59.溜まったストレスの解消法
サルグレッド城を思わせるような大きな城がそびえ立ち、その一番高い所にある尖った屋根には大きくて赤い月がかかっている。
──第四十九層は夜の世界だった。
転移魔法陣から城へと続くゴツゴツとした石畳の両側には、羽を畳んだ悪魔のような石像が三又の槍を地面に突き立てて何十体と並んでおり、通路を通る者を拒んでいるように見える。その先には鉄格子で閉ざされた大きな城門が見えるが当然のように人影は無い。
こんな場所であればリリィとティナの下見の時間が短かったのも頷けるというものだ。誰に聞いてもこの場所でのキャンプより、昨日過ごした丘の上の方が良いと言う事だろう。
「あの石像、動くよな?」
俺が聞くと、当たり前でしょ?と言いたげな顔して皆が一斉に力強く頷いた。
「じゃあさ、先制攻撃と行かない?どうせ壊しても魔物なら勝手に治るんだろ、遠慮は要らないよな?」
ミカエラとベルに視線を向ければ、ミカエラは知らん顔だったが何故かベルはニコニコ上機嫌。昨日造ったばかりの銃擬きをモニカから受け取ると石像に向けて連続で撃ち込んだ。
薪より遥かに大きな動かぬ的、小気味良い音を立てて発射された四発の土玉は寸分も狂わず石像の胸に当たると一撃でバラバラに崩れ落ちて地面に吸い込まれて行く。
「レイ様お見事です!」
勢い良く拍手などして喜ぶベルは銃の事となると人間のように活き活きとするように思える。
「素晴らしいっ!あのガーゴイル型の石像は私と同じでゴーレムなのです。この城の支配者が造り出したモノなのでじゃんじゃん壊してもらって結構ですっ。
ゴーレムは体の何処かにあるコアを破壊するか、動けなくなるまで破壊しないと止まる事はありませんのでガンガン行っちゃって下さい!」
続けざまに更に遠くの四体に命中させた俺へと親指まで立てて『もっとやれ』と促してくるが、コイツを造ったという奴とは仲が良くないのだろうか。
それは置いといても俺達の前に立ちはだかるのならどうせ破壊される運命、もちろん遠慮などする理由も無いので、動き出す前にベルの要求通りじゃんじゃん破壊してやった。
城門の両脇に立つ二メートルもの銀色の鎧は第四十七層でリリィが苦労して倒したヤツのように誰かが着ている訳ではなく、闇でも詰められたかのように真っ黒な中身なのに目だけは赤い光が細長く光っている。
「またコイツなの?」
すっごい嫌そうな顔をしたリリィが呟いたのを合図に、両手で持っていた斧と槍が合体したような変わった武器を互いの方に傾けた。その重そうな槍は奴等の身長より更に長くて三メートルは超えており、二つの槍が交差した所で ピタリ と止まると “通るな” と意思を示してくる。
「私がやっても良いですか?」
アイツら何だかカッコいい、などと思っていたらエレナがフォランツェを手に前へと進み出た。
「大丈夫なの?」
「はいっ、リリィさんと戦ってるのを見て勉強しましたから大丈夫ですよ。行ってきますね」
フワリ と浮き上がると、にこやかだった彼女の顔が真剣なモノへと変わり、門番をしている鎧の魔物に向けて一直線に飛び出して行ったところでベルが奴等について説明をしてくれる。
「あれは《プラタアルマ》リリィ様が討ち倒したカヴォアルマの下位版です。倒し方の分かっているエレナ様であれば圧勝でしょう」
『やるのか!』と長槍を構えた二体のプラタアルマの間を目掛けて飛んで行くエレナ、奴等の槍が届く直前で急激に進行方向を変えると一体の側面に回り込んでフォランツェを突き入れる。ただの一撃で崩れ去る銀の鎧を目隠しにして残る一体の背後に回り込むと、銀の胸当てから緑の光を帯びたフォランツェが顔を覗かせた。
一瞬の間の後に崩れ去る二体目のプラタアルマ、地面に消えると同時にエレナがコッチに向かい駆け出してくる。
「レイさんっ、どうでした?私、凄いですよね!?」
不機嫌そうなリリィを尻目に満面の笑みで『褒めて!』と訴えかけるエレナの頭に、雪を抱く手とは反対の手を置き グリグリ と撫でてやった。
「ああ、凄かったな。リリィがあんなに苦戦したのに圧勝だなんて、やるじゃないか」
「エヘヘッ、実はですねぇ新しい技を試してみたんですよっ。これがなかなか上手く行ったようで、硬そうな鎧もすんなり貫通出来たので手際よく倒せました」
そう言って見せてくるフォランツェ、一見すると何が新技なのかまったく分からないのだが、全体を仄かに光る緑色の魔力が包み込んでいるのに槍先だけその色が濃い気がする。
「あ、気が付きました?流石レイさんですね!槍先にはあの霧の魔法を付けてあるので、普通では負けてしまうような硬い物でも貫通させる事が出来るのです。これなら魔力の消費も少ないしと思ったんですけど、どうです?画期的でしょ?」
“あの霧” とはつまり、
「ほら、イチャついてないで行くわよ」
門番を倒した事で通行の証となったのか、城門に蓋をしていたゴツイ鉄格子が カラカラ と音を立ててゆっくりと上がって行く。
やはり不機嫌そうなリリィが足音強めに歩き出すので、それに付いて城壁の内側へと入ると、全員が入り終わった所で勢い良く城門が閉められた。
「ひっ!」
「なっ、なに!?」
「うわわわわっ」
「もぉ、びっくりするじゃない!」
別に閉められてもぶち壊せば出られるだろうけど、これ見よがしに大きな音を立てて閉じ込めましたとアピールされるのは些かカンに障るな。
ガウッ、ガゥガゥガゥッ!
ダタタタタタタタタッ
「雑魚が寄ってたかって集まってきたわね」
城門の閉まった音が合図だったのか、犬達が一斉に走り寄って来る。人間程もある大きな犬ばかりで真っ黒の群れと銀色の群れとがいるようだ。
その数はおよそでも百は超えている。犬型なのでそれほど強くないとは言え、それだけの数がいると面倒だな。
「ぁ痛っ!」
すると俺達の周りにリリィの結界が張られ、剣を抜いて歩き出したティナが勢い良くオデコからぶつかって仰け反っている。
「おいっ、大丈夫か?」
丁度俺の方によろめいて来たので支えてやると、ぶつかったオデコの真ん中が赤くなっている。思わず プッ と吹き出すと顔を真っ赤にするので、もうどこを打ったのか分からなくなってしまった。
「ちょっとぉ!リリィ!?」
「今は何言っても聞いてないわよ」
サラの手がティナのオデコに当てられると白い光が優しく灯るがすぐに消えてしまう。
当のリリィはと言うと、黒と銀の犬達が入り乱れ、そいつ等から放たれる火と風の魔法が飛び交う真っただ中、十本もののデルゥシュヴェルトを操りながら自身も二本の剣を振りかざし、執拗に襲いかかる犬達を虐めていた。その顔は活き活きとしており、今まさにストレス解消中だと分かる。
俺達の周りに張られた結界は俺達を守る為のものではなく、他の誰かが手を出さないようにする為のものなのだとようやく気が付いた。
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