26.大きな森の小さな家

 単純に発動させる魔法に光の魔力を注いでも大した効果がないのは経験則からよく分かっている。

 さっき体験したことをヒントに身体に纏う風魔法に光の魔力を溶け合わせるイメージで流し込んでやれば、水の中で加速したかのように空気が柔らかな壁となり抵抗を感じたのだが、一瞬後にはそれまでとは比べものにならない程のスピードで飛んでいる事に気が付いた。


「ちょっ!レイさん!!待って!置いて行かないでくださいよぉっ」


 その声に振り返れば、辛うじて顔が視認出来るほど離れた所で泣きそうな顔をしながらも必死に追いかけて来るエレナと、その背後を駆けるヴィーニスに乗ったイェレンツの姿。


「ごめんごめん」


 エレナの手を取り彼女の身体にも光の魔力により強化された風魔法を纏わせると、二人並んで手を繋ぎ、空を飛ぶ。

 加速が早過ぎるのか、先程感じた空気の抵抗を再び感じたもののスピードに乗ってさえしまえば後は特に何も感じる事はない。


「すっごい!はやーーーーーいっ!!」


 楽しげなエレナを見ていると俺まで楽しくなって来たのだが「あっ」と言った一言で彼女の言わんとしている事が分かってしまい、急速に冷めていく気持ちに『邪魔者が!』と言いたくなった。


「イェレンツさんが……」


「そのまま忘れていてくれれば置いて行ったのに」


「またまたぁ、何だかんだ言いながらもレイさんが優しい人だって事は知ってますからね?」


 それは計算だったのか、天然だったのか……いや、エレナの事だ、計算など無いだろうに、言外に『置いていかないで』と言われているように感じられ、豆粒ほどに小さくなったイェレンツを仕方なく……仕方な〜〜く待ってやる事にした。


「君の魔法は凄まじいな。空を飛べる時点で規格外だが、まさかヴィーニスの脚でも置いていかれるとは思いもしなかったよ」


 他ならぬエレナの頼みだ、一人だけ逸れないようにとヴィーニスにも俺の風魔法を纏わせると、遅れた分を取り戻すべく、すっかり陽も沈み暗くなった大森林上空を照らす月明かりの下を目標に向けて一直線に飛んで行く。


「これほどの速度で飛んでもまだ追い付かないというのなら、明日にした方が良かったのではないか?それに、一つ疑問に思うのだが、こんな暗闇の中で君は何を目印に彼女を追いかけているのだ?」


「こちゃこちゃやかましい奴だな、見捨てないだけ有難く思えよ」


「都合があって母は私達に時間制限を設けました。それが後二日と半分、それまでに族長さんをラブリヴァに連れ帰らなければならないのです」


「それはまた急な話しですね。移動時間も見れば普通からしたら無理な話し……いや、君の魔法を持ってすれば可能なの、か?」


 顎に手を当てて考え始めたイェレンツはどうやら協力的ではあるようだ。

 俺達の事を何も分かっていないのに考えるのは無駄だとは思うが、頭を悩ませてくれる心意気だけは戴くとしよう。


「何を目印に、と言ったな? 俺は先の魔力探知でターゲットに魔力の目印を付けさせてもらった。だからそいつが何処に行こうとも居場所が分かるって仕組みだよ。


 俺達は質問に答えた、今度はお前が答える番だぞ、イェレンツ。


 俺が不審者を捕まえて戻るのを待てば良いものを何故わざわざ付いて来た? それに “対象を見つけた” とは言ったが、それが女だとは一言も言ってない。姿すら見た事が無いのに何故 “娘” だと知っているんだ?

 お前、何か隠してる事があるだろ?」


 進む速度は緩めず横目で振り返れば、唇を噛みしめ何かを考え込んでいる。

 大方の予測はあるものの、彼の返答次第では族長を連れ帰るのは諦めるか闇魔法で強制連行するかの二択になってしまうが、どちらにせよアリシアには怒られる事だろう。


⦅ふふふっ、彼は気が付いてるわよ?諦めて正直におっしゃい⦆


「そうそう、全部吐かなきゃこの場に置いて行く……って、ええええええっ!?」


 自然な会話の流れに反応が遅れた事などどうでもいい。

 俺とエレナとイェレンツの三人しかいない暗闇のフェルニア上空で突如会話に加わってきた女の声。 幻聴かとも思われたゆったりとした優しい声色は、明らかに俺を見返すつぶらな瞳の持ち主から発せられたもの。


「う、うそぉ!?」


 今までの半日余りで一言も喋らなかった彼女が突然喋り出したのにはエレナにとっても驚くべきことのようだ。


⦅嘘とか失礼よ?世の中には貴方達の知らない事なんて沢山あるんだから。驚いてくれるのは嬉しいけど、否定するのはどうかしら?

 そんなことよりイェレンツ、せっかくの機会なのにさっさと白状しないと彼女に会えないままに帰る羽目になるわ?迷ってる場合じゃないわよ?⦆


 忘れていたがヴィーニスはモンスターだ。エルフ達と心通わせ生活を共にしている時点で俺達の常識とはかけ離れているのに、その上喋り始めたからと言って驚く程の事でもない……いや、驚いたが。


「あ、あの……ヴィーニス、さん?」


⦅はいはい、こちらヴィーニス。質問をどうぞ?⦆


 夢でも見ているのかと一応の確認を試みたが、反応が返ってくるのはやはりペガサスであるヴィーニスだ。しかも俺の好きなおっとりとした癒し系の声に少しばかり身悶えしてしまう。


「えっと、なんで今まで黙ってたんだ?」


⦅だって貴方、馬が喋ったら変な目で見られるでしょう? 私は私が認めた相手にしか声を聞かせない。エルフの村でも私が話せるのを知っているのはイェレンツだけよ?⦆


 彼女は馬、声帯という器官はあっても人間のように器用には使えないのだろう。つまり彼女の発する声は俺達の耳へと直接届くもの、平たく言えばララが実演してみせた風魔法の一種だ。

 こんな事が出来るという事は風魔法に関してはかなりの熟練者であるわけで、戦ったりしたら負けちゃう……かも?


 彼女に認められる選考基準は何だと問いただしたくなるが、認められるという事は嬉しい事だ。

 イェレンツと横並びというのが少々気に入らないが、あの族長の息子であるという事以外、そこまで嫌うべき奴でもないだろう。


「しょ、正直に話すから笑わないで聞いてもらいたい」


 意を決したかのように言葉を吐き出すイェレンツ。その顔は緊張に塗り固められている。


「ある日の夕暮れ時の事だ。私がヴィーニスに食事を持って行くと、彼女はそこに居た。


 風魔法を使い会話する二人の声など他には漏れず、エルフではない見知らぬ女性と話をする姿は私以外が見る事はなかった。

 だが私に気付いた彼女はヴィーニスの小屋から逃げ出したところを他のエルフ達に目撃され、ペガサスを盗みに来た不逞の輩として報告されれば父も黙っている訳にはいかず『捕えよ』と捜索する事になったのだ。


 重ねて言うが、今、私達が追いかけている相手はエルフでない事ぐらい重々承知だ。

 エレナ嬢と婚姻を結ぶ君には大した事ではないのかもしれないが、我々エルフにとっては、エルフ以外と夫婦仲になるなど過去数百年に渡って例の無い非常識な事なのだ。


 しかし私はっ!……私は、一目見ただけの彼女の事が忘れられない!四六時中頭から離れないのだっ。 だから!再び彼女に会えると分かった時、いても立ってもいられなくて君に付いて行くと言ったのだ。


 恥を忍んで頼む、彼女と歩むこれからの人生には次期族長などどうでも良い事。

 私はこのまま彼女を連れて何処か違う所で暮らそうと思っている。だから私達の事をどうか見逃してほしい、頼むっ」


 あまりの話にほとほと呆れてしまい、移動するのを止めてヴィーニスに跨がるイェレンツへと向き直れば、真剣な眼差しで頭を下げてくる。

 だが下手に出れば何でもやってもらえると思ったら大間違いなのだ。



「断る」



「ええええっっ!? レレレ、レイさんっ!!」


 俺の肩を掴みユサユサ揺すりながら『気は確かか』と騒ぎ立てるエレナだが、特におかしな事も、間違った事も言ったつもりはない。

 だいたい、何故俺がこいつのために一目惚れの相手のところまで連れて行って「じゃあお幸せに」などと送り出さねばならんのだ?


「お前さぁ、俺達は何の為にその盗人を捕まえに行くのか忘れたのか?」


「そ、それは……それはそれです!」


 イェレンツと盗人娘を送り出せば族長のラブリヴァ同行も無くなる。それを犠牲にするなど本末転倒、お人好しも良いところだ。


「あほっ、だったら俺はこのまま帰るぞ?

 大体なぁ、一目惚れするのも、そいつを追いかけるのもイェレンツの勝手だ。けど、相手の意志の伴わない妄想に付き合うつもりはない」


⦅ふふふっ、その意見には賛成するわ。自分の気持ちを伝えないと恋愛って始まらないものなのよ?イェレンツ、貴方は自分の気持ちに従い行動に出た、それは褒めてあげる。じゃあ次はその気持ちを相手に伝えなきゃね?

 レイ君、でいい?

 もしもイェレンツと彼女が結ばれる事になったら、その時は出来る範囲で構わないから協力してもらえないかしら?⦆


 穏やかな物言いは彼女の性格の現れなのだろう。強制されているわけではないのに、嫌だと言わせない不思議なモノを感じる。


「出来る範囲ねぇ……俺達の目的は明々後日の昼までにエルフの長老を獣人王国ラブリヴァに届ける事だ。それに協力してくれるのなら、目的が達成された後でいくらでも協力してやるよ。 どうする?」


「いくらでもと言ったな!その言葉に嘘偽りはないな!?」


 今まで黙りこくっていた癖に、都合の良い方向に話が流れ出した途端に口を開きやがった。現金な奴だ、とは思ったが俺を含めて人なんて皆そんなものだろう。


「出来る範囲でいくらでも、だからな?なんでもかんでもやってやる訳じゃないから、そこんとこ勘違いするな?

 あと、一応言っておくが、協力はしてやるけどお前の望む結果になるとは限らない事だけは頭に入れておけ、いいな?」


「大丈夫だ、必ずや良い結果となるだろう」


 妄想でしかない華やかな未来なのに、その自信は一体どこから来るのか不思議でならない。

 クギは刺しておいたから後はなるようになるだろうと、再び光の魔力を混ぜ込んだ風魔法を全員に纏わせ目的地へと移動を再開した。



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