28.思い通りにはいかない

 波乱の幕開けとはいつでも唐突なモノ。ペルルを嫁にと狙うイェレンツに懐いてくれれば良かったものの、御歳おんとし千歳を超える少女は当然の如くエレナに心を開いたようで、俺の隣に座った彼女にピッタリくっ付いて座り夕食を口にしている。


「ペルルちゃん、美味しい?」


 物言わぬ少女は コクコク と小さく首を振り返事を返す。

 また、その姿がとてもよく似合い、可愛いことこの上無し! 第二の雪が現れたかの如く、妹のような、娘のような、庇護したくなる感覚が湧き上がってくる。


 それでいて容姿はあの娘そっくりと来たものだから、妹属性に弱い俺の心は揺れること揺れること……。


 そんな折、夕食は終わりと、まだ中身の残る鍋を火から外すべく席を立つエレナ。

 一緒に付いて行くのかと思いきや、視線だけで彼女を追いかけながらまだ手に残るスープを一口口に運ぶと、その視線が戻る先が俺で止まった。


「んぉ?」


 お互い口にスプーンが入ったままというなんともお行儀の悪い格好で視線が打つかると、なんだか動いたら駄目という訳の分からない感覚に陥り、そのまま暫し見つめ合っていた。


 ようやくスプーンを口から離したペルルは何を思ったか、エレナが抜けた分のスペースを座ったままに ちょいちょいちょい っと可愛らしくにじり寄って来る。

 ノックアウト寸前の可愛らしさに心の中で身悶えしていると、俺の心を知ってか知らずか、エレナにしていたように ピトッ と寄り添い、純粋無垢な金の瞳が様子を伺うように見上げて来た。



──やばいよ!やばいよ! この可愛さ、やばいよっ!



 そのままもう一口スープを口に運び、モグモグ と口を動かしながら見上げる視線はそのままに首を コテン と預けて来るので、鳴り響く銃声と共にオデコを撃たれたような衝撃に クラリ ときてしまう。

 そんな事をされればこちらから触ってもオッケーだろうと銀の髪を わしゃわしゃ してやれば、目を細めて嬉しがってくれる。


⦅あらあら、やっぱりイェレンツは負けちゃったかぁ……⦆


 ペルルの可愛さに衝撃を受け、目の前で力一杯スプーンを握り締めて悔しそうにしているイェレンツの事など頭から抜け落ちていた。

 だがしかし、そのスプーンは俺が貸してやったものなので手荒に扱うのはやめてもらいたい。


「やはり君だったか、久しいなヴィーニス。 しかし、負けたとはどういう事だ?」


 同じ森で長い事生きている者同士だからか、メルキオッレとはどうやら顔見知りらしいヴィーニスがここに来た二つの目的を説明したのだが「そうかそうか」と微笑んでいるのみだった。


「今日はもう遅い、その話は明日ゆっくりとするとしよう。

 それで、来客に対して失礼で申し訳ないのだが、生憎見ての通り小さな家だ。ベッドも私達用の物しかないのだが、幸い君は冒険者のようだ。寝る為の準備はあるのかね?」


 多分身を包む為のマントを想像していたのだろう、「大丈夫だ」と告げてテントを取り出せば設置する様子を興味深々に眺めていたので、中にある自慢の布団を見せてやると更に驚いてくれて俺としては大満足だ。



 更なる自慢の為に風呂を取り出して見せると、見慣れているエレナ以外の目が輝きを見せる。

 使い方を説明し、残念ながら入る事が出来ないヴィーニスを除いたレディファーストでエレナとペルルが先に入る事が決まった。


 言葉にはしなかったが羨ましそうにしていたメルキオッレの為と、放置してはエレナからお叱りを受けそうなイェレンツ用に三つのテントを設置し終わった頃、更なる親交を深めた二人が風呂から出て来る。


「気持ちよかったろ?身体が温かいうちに寝床に入れよ、布団もふかふかで気持ち良いぞ?」


 素直に コクコク 頷くペルルがエレナと共にテントに入って行ったので、もしや俺の寝る場所が無いのかとは思ったが、たまには外で一人もいいかとイェレンツが風呂から出るのを待つ事にした。


「一人だけ仲間外れは寂しいだろ?」


 その間、せめてもとブラシ掛けを提案すれば、嬉しそうにする彼女から了承が得られる。

 こんなことするのも久しぶりだと、妊娠したと聞かされたシュテーアが元気にしてるか考えながら精魂込めてブラシ掛けをしていれば「君は不思議な男だな」と声がかけられる。


「今も昔も変わりなく人間と魔族、それに亜人は反目し合っているのではないのか? それなのに人間である君は、獣人であるエレナやエルフのイェレンツ、それにモンスターと呼ばれる種族であるヴィーニスとも打ち解けている。

 君は一体何者なのかね?」


 この二人は長き時を生きてきた存在だ。もしやと思い五百年前の闇魔戦争の事を聞いてみれば二人共が参加したと言うから驚きだ。

 更にルミアの事も聞いてみれば目の色が変わったので、二人の知らなかった三国戦争の話しを含め、これまでの旅で誰にも伝えることのなかった俺達の旅の目的を話す事にした。


「ギルベルトやノンニーナはその事を知っているのかね?」


「いえ、話してませんし、話すつもりもありませんでした」


 彼等も闇魔戦争の参加者だ、メルキオッレが二人を知っていても不思議ではない。



『三百年前の戦争で封印された女神チェレッタを殺せ』



 ルミアが発した命令を遂行するか否かを決めなければならないのだが、封印石を集めるこれまでの旅ではすっかり頭から抜け落ちていて考える事をしなかった。


 女神をどうこうよりも俺自身の目的は魔族過激派の根絶。 俺が一人で戦い、勝てば問題ないだろうと思っていたが、この旅の中で戦った過激派の強さを考えればほぼ間違いなく無理な話なのだろう。

 一人で無理なら誰かを頼る、結論からすればそうなってくるのだが、出来るかどうかも分からない危険な事を “手伝ってくれ” と頼む勇気も無いから悩みどころだ。


「レイさん」


 真剣に考え始めた俺の邪魔をするかのようにテントの入り口から顔を出したエレナ。

 そのすぐ下からは彼女の真似をしてペルルが顔を覗かせている。


「どうした?眠れないのか?」


「ううん、そうではなくてですね、ペルルちゃんがレイさんとも一緒に寝たいって言うんですけど……」


 そのタイミングで風呂から出てきたイェレンツが眉を潜めて俺を見る中、ペルルの前にしゃがみ込んで頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。

 しかしすぐに『ダメ?』と訴えかけるように不安そうな顔で見上げてくる。


「風呂に入ったらすぐに行くから布団に入って待っててくれるか?」


 コクコク と頷く頭をもう一度撫でてから立ち上がりメルキオッレさんへ振り向けば、何も言わずとも笑顔で頷いてくれる。


 風呂の順番を譲ってもらったお礼にと一本のワインとグラス、それに話し相手のヴィーニス用にと思い、取り出した机に林檎を何個か置いて「すみません」と一言だけ告げると、難しい顔で立ちすくむイェレンツの肩を叩いて風呂へと向かった。



▲▼▲▼



 翌朝、布団とは違う温もりを感じて目を覚ませば、俺の胸を枕と間違えたのか、覆いかぶさるように抱き付いて眠るペルルの姿がある。

 穏やかな呼吸と共に目の前で揺れる銀の耳が『触れ触れ』と誘いをかけて来るのだが、そこは大人の自制心で寝た子を起こさぬよう撫でたくなるのを泣く泣く我慢した。


「おはようございます」


 だが、俺が起きたのに気が付いたエレナが目を覚まし小声で挨拶をすれば、ペルルの顔も パッ と起き上がり目が覚めてしまう。

 どっちにしたってエレナが布団から出ればペルルも気付いた事だろう。もう少しだけ幸せ親子の気分を味わっていたかったのだが仕方あるまい。


「おはよう」


 二人の頭を撫でると起き上がりテントを出ようと顔を出せば、まだ起きるには少しばかり早い薄暗い時間だというのに既に焚火が灯っており、昨日降ろしたはずの鍋が火にかけられていた。


「んんっ!?」


 俺の隣に顔を出したエレナが驚くのも無理はない。

 その鍋が焦げ付かないように丁寧にかき混ぜていたのは金髪のロン毛男。 世間知らずのお坊ちゃま的なイメージだったイェレンツの意外過ぎる行動に二人して言葉が出てこなかった。


 動きを止めた俺達を不思議そうな顔で見上げるペルルに気が付けば白い歯を キラリ と輝かせる王子様スマイルを浮かべて「おはよう」と言うが、奴が視線を向けた先は俺達三人ではなくペルルただ一人。

 つまり、眼中にない俺達二人は朝の挨拶ですらスルーという常識外れの坊ちゃんに『やはり奴の息子か』と朝一から溜息が出る。


「さあ、お腹が空いたでしょう?一緒にいただきましょう」


 彼は彼なりにペルルの気を惹こうと考えての行動なのだろうと思い『それはお前が作った物ではないだろう』とは口にしなかったのだが、エレナの服を キュッ と握ったペルルが彼の思惑通りには動かなかったとだけは伝えておこう。



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