24.繰り返される失敗
「うぉぉぉぉっ!」
振りかぶった朔羅を力任せに打ち込めば、奴の剣がソレを打ち返す。
広くはない洞窟に響く斬撃音。一瞬で散る火花が姿を消せば、それを追い求めるかのようにまた次の花が咲く。
幾度かの攻防で分かったのだが、奴はケネスほど強くはない。
アレが異常だったのか、単にコイツが弱いだけなのかは分からないが、打ち合いから感じ取れるのは少なくとも俺と同レベル程度だということ。あんな化け物じゃなくて安心するが余裕で勝てる相手でもない。
「はははっ!やるじゃねぇか人間。少しは楽しめそうだなっ!」
朔羅を弾き返した瞬間、奴の手から拳大の火球が放たれる。突然の意趣返しに慌ててそれを避けると、魔法はそのまま突き進み祠の一部が崩壊した。
あ〜あ、壊しやがった。なんかこういうのって大事なものなんじゃないのか?
連続して放たれる魔法を切り裂き、これ以上祠を破壊させないようにしてやる。
それくらいの余裕はあるぞ?
魔法のちょっとした切れ間にお返しにと朔羅に纏わせた風魔法を刃の形に飛ばした。すると奴はわざわざジャンプをして躱し、天井を蹴って接近し再び斬撃を見舞ってくる。
「くっ」
躱し、躱され、打っては打ち返される。奴の斬撃は速く、重く、一度気を抜けばそのまま圧倒されるだろう勢いだ。痺れるほどの衝撃に胸が高鳴り、いつしか消えていた黒い気持ちとは打って変わって強者と剣を交える楽しさすら感じるほどだ。
再び距離を開けての魔法の応酬。斬り刻む無数の火球の合間に風の刃をお返しにと挟むが、その度に奴は受け止めたり破壊したりするのではなく、しゃがんだり躱したりと無駄な動きをする。
これだけの火球を連続で放ちはするが、もしかしたらそれは魔族のポテンシャルがあるからこそ成せるだけで魔法自体はあまり得意ではないのかもしれない。
「なぁお前、ケネスがどうなったか知ってるか?」
地べたを這うような姿勢で風の刃を躱しながらペレが喋りかけて来る──身体柔らかいな!
聞かれても魔族でもない俺が知る由も無いし、死んでいないのであればこの手でユリアーネの仇を討つ事が出来ると喜ぶだけだ。
「四肢を奪われたヤツは役に立たないと判断されて降格処分、いい気味だったよ。そこら辺はまぁお前にも感謝だよな?感謝ついでによぉ、お前、そろそろ死んでくれないか?お前を殺したらあのアリサとヤレるんだぜ?はっはぁっ!今からワクワクして堪らないぜ!」
目で追うのが困難なほどの突然の斬り込み、一段速くなった斬撃を朔羅で受け止めれば間近に迫る ニヤニヤ とした気持ちの悪いペレの顔。
何を考えニヤついているのか想像が追いつくと反吐が出る。ケネスの話を出された事もあり、鳴りを潜めていた黒い感情が再び目を覚ました。
「てめぇなんぞにアリサはやらねぇよっ!俺がお前等魔族からアリサを奪い返すっ!」
「奪い返すだぁ?捨てたのはてめぇって話しじゃねぇかよ、あぁっ!?てめぇ何様のつもりだよ!人間風情が、良い気になるな!!」
鍔迫り合いを終わらせるべく蹴り込まれた脚、それを躱すと距離を取ろうとするペレへと斬りかかる。
蹴りを避けられた事で体勢を立て直すのに時間を取られたのだろう、ペレの腕を朔羅が捉えて浅くも斬り裂いた。
「ちっ!やってくれるなぁ!」
飛び散る血を見るとコイツも殺せるんだと安心感が湧いて来る。だがそれ以上に湧いて来るのは【魔族を殺せ】という黒い感情……言われなくてもコイツは殺らせてもらう!
風魔法の上に火魔法をカモフラージュで載せるとメラメラと燃え盛る朔羅でペレに襲いかかる。
それがどうしたとばかりに先程と同様に剣で受け止めるペレ。ワザと弾かれ後ろに退きながら炎の下の風の刃を飛ばした。
案の定、俺に追撃をかけようとしていたペレは驚いて回避しようとするものの距離が無さすぎて回避行動に移る前に風の刃がペレの傷付いた腕を切断した──避けるしか出来ないからそうなる、鍛錬が足りないぞ?
「ぐぁああああぁああああぁぁああぁぁぁっ!」
ペレの悲痛な叫び声が木霊した。知った事かとその隙にいくつもの風の刃を飛ばしたのだが流石に当たらず避け切られてしまう。
ならばと奴に駆け寄り朔羅を振りかぶると渾身の力を込めて振り下ろした。
手に残るのは肉を斬る独特の感触と骨を断つときの僅かな抵抗。それに高揚した感情を叩き付けるべく斬撃を繰り返せば、防げてはいるものの片手しか無いペレでは耐えきれずに徐々に後退って行く。
「クソっ!クソっ!クソぉぉっ!」
──死ねよっ!死ね魔族!死ね死ね死ね死ね死ねっ!
泉の如く無限に湧き出す黒い感情のまま、力任せに朔羅を振り続けること幾ばくか。とうとう体力も尽きたのか、片膝を突いて苦しそうに呼吸を荒げて俺を見上げるペレ。
後はトドメを刺すのみ、そう思えて口角を吊り上げた瞬間に間の抜けた声が聞こえてくる。
「ふぁ〜っ、やっとこさ出れたねぇ……おんや?」
二人の視線と意識を奪った突然現れた青い髪の女。俺達に気が付くと何かを考えてる様子で首を傾げて ポカーン としている。
時が止まったかのように動きを止めた三人、最初に動き出したのは瀕死のペレだった。
「くっ!」
足元に魔法を放ち視界を奪うと同時に姿勢を崩すと、女に向けて一目散に走り出す。
──しまった!俺はまた同じ事を繰り返すのか!?
肩からシュネージュを生やしたモニカと、腹を斬り裂かれるユリアーネの姿がダブって脳裏に蘇る。吐き気を催すほどの嫌悪感、自分で自分が許せなくなり歯噛みするがそんなことはお構い無しに俺の予測が現実と化す。
先の無い腕で女の首を締め上げ胸元に剣を突き付けたペレ、その顔は脂汗を滲ませながらも勝ち誇った表情を浮かべている。
「ハァハァハァ……おいっ!剣を置け……剣を置けよ!!!! コイツ殺すぞっ!いいのか!?」
いくら見ず知らずの女でも目の前で死なれるのは認可出来ない。
唇を噛み締めながらも仕方無しに朔羅を地面に刺すものの手を離すのは躊躇われて柄頭に置いたままだ。
「さっさと離れろ!ほらっ!いいのか!?」
首を締め上げ、殺すぞと言わんばかりに俺に見せ付ける。だが不思議なことに当の本人である青い髪の女は悲鳴をあげるでも泣き叫ぶでもなく、全くの無抵抗でされるがままになっていたのに俺達二人は気が付くことはなかった。
ついこの間だ。これと似たような状況に陥り最愛のモニカを傷付ける事となった。ほんの数日前の出来事、舌の根も乾かぬ内とは正にこのことだ。
それなのに今またこの状況である。自分が如何に弱い人間なのか思い知らされる。
俺は何度同じ事を繰り返せば解るのだろう。あの時あの魔族が刺したのがモニカの腕ではなく胸だったなら、モニカは今この時を生きていなかったかも知れない。一歩間違っていればそんな事も起こり得たのだ。俺が油断することで俺自身が愛する者が命の危機に晒された。
しかもそれはモニカだけでは無い、ユリアーネの時だって似たようなものだろう。俺の浅はかな行動の所為で愛する者を失う、俺は失う為に愛しい人と共にいるのか?
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
どうしようもない憤りを覚え両手を地面に叩きつけると意味のない雄叫びを上げながら何度も何度も地面を殴りつける。
その様子にペレは勝ち誇り、面白そうに見下ろしていた。
不甲斐ない自分自身に、そしてそんな事をする魔族に対して腹の底から怒りが込み上げ抑えきれなくなって来る。
溜まった涙が視界を埋めるように、溢れ出した心の闇が視界をも埋め尽くすと、ペレも女も闇に飲まれて見えなくなってしまった。
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