18.二回目の王都
途中、昼食の為に小さな村に止まり二時間程の休憩をした。
ふかふかで文句の付けようのない椅子ではあるものの、それでも同じ姿勢で座り続けるのは身体に負担がかかるらしい。魔導車を降りた時の開放感は何とも言い難い清々しさでとても気持ちが良かった。
監獄から解放された気分ってこんな感じなのかな?
「よく寝てたね、もうすぐ屋敷に着くからモニカも起こしてくれるかな?」
午後からの道のりも殆ど覚えておらず、気が付いた時には茜色に染まりつつある空。ゆっくりと流れていく王都の街並みをぼんやり眺めていれば、そこが工房街だと気が付いた。
プリッツェレは王都の北にある町だったな、北門から入って当然か。
シャロの工房は大通り沿いではないので残念ながらここからは見えない。だが見覚えのある場所があり、あそこから入ったなと思い出すことくらいは出来た。時間があれば明日にでも行ってみよう。
貴族の屋敷が建ち並ぶ閑静な街並みになれば、もうすぐ着くのだと理解出来た。
王城を取り囲む内城壁が見て取れる、かなり王宮に近い場所。大通りから少し西に逸れた屋敷に到着すれば、玄関の前で十人位のメイドさんが執事さんを中心に整列していた。
「旦那様、長旅お疲れ様でした。一同、心よりお待ち致しておりました」
一言二言会話するとストライムさんが屋敷に入って行くので俺達もその後を付いて行く。
魔導車から降りたときはそうでもなかったが、モニカが俺の腕に絡みついた辺りからメイドさん達の好奇の目に晒される事となった。
もちろんそこは貴族家のメイド達、気付かれないようにと配慮しながらも チラチラ と見てくるのが逆に気になって仕方がなかったのだが、隣のモニカはどこ吹く風で気にする素振りがない。これが生まれながらの貴族と卑しい田舎冒険者との差なのだろう。
「明日一日は予定が無い。王都は広いぞ。何処か行きたい所はあるかね?」
夕食の席でストライムさんが話題を振ってくれたのでちょうど良かった。
「知人の工房へ顔を出したいのですが良いですか?後は良く知らないので特にはありません」
「それなら、用事を済ませた後は観光でもして来なさい。一日ではそんなに周れないだろうが楽しんで来るといい。コレット、案内は頼んだぞ」
コレットさんは「畏まりました」と言うとそれ以上は何も言わず、ただ何時ものように壁際に控えている。
仲良くなった手前『ドコドコ行こう』とかの会話を期待する俺としては少し寂しいものがあったのだが、そこはメイドとして働いている立場上仕方のない事なのかもしれない。どうせ後で部屋に来るだろうからその時にでも話そうと思い、その場では話しかけるのを遠慮しておいた。
「明後日は朝食が済んだら王宮に向かうよ。審問会と言ってもレイ君が犯罪を犯したわけではない。知っている範囲の状況を教えてあげれば良いだけの、言ってしまえばレイ君の方が立場が上の舞台なんだ。あまり気張らずにいてくれよ?」
貴族の屋敷というのは何処でもそうなのかもしれないが、高級宿と同じく各部屋にバスタブが設置されている。
一般的な冒険者が寝泊まりするような安宿だと風呂は共同なので被ると順番待ちだ。しかもバスタブなんて良い物はなく、大きめのタライにお湯を溜めて座り、その中で汗と汚れをタオルを使って洗い落とすのだ。冒険者である俺にとって身体全部が浸かれるバスタブなど贅沢極まりないと思いつつも嬉しい限りなので、感謝の念を募らせながらもありがたくお風呂を頂くことにした。
湯船に浸かってボーッとしていると心地が良く、湯加減が良いのも相俟って眠くなってきた。沈みすぎた身体を動かして座り直すと、胸に下げた指輪がチャリッと音を立てて主張する。それに吊られて何気なく摘んで眺めていると、ユリアーネと一緒に風呂に入った事が思い浮かんだ。
悲しさは感じなかった、しかし脳裏にしっかりと焼き付いているその光景。湯船にプカプカと浮かぶ大きな胸、濡れないようにと頭の上で髪を結んだときに露わになる魅惑的なうなじ。今ココに彼女が居ないことが寂しく思えて来た時、タイミングを見計ったかのように風呂を仕切るカーテンから誰かが顔を覗かせた。
──まさかコレットさん!?
若干の戦慄により硬直した首を無理やり回して視線を向ければ、目のやり場に戸惑い忙しく視線を彷徨わせるモニカが『恥ずかしい!』と主張して赤く染まる可愛らしい顔だけを覗かせていた。
「お、お兄ちゃん……」
人の風呂を覗いておいて恥ずかしがるとはいったいどういうつもりなのか。理解出来る事ではなかったが何かを言いたそうだったのでしばらく待ってみるとトンデモ発言が飛び出してくる。
「い、一緒に入っても……いい?」
赤味を加速させた顔は耳まで真っ赤に染まっていた。それ以上は苛める気にもならず「いいよ」と言えば、目も合わせぬままに凄い勢いで引っ込む。
少しの静寂の後で聞こえてくる衣摺れの音、見えない場所ながら……いや、見えないからこそ意識せずとも服を脱ぐ様子が想像されてしまい、こっちまで ドキドキ してしまうではないか。
さっきよりは落ち着いたらしく、少しだけ赤らむ顔で恥ずかしげに視線を逸らしながらも、タオルを一枚巻いただけという扇情的な姿で入ってきた。
そんなのを見せつけられれば当然のように身体のラインに釘付けになる。白より白い細腕と、モジモジと擦り合わされる魅惑の太腿。タオルの上からでも分かる膨らみは、昨日見た肢体を思い起こさせるのに有り余る威力を誇っていた。
視線を浴びて恥ずかしさが増したのか、バスタブに近付く毎に顔の赤みが増しているように思える。だがそれでも歩みは止まらず、無言で横まで来たかと思えば躊躇することなく入り込み、背中を向けて俺の前に腰を下ろした。
緊張していることなど肩の強張りを見れば一目瞭然。何を思って一緒に入ると言い出したのか分からないが、風呂とは頭と身体をリラックスさせる場所。緊張していては意味がないと、一度身体を起こして優しく抱きしめ、そのままモニカごとバスタブに背中を預けた。
「頭も倒していいよ。俺の肩に乗せると丁度良くならないかな」
胸にもたれかかっていた頭を後ろに倒し少しでもリラックス出来るような体勢へともっていってやれば、思惑通り少しは緊張がほぐれたらしく肩の力が抜けていく。
「お風呂入るのに緊張してたら駄目だろ。ほら、もっと力抜いて。
それで?なんでまた一緒に入る事になったの?」
落ち着く兆しの見えた緊張も、その一言で再び顔が赤くなり肩に力が入ってしまう。
「い、いいじゃない……一緒に入りたいと思ったからよっ」
しばらく二人でお湯を楽しんでいたが、俺の男が我慢の限界を迎えた。考えないようにと努力していたが目の前にタオル一枚だけの女の身体がある。当然興味はそこに向き、いらぬ妄想が膨らんでしまったのだ。
スケスクと成長した俺の息子が背中を押せば、経験の少ないモニカとてそれが何かに気付く。そしてまたしても顔が赤くなり、終いには茹で蛸のようになってしまった。
「お、お兄ちゃん……今日も、その……してくれる、の?」
身を反転させると俺の胸に頬を寄せ、真っ赤な顔を隠すようにしながら問いかけてくる。
その姿の可愛いこと、可愛いこと。
思わず抱きしめるように伸びた片手が背中に回され、もう片方の手は水気を切ってから艶々のアッシュグレーの髪を撫でた。愛しいと感じている自分を不思議に思いつつ、やはりユリアーネの身代わりか?と疑問にも思う。
「モニカがそれを望むなら」
身を起こしたかと思えば青い瞳を潤ませながらもはにかむモニカの顔が近付き、唇が重なる。
ずっと思いを寄せていてくれたティナやエレナを差し置いて好きになってしまったモニカ。後数日で別れることになるとはいえ、あの二人とはどんな顔をして会えばいいのだろう……。
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