……それでよろしいですね?ミカエラ様」
老人の冷たい視線が一番後ろにいたアルとクロエさんに隠れるようにしていたミカエラへと突き刺さる。
それはあたかも『何してるの?お前……』そう言っているようだった。
タルコットさんに釣られて俺達も視線を向けると名指しにされては隠しようもなく、大きく溜息を吐き出して観念したように渋々一歩前に出たミカエラだったが、口を開いたのはベルだった。
「タルコット、ミカエラ様がひた隠しにしてきた努力を踏みにじりましたね?」
「おいおい……まさかお主、皆様が気付いておいでで無いとでも思っていたのではあるまいな?」
「「えっ!?」」
ベルとミカエラの呟きがハモった瞬間『え、じゃねぇよ』と、二人以外の皆の心も一つになった。
ベルはともかくとして、ミカエラは本気でバレてないとでも思っていたのか……こっちが溜め息吐きたいわ。
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