27.世界に二人だけの種族

 魔力で付けた目印があるのは、森の中を流れる小川の辺りにひっそりと佇む一軒の小さな家の中。

 家と言うにはあまりにも小さく、どちらかと言えば山小屋に近い感じながらも、大森林の巨木を切り出し加工された木材で造られた家は山小屋と呼ぶにはかなり綺麗な出来栄えだ。



コンコンコンッ

「お届け物で〜すっ」



『何を!?』と目を丸くするイェレンツだったが、他所様の家を訪ねる時は家の扉をノックする事すら知らないのだろうか?


「はいはい、お待たせ……って、えらい大人数で配達だな。それに、人間に獣人にエルフ?変わった組み合わせで驚いちゃうよ。

 それで? 誰から誰に届け物なんだい?」


 扉を開いて顔を出したのは、こんな森の奥地には不釣り合いなほどオールバックが ピシッ と決まった初老の男。手入れのキチンとされた白色のシャツと黒い綿パンとがよく似合い、肩にかけられたサスペンダーがどこぞの貴族としか思わせない。


「えっと……」

「やはりここにっ……ごふっ!」


 それ以上考えていなくてどうしようかと思った矢先、我慢出来なくなったイェレンツが俺の肩越しに中を覗き込み目的の娘を目にしたようで興奮し始めた。

 これ幸いと丁度良い位置にある奴の腹へと肘を叩き込んで黙らせると、それを目にした男はたったそれだけで全てを分かったかのように微笑みを浮かべる。


「なんだ、嘘か。こんな人里離れた場所に配達などおかしいと思ったよ。目的はうちの娘、そうなんだろ?

 どこで見かけたかは知らないが、もう夜も遅い。良かったら一緒に飯でもどうだね?」



 招かれた家の中は外からの見た目通りこじんまりとしており、一つのベッドと、二人掛けの机に二つの椅子、小さな竈があるだけの至って質素な部屋だ。

 その竈の前に立ち、オタマ片手にこちらを見つめる娘……と言うよりは少女という言い方の方が似合う幼さの影が残る女の子が、感情の篭らぬ顔で黙ったまま視線を俺達へと向けていた。


 快く受け入れてくれたのは良いが、完全に二人用に造られた家に五人も入れば狭すぎるのは当たり前で、言い出した本人も現状を見てからようやく気が付き苦い顔をしているではないか。


「……美しい」


 懲りずにしゃしゃり出てきたイェレンツにもう一発お見舞いしてやろうかとも思ったのだが『ダメですよ』と目で訴えるエレナが横を通り過ぎると、じっと見つめる少女の視線など気にもせず、竈にかけられた小さな鍋の中を覗き込む。


「レイさん」


 視線だけで何が言いたいのか分かった俺達はやはり愛し合う夫婦!……と、言いたいところだが、普通に空気が読めれば言われなくても分かる事だろう。


 目先の事で頭がいっぱいのイェレンツが『何だ?』と不思議そうに見てくるのをガン無視して笑顔を浮かべて了承を伝えると、狭すぎる家を出て焚火の準備を始めた。




 外に作った焚火にかけた鍋は自前の物。家の鍋では人数分の料理が出来ないと外に持ち出し、中身を移し替えて具材を足す事で量を増やしたのだ。


 作り方のコツでも教えているのだろうか?にこやかに説明をしながら鍋を掻き回すエレナに寄り添うように座り、未だ一言も発しないペルルと紹介された少女は興味深々にそれを見つめている。


 その焚火を囲み、同じ少女に視線を注いで遅がけの夕食が出来上がるのを待ちわびる三人の男がいる。


 彼女達の隣に置かれた椅子代わりの丸太に座り微笑ましげにその様子を眺めるのは、彼女の父親であるメルキオッレと名乗った初老の紳士。

 何事にも動じそうに無いどっしりとした風格が、白髪混じりではあるものの一切の乱れもなく ピシッ と決まったオールバックと相まって、えも言われぬ威厳さを醸し出してはいるのだが、その人柄は浮かべた笑みからしておおらかそうに見える。


 そしてまた違った意味合いでその少女を見るのは、一目惚れだと抜かし、言外に自分のものにすると言い放ったイェレンツだ。

 協力すると言った手前、彼の努力で勝手に恋仲になってくれれば助かるが、そればかりは運を天に任せて祈るしか手立てが無い。


 最後に、二人とは違う思いでペルルを見つめる俺。


 毛先の黒さが深みを見せる銀色の毛に覆われた三角形の耳。それより明るい銀の髪から狼の耳を生やす少女は、体型から顔立ちまで今は亡き俺のよく知る銀狼の娘と瓜二つだ。

 違う所を上げるとするならば、瞳の色が水色ではなく金色だという事と、背中より僅かに下にズレた所から生える両翼合わせて一メートルにも満たない蝙蝠に似た小さな黒い翼のみ。


 その翼を見れば彼女が魔族なのだろうと思うのが普通なのだが、では頭で忙しなく動く銀狼の耳と ピンッ と立ったままのフサフサ尻尾は何なのだという話になる。


「なぁ、あんたは魔族なのか?」


「ん?ペルルの話しか?あの娘は奇跡の子なのだ、疑問に思って当然だろうな。

 君の質問に答えるのならば私は魔族ではない。魔族と獣人の特徴を合わせ持つ彼女の父親がそのどちらでもないとは意味が分からないだろう?


 まず私の話からすれば、私自身も奇跡の子なのだ。


 私の父親はオオカミの獣人だったらしい。そして母親は魔族だ。

 異種族間で子供が生まれる確率が非常に低いのは君も知る通りだが、例え子供が出来たとしてもペルルのように両方の特徴を合わせ持つなんて事は無く、どちらかの種族として生を受ける筈なのだ。

 だが私は見ての通り、オオカミの耳や尻尾も無ければ、魔族の角や翼といったモノも生えていない。


 では一体、お前の種族は何なのだとなるのだが、これが面白い事に《バンパイア》という新しい種族が出来上がったらしいのだ。


 まぁバンパイアとは言っても、物語に出てくるように夜な夜なうら若き乙女の生き血を啜って……なんて事はなくてだな、それを教えてくれた賢人曰く “不死者” という意味でのバンパイアという種族らしい。


 実際の話し、傷の回復力は常人の比ではないのだが、私の感覚的に言えば大き過ぎるダメージを受ければ死は訪れると思うのだ。

 ただ寿命という観点で言えば、産まれてから既に千年は超えてるので、もしかしたら不死ではないかとも思っている。


 そうそうペルルの話しだったな。


 父親が私なのは言うまでもないが、母親は見ての通り銀狼の獣人だ。私がバンパイアという種族だからなのか何なのか、あのような二種族の特徴を合わせ持つ姿とはなったが、ペルルも産まれて千年は経っている。

 ただ正確なところはよく分からないのだが、君は産まれてから今日で何日目だとは把握してないだろ?それと同じ事だと認識してもらえると助かる。


 説明が長くなったが、要は私達親娘が世界に二人しか居ない希少種族だというだけの話だよ」


 あっさり “それだけの話し” とか言ってくれるが『はいそうですか』と簡単に流せる話ではない。 現に聞き耳を立てていたイェレンツなど色男を台無しにして顎が外れるほど大きく口を開けて驚いているではないか。


「レイさん、出来ましたよ……って、なんて顔してるんですか?」


 エレナに言われるまで気付かなかったが、どうやら俺も他人の事を言っている場合ではなく、自分の口もポカンと開いたままになっていたようだ。



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