20.決断
黒塗りの海賊船ドーファン号を真横に曳航した豪華客船ケラウノス号の入港は当然の事ながらカナリッジの港を騒然とさせた。
注目を集めたついでに領主であるケヴィンさんからの説明が始まると港にいた多くの者達が耳を傾けていたが、海賊団リベルタラムズの処遇については賛否両論のようで、多くは領主の決めた事だからと今後の彼等の働きを見守る意向を示して解散となった。
その場で処刑しろと言われなかった事に ホッ とするものの、逆に言えば彼等の働き如何では擁護した形となったケヴィンさんにも石が投げられてしまう。
彼の個人的な意見を押し通したとはいえ捕まえた俺達にもある程度の責任がある上にケヴィンさん達サザーランド家は近しい親族なので、そんな人達が町の人々から非難を浴びるのは心苦しいと思い隊員達の戦闘訓練をする事にした。
「ほらほら、何度言えば分かるんだ?腰を落として重心もなるべく下げるんだ。魔物の方が圧倒的にパワーがあるんだぞ?そんなんで海の魔物に対抗できると思うなっ!」
五十二人の元海賊、魔物討伐隊を四つのグループに分け、リリィとティナで剣術を、サラとモニカで火魔法を、俺は基礎体力と身体の使い方、エレナとコレットさんで風魔法の指導を行い、それぞれ二時間ずつでローテーションさせて一日八時間、休日無しで一週間の特訓を行った。
ミレイユとテツは飛び抜けて優秀だったようで皆の指導について来れていたが、他の隊員達はそうとは行かず、一般の冒険者よりは多少優秀かな程度だったのでスパルタ指導に悲鳴をあげていた。
「優秀な先生がいる今がチャンスよ!」
涙目でフルフルと首を振るセリーナの意志など御構い無しに意気込んだイルゼさんが特訓の参加を強制させると、何を思ったかカンナまでやると言い出し止める親御さんを押し切り二人で参加する事となったのだが、流石に基礎の違う荒くれ者とお嬢様にまったく同じ特訓をする訳にも行かず、やんわりとした訓練になったのはやむを得ない。
それでも彼女達からしたらかなり激しい特訓にも見事耐えきり、一週間が終わる頃には二人共が一端の冒険者を名乗っても良いのではないかと言う程には成長を遂げてイルゼさんも納得のご様子だった。
△▽
話しは少し遡り、スパルタ教育が開始されてから五日目の事だ。
教育される方もさる事ながら、教育する側も一日中面倒を見てやらねばならないということもあり案外疲れるものだ。
夕食も終わり、今日も一日頑張ったので風呂に入ってイチャラブしようと思ってリリィを連れて食堂から出た矢先に屋敷の外へと連れ出される。
「こんな夜更けに何処行くんだよ」
「いいから黙ってついて来なさい」
リリィの作り出した透明な壁に乗せられて家々から漏れ出すぼんやりとした灯りが咲く夜の町の空を飛んで行くと、向かう先には一際大きなトンガリ屋根が生えている。
「リリィ?」
何がしたいのか大凡の見当が付きこんな夜中に二人きりで来なくてもと思ったが、彼女には彼女なりの考えがあってのことなのだろうと思い止まり真っ直ぐ前だけを見つめて返事をしないリリィの横顔を眺めていた。
地上に降り立つと何も言わないままのリリィに手を引かれ、閉まっていた扉を開けて目的の建物の中へと入って行く。何時でも入って良いとされている公共の場とはいえ子供はそろそろ就寝する時刻ともなれば誰一人そこにはおらず、だだっ広い室内は俺達二人の貸切だ。
誰も座ってない大量の長椅子が整然と並ぶ中、入り口から伸びる四人は並んで歩ける通路を一番奥まで進んで行くと、俺達人間を見守ると言われている女神様の石像が室内を見渡すように設置されている。
祭壇の前で立ち止まったリリィは手を離し振り返ると、真剣な眼差しで真っ直ぐ見つめてくる。
「レイの傍にはサラやティナ、エレナにモニカがいる。そんな満ち足りた生活を送るレイにとって私は必要な存在?私なんか居なくたって特に困る事なんて何もない、そうよね?」
教会なんてところに連れて来ておいて「うん、君要らない」とかいう答えを期待している訳がない。ではどんな答えを求めて彼女が思ってもいない言葉を投げつけてくるのか、それは俺とリリィの関係を辿れば考えるまでもないだろう。
「リリィ、人と比べてどうとか、人より劣るからダメとかそういう考えはやめよう。
サラにはサラの、ティナにはティナの、エレナにはエレナの、モニカにはモニカの、それぞれ良い所があれば良いとは言えない所もあるけど、それを全部ひっくるめて一人の人間と言えるんだ。
だから俺はそんな彼女達の不得手な部分を支えてあげたいと思う一方で、抜け抜けな俺をみんなで支えて欲しいとも思う。それが人間と人間が共に生きて行くという事なんじゃないかと俺は思っている。
その中には勿論、リリィ、お前も含まれているよ。
リリィの心の中に入り込むまでは正直言ってリリィの事を異性として見てなかった。けど自分の気持ちに気付いてしまった今では、君の居ない人生など考えられない。
指輪を渡した時にも言ったけど、レイシュア・ハーキースはリリアンヌ・コーヴィッチに人生の伴侶となってもらいたい。共に生き、喜びも、そして悲しみも分かち合い、天国へと旅立つ瞬間まで一緒にいて欲しいと心から願っている。
だから、リリィ……結婚しよう」
目の端にキラリと光る物を携えた珍しいリリィ、天井を見上げたのは流れ出ようとする涙を堪える為か。
俺への返事をすることなく ジッ と天を仰いでいるので一歩近寄り抱き締めると、腰に手を回して抱き締め返し胸に顔を埋めてくる。
「本当にいいの?私なんかがレイのお嫁さんになったりして後悔しない?」
「こういうときに限ってお前はネガティブになるよな。いつもみたいに『私と結婚しなさい!』とか言えないのか?」
「残念……YESって答えてもらえる自信が無いから言えないわ」
「なんだ、信用無いな。けど、リリィがなんと言おうと初めてお前を抱いたときからお前は俺のモノだぞ。死ぬまで逃げられるなんて思わない事だな」
「そうね、分かったわ……私の旦那様、私の全ては貴方のモノよ」
指輪の嵌る左手を俺の頬に添えると、目を瞑り顎を上げて誓いの口付けを待っているリリィ。
淡い照明の光を受けた一筋の涙が頬を伝うのを目にしたとき、表面立って俺を求めてこない彼女だが決して求めていないのではなく、自分は要らない存在だと低く考え過ぎるが故に求める勇気が無いのだと知った。
そんなリリィの方から結婚を切り出させた事に罪悪感を感じると共に、勇気を出して踏み込んでくれた事に感謝しつつ精一杯の愛情を込めて婚姻の証である口付けをした。
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