21.事件は唐突に

「ちょっと、お母さんっ!重いってば」

「シッ!今いいとこなんだから静かにしないとバレるでしょ!?」

「いや、アリシア、既にバレてると思うぞ?」

「若いっていいわねぇ。ねぇケヴィン、私達ももう一度結婚式しない?」

「お母様、結婚式は一生に一度だから思い出に残るのではありませんか……何度もしたら意味が薄れてしまうわ」

「はぁ……結局私だけが置き去りにされるのね」

「どんまいっ!」

「お黙りなさい、この裏切り者ぉ〜」

「ねぇお母さん押さないでって……あぁっ!!」



ドタドタドタッ!



 俺達が屋敷を出た時からエレナの風魔法で跡をつけていた皆様方。リリィは自分の事で手一杯だったようで気が付いてはいなかったが、俺はしっかり魔力探知で把握すると横目で目視までして確認していた。


 覗きに来ただけなら未だしも、誓いの口付けの最中という一番いい所で騒いでくれるので、とうとうリリィも気が付き振り返ろうとするが俺はまだリリィの唇に満足していないので、首を振って逃げようとするリリィの顔を追って口付けを続けた。


「んんーーっ!んーっ!!」


 だがすぐに抗議の声が上がってしまったので、そうなると雰囲気も何もありゃしない。


 仕方なく唇を放すと「あいつら……」とジト目で睨んでやったが、そんな事よりリリィの剣幕の方が遥かに激しかった。



「何でここにいんのよっ!!!!」



 長椅子の影に隠れて覗いていたのかバランスを崩して倒れ込み、折り重なっているエレナ、アリシア、イルゼさん。通路を挟んで反対側の椅子の横からはサラ、ティナ、モニカが上手に三段に重なって顔を覗かせ、他の椅子からも雪にコレットさん、ジェルフォとライナーツに加え、ケヴィンさんにセリーナとカンナの顔まである。


「何って……みんなでリリィの結婚を祝福しに……ねぇ?」

「そ、そうよっ!決してリリィちゃんのイチャラブを覗きに来た訳ではないわ」

「お母さん、それ言っちゃ……」

「新しい花嫁の誕生日の瞬間に立ち会いに来ただけよね、みんなっ」


 俺だけを連れてこっそり夜中にやって来たのは、みんなに見られると恥ずかしいからというのもあったのだろう。それなのに結局のところ全員に見られるという結果になり、リリィの怒りが頂点に達すると燃え盛る炎の幻視をバックに拳を握り締めてプルプルと震え出す。


「サラ……アンタは私の初めてを二度も覗き見したわね」


 一人だけ名指しにされたサラは ギョッ として焦りを顔に浮かべると一歩後退ったが、椅子に挟まれた狭い場所では身動きなど取れはしない。


「リ、リリィ?ほら、仲間の幸せはみんなで祝うものでしょう?私だけ結婚はまだ先なんだし、みんなでリリィの幸せを分かち合って新しい人生の門出をね……」


「ふぅ〜〜〜〜ん、そう、そうなのね。じゃあこうしましょう」


 教会内だというのも御構い無しにリリィの背後に十六本もの透明な剣が浮かび上がると、サラだけでは無く今度は全員の顔に焦りが生まれた。


「やばっ!みんなっ、逃げるわよっ!!!」


「何で逃げるのよ!幸せのお裾分け、ちゃんと受け取りなさいっ!!」


 蜘蛛の子を散らすように一斉に出口へと駆け出した皆を追って容赦なく宙を舞う剣が乱舞するが、皆上手いこと避けながら必死に逃げ惑う。



「「「「「「「うわ〜っ!!!」」」」」」」



 夜更けの教会で起こった大惨事。翌朝、この教会を預かる神父さんが訪れ、礼拝堂の椅子が滅茶苦茶になっているのを見て卒倒したと言う話を聞かされたときには「ごめんなさい」と心の中で謝っておいた。



▲▼▲▼



 予定していた一週間の教育が終わり、魔物討伐隊の隊員達は疲れを癒すため今日は港近くに用意された彼等の家となる宿舎で休むと言っていた。


 熱血指導で気疲れをした俺達も今日はダラダラとした一日を過ごして、明日の朝カナリッジを出る予定をしていた昼下がりの事、事件とはいつも唐突に訪れる。


「レイさんには五人もお嫁さんがいるんですよね?私……レイさんの事が好きです、私もお嫁さんにしてください」


 いつもニコニコしていたカンナが訓練の時にも見せなかったような真剣な顔をして、イチャイチャしていたティナが離れたタイミングを見計らいソファーに座る俺の前へと来ると、突然の告白を始める。


『何を言い出した!?』と驚いた顔をするのはセリーナだけで、後の皆は暖かい目で見守っており、俺がどんな反応するのかを楽しんでいるようだ。


 どうするにせよ真剣な告白は真摯に受け止めてあげなくては、せっかく想いをぶつけてくれた相手に対して失礼だと思い座り直すと、隣にカンナを座らせ艶々な茶色い頭を抱き寄せた。


「ダメ、ですか?」


 どうしようかと考えていると、俺を見上げたカンナの方から答えを待ち望む声が上がる。


「カンナには俺の他に気になる男の子はいないのか?」


「ん〜、何人かは居ました。でもレイさんに比べたら全然子供で女心も分かってなくって、強くて優しくて、何よりカッコ良いレイさんの方が好きになりました。だからレイさんのお嫁さんになりたいって思ったんです。


 でもレイさんのお嫁さんはみんな凄い人ばかりで私なんかじゃとても勝てないけど、それでも好きな人と一緒に居たいって思う気持ちじゃ負けませんっ!

 何の取り柄もない私ではレイさんのお嫁さんにはなれませんか?」


 ケラウノスで初めて会って以来セリーナと共に俺達と一緒の時間を過ごすようになったカンナは、明日の朝、俺達が町を出るという話も聞いていた。

 自分の住む世界に突然やって来た、言わば別の世界の住人である俺が彼女にとって特別に見えたのは仕方のない事かもしれない。


「こんな可愛いカンナが俺の事をそんな風に見てくれてたのは嬉しい事だな。


 カンナは俺達の事が凄い人だと思えたんだよな?でもそれは、実は間違ってるんだぞ?俺達は全然凄くなんてないんだ。ただ、町で暮らす人達より優れた部分もあって、それが目に見えて目立つというだけの事。俺達は大人だから、その裏側にあるダメな部分を見えないように隠してるだけで、カンナや、カンナの周りにいる人達と何も変わらないんだよ。


 だから君が気になってたという男の子の事ももう少しじっくり観察してあげてごらん?人間ってどうしても悪い所ばかりが見えてしまう生き物だけど、決してそうじゃない。カンナが気になったって事は、その子達にはその子達なりの良い所があるはずなんだ。こんな俺なんかより遥かに素晴らしい所が沢山ある。


 だから、こうしよう。


 俺は俺のやるべき事をやって、またこの町に戻って来る。その間、カンナは周りにいる子達の事をもっとじっくり観察して良いところをいっぱい見つけてあげる。

 俺達が再会した時に、もしもカンナの気持ちに変わりが無かったのなら、その時は俺も真剣にカンナの事を考えるよ。

 だから今は、お互いのやるべき事に全力を尽くそう。それでいいかい?」


 賛同を得られなかった彼女の目は潤んでいたが、賢いカンナは俺の言ったことも理解してくれたようで涙を我慢しつつ笑顔で頷いた。きっとこの先の長い人生の中で俺なんかよりもっと素敵な運命の人と巡り合い、幸せな人生を歩んで行くことだろう。

 そんな彼女に精一杯のエールを送りたくなりオデコにキスをすると一気に顔が赤くなり可愛い顔がますます可愛くなった。


『お前も同じだぞ』とセリーナに視線を向けると、そんなカンナを見ながら何やら考えている様子だったので、勉強ばかりしたがる彼女にも何かしらの刺激になり自分の夢もさる事ながら幸せな人生を歩んでくれたらと願うばかりだ。



「何!?」



 そんな平和なひと時を破るように響き渡る轟音。一般より遥かに頑丈に建てられている貴族の屋敷ですら震わせる振動はこの家で起こったものではなかった。

 皆の視線は一斉に音のした窓の外へと向かうがここからでは何が起こったのかは分からない。


 騒ついた気持ちの悪い感覚が胸に拡がるので、カンナの頭を撫でて慌てて窓へと駆け寄って見れば町の一角に黒煙が立ち昇っている。



「!!」



 再び音がすれば、遥か遠くの町中で大きな炎と共に煙が舞い上がる様子が目に映る。


「事故じゃない、アレは魔法だ」

「魔法?」

「誤爆というには連続なのはおかしいわね」

「あっ!」

「あれは……魔物!?」


 モニカが指差した先にいたのは、上がった炎近くの空を飛ぶ小さなドラゴンのような物。しかも一匹ではなく三匹も見える。



ヒューィッ!ヒューィッ!



 置いてあった朔羅と白結氣を取ろうと振り向いた時、鞄から奇妙な音がするので訳も分からず取り出そうと手を伸ばせばギルドカードが飛び出して来る。



“緊急! 魔物襲来! 対処せよ”



 初めて見た緊急招集を告げるメッセージ。みんなそれぞれカードを見つめて唖然とした時、礼儀など知らぬとばかりに勢い良く扉が開け放たれると、屋敷に駐在している騎士の一人が慌てた様子で駆け込んで来るなり、なりふり構わず大声をあげた。


「ケヴィン様!魔族です!魔物を従えた魔族が襲ってきました!!!」



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