22.信頼

 ゾルタイン襲撃事件──加工した魔石から復活させた魔物を町へと解き放ち、好き放題に破壊活動をしてくれた忌々しい事件だ。

 それが思い起こされるとケネスによって斬り裂かれた瞬間のユリアーネの顔が頭を過ぎる。


 腹の中で滾る怒りの感情を抑え、立て掛けてあった朔羅と白結氣を取ればリリィがその手を力強く掴む。


「離せ」


 思わず睨んでしまった事は謝らなくてはいけないが、それでも頑として俺を見つめ続ける薔薇色の瞳。その瞳が何を言いたいか悟るのに時間はかからず、一瞬で熱くなってしまった己に拳を叩き込みたい思いで手の力を抜くと、察したリリィも手を退けてくれた。


「ごめん、ありがとリリィ」

「分かればいいのよ、結婚したばかりでアンタに死なれたら私の立場はないわ」

「そうだよな」


 どうしようもなくリリィが愛しく感じ頬に手を当てるが嫌がる気配がなかったので、感謝と愛情を込めてキスをした。



 振り向くとそこには六人の笑顔、緊急事態だというにも関わらず俺を想って待ってくれている愛すべき人達。感謝の言葉もない程に有難い。


「ケヴィンさん、衛兵、および町にいる騎士や冒険者には町の人達の避難誘導を頼んでください。町に入り込んだ魔族と魔物は俺達が片付ける。


 みんな、よく聞け。ゾルタイン襲撃事件は知っているな?恐らくあの時と同じ状況だ。

 魔族は奴等の持つ特別な魔石から魔物を生み出す。そいつらは恐らく上級モンスターばかりで手強いだろう。しかも一度倒しても魔力を纏わせた武器で魔石を破壊しない限り何度でも復活するいやらしい奴等だ。


 カナリッジは広いのに、魔族に対抗する俺達は七人だ。そこで三つに分かれて奴等を叩き潰す。


 今感じられる魔族は九人、その内の五人がいる町の西側へはリリィ、サラ、ティナが向かってくれ。二人の魔族がいる町の東側へはモニカ、エレナ、コレットさんが向かい、町の中心部にいるリーダーらしき魔族には俺が当たる。


 いいか?三人はチームだ、決して単独行動はしないと約束しろ。リリィとモニカはそれぞれのリーダーだ、皆が怪我無く安全に魔物を狩れるようにサポートを重視して戦ってくれ。

 リリィは何かあればすぐに通信具で連絡する事、それが出来ないモニカ達は無理をせず十分気を付けてくれよ?


 いいか、町にのさばる魔族や魔物を倒す事も重要だが、何より自分の安全を第一に考えてくれ。ヤバイと思えば逃げればいい。俺にとってはこの町に住む何万人の命より、ここに居るみんなの命の方が大切だ。

 この中の誰か一人でも命を落としてみろ、明日の朝にはこの世の全てを無に帰してやる。大切な物を失いたくないなら何より自分の命を大切にしてくれ、いいな?」


「ぷっ!何よ、その脅し」

「それって、脅しなの?」

「みんなが大好きだって事ですよねぇ〜」

「だからって世界を壊すとか、魔族よりタチ悪いわね」

「トトさま、誰も魔族なんかに負けたりしませんよ」

「レイは心配性ですから、仕方ありませんね」

「そこもレイ様の良いところ、ですよね?」


 和やかな雰囲気の中、雪を含む八人で作った輪の中心に拳を握った左手を突き入れると、みんなもそれに倣い左手を突き合わせて来る。


「コレットだけ指輪がないわ」

「本当だ、コレットもレイのお嫁さんになったらいいのに」

「いえ、私など……」

「やっぱりそう思うだろ?何度も口説いてるんだけどなかなか聞き入れてくれなくてさ、みんなからも言ってやってくれよ」

「コレットさんも私達の仲間に入りましょうっ!」

「コレットにはコレットの考えがあるんでしょ?無理強いは良くないわ」

「トトさまっ!私にも指輪をくださいっ」

「結婚したとかしてないとか、結局は本人の気持ちだけなんだからこだわる必要なんてないわ」


 皆の ジトッ とした視線が最近結婚したばかりのリリィに集まると、自分の行いと言動に相違がある事には自覚はあるようで「な、何よ……」と退き気味のリリィ。彼女を含めて、気持ちがあったからこそみんな結婚したいと思ってくれたんだよな。


「コレットさんは引き続き口説くとして、雪の指輪はこの戦いで頑張れたらご褒美に造るよ。

 いいか?もう一度言うぞ、絶対に死ぬなよ」



「「「「「「「おーっ!」」」」」」」



 付き合わせた拳を持ち上げ、皆で交わした約束と共に天に向けて突き上げた。


「じゃあ行ってくるね」


 まるで買い物にでも出かけるような軽い言葉を残したモニカと雪に行ってらっしゃいのキスをすると、意気揚々と扉から出て行く。

 モヤモヤとしたモノが胸の中で踊り始めるが、何かを考える間も無くエレナとコレットさんも順番にお出かけのキスをすると扉の外へと姿を消した。


「そんな顔しないで。私とレイの結婚式にはみんなで出てもらうわ、大丈夫よ」


 サラに続きティナとリリィももれなくお出かけのキスをしてから部屋を出て行くと、今度はジェルフォが寄ってきた。


「お、お前……まさかっ!?」

「……え?ちっ、違うっ!!何を言い出すのですかっ!レイ殿!?」


 まさかのジェルフォからキスの催促かと思い慌ててしまったが、冷静に考えればそんな訳はない。

 ジェルフォも当然そんなつもりなど更々無く、言われて始めて今の流れから誤解を生んだ事に気が付き『冗談じゃない!』と慌てていたので、まぁあれだ、お互い様ってやつだ。


「レイ殿、私も……」

「待った!ジェルフォはここに残ってくれ」

「何故ですか!?私は獣人だ、襲われているのは人間の町だが魔族の横暴には……」


「違う、違うんだ。ジェルフォ、聞いてくれ。

奴等はこの町を破壊する為、もしくは混乱に落とし入れる為に町を襲って来ている。つまり、今はまだここには来ていないが、町で一番目立つ建物であるこの屋敷が狙われない筈がないんだ。


 こう言っては何だが複数の上級モンスターに対抗する為の力はこの屋敷には無いと思う。もちろんこの屋敷まで奴等が来ないように倒していくつもりだが、万が一にでも俺達を突破して屋敷に近付かれでもしたら、ここにいる全員が殺されかねない。

 だからジェルフォ、君とライナーツさんとでこの屋敷の守りを頼みたい。俺の親族でもあるサザーランド家と義理母であるアリシアを守ってやってくれないか?」


 理解は出来るが自分も共に戦いたいと願ってくれるジェルフォは俯いたまま拳を握りしめた。だが、顔を上げ真っ直ぐに俺を見つめると、決してジェルフォを信頼していないから戦線から外すのでなない事を納得してもらえたようで、渋々ながらも了承してくれる。


「……承知した。レイ殿もどうかお気を付けて」

「レイ君、頑張ったらご褒美あげるね」

「レイ様、ご武運を」


 アリシアのご褒美は怖いから要らないかなぁと思いつつも部屋に残った皆に手を上げると屋敷を後にし町へと急いだ。



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