19.箸
「確かこの辺りだったと思ったのにな……あ、ここだ」
三段ある階段を登り、ドアノッカーを掴むと鈍い音を響かせ三度叩いてみる。
そのまま暫く待つが物音がする感じがない──ありゃ?留守か?
もう一度叩いてみると ドタドタ と慌ただしい音がして扉が少しだけ開かれた。
「どちらさま?」
顔を覗かせたのは大きな眼鏡の小さな少女シャーロット。俺を見るなり花が咲いたとばかりに表情が明るくなり、壊れそうな勢いで扉を開けるとなりふり構わず全力で飛び付いてくるので危うく階段から落ちるとこだった。
「レイっ!久しぶりね!来てくれて嬉しいわ。さっ、まずは入って入って」
腕を捕まれ入った室内は以前と変わりない……って、それほど時間経ってないしな。
座らされたテーブルでおとなしく待っているとシャロがお茶を淹れてくれたのでありがたく頂く。
「前来たときとはメンバーが違うわね。白結氣の持ち主はどうしたの?なんで貴方がソレを持っているのかしら?」
ゾルタインでの出来事を掻い摘んで話せば渋い顔をしたものの白結氣を見せろと言われてシャロに手渡した。
「ふぅ〜ん、持ち主は光となって勾玉に吸い込まれた、か……本当の話なの?」
「おいおい、そんなこと冗談で言うかよ。酷くね?」
「ごめんごめん。そうだね、仲間の事だもんね」
ひとしきり白結氣を見た後、柄頭に付けられた白い勾玉を手に取りじっくり観察していたのが気になった。シャロはもしかしたら何かを知っているのだろうか?
ユリアーネは死んだ、それは確かだろう。俺の腕の中で命の火が消えたのを俺自身が感じた。しかし、遺体が消えて無くなったというのは不可思議でしかない。
朔羅も見せろと言われて白結氣と交換すると突然 プッ と吹き出した。何が可笑しかったのか気にはなったが、真剣な表情になったので聞くのを我慢した。
くまなく全体をチェックするかのように眺め回し、最後にまた勾玉に触れると目を閉じていた。やはりアレはただのアクセサリーではないのか?
「ねぇレイ?貴方最近この子使ってないんじゃない?」
思い返せばと白結氣を持つようになってから朔羅を抜いてすらいないことに気が付いた……なんでシャロにはそんなことが分かるんだ?鍛冶師とはそういうものなのか?
「やっぱりねっ。白結氣に思い入れがあるのは分かるけど朔羅は貴方の刀なのよ。貴方が使ってあげなきゃ誰が使うの?ねぇレイ、この刀には心があるって説明しなかったっけ?ちっとも構ってくれなきゃ拗ねるのは当然でしょう?ちゃんと謝っておきなさいよ。
それとね、この子、なんだか知らないけどちょっと見ない間に凄く力が強くなってるわ。何か心当たりは無い?」
そう言われてもなぁ……特に思い当たる節はない。
朔羅を返してもらい久しぶりに抜いてみた。心なしか漆黒の刀身が曇っているように見えたので鞄から手入れ用の上質な布を取り出し キュッキュ と拭いてやると美しく黒光りするボディへと戻る。
「その刀も綺麗ですね。魔導車みたいに黒くてピカピカ。私も欲しいなぁ、お兄ちゃんとお揃いのがいいですっ」
「オモチャじゃないんだから危ないでしょ?モニカは魔法が主体なんだから必要ないじゃん」
「貴方、魔法が得意なの?ふぅ〜ん……ちょっと手を見せてくれる?ふんふん、なるほどぉ。貴方、水魔法が得意なのね。そぅ、んん〜っと三日後、此処に取りに来なさい。良いものあげるわ。いい?約束よ?」
モニカの手を両手で挟み込み、目を瞑ってしばらくうんうん唸ったかと思ったら変なことを言い出した。モニカにも武器を作るつもりか?でもモニカは魔法使いだぞ?武器なんてあっても使いこなせない。どうゆうつもりだ?
「ついでたからあんたのも見せなさい」
コレットさんに向けて手を差し出すが、そう言えばコレットさんってそれらしき物を持っているのを見たことがないな。
「私はこだわりがありませんので。その代わりと言っては何ですが一つ質問に答えて頂けませんか?」
大きな眼鏡を人差し指でクイッと上げる。二人で見つめ合ったまま喋らなくなったが、どうやらお互いを探っているような感じだ。まるでガンの付け合いみたいな硬い空気感、喧嘩しないでよ?
「要らないことを喋らないと約束できるなら答えてあげる……貴方の思ってる通りよ」
コレットさんが頷いたのでシャロは質問の答えを返したみたいだけど、俺には何のことかサッパリ分からなかった。四人いるんだからみんなが分かるように話してくれないかな?これだかデキル人は……。
──そういえば……
スベリーズ鉱山で貰った緋緋色金と紅玉を取り出すと机の上に置いた。
「シャロ、こっちの金属はあげるよ。朔羅やリリィの剣のお礼だ。こっちの綺麗なのは紅玉なんだけど、シャロは加工できる?」
「えっ!?ちょ……これっ緋緋色金じゃないっ!どうしたのこれ?紅玉は専門外だけど知り合いに頼んであげようか?それにしても質のいい紅玉ね、こんな色の初めて見たわ。私へのプレゼントかしら?ふふふっ。このでっかいのもうまくいけば金貨何千枚よ?」
大興奮のシャロに経緯を説明すると溜息を吐いていた。緋緋色金はもう少し量が無いと使えないそうだが、シャロが貰ってくれるらしい。
他に頼める人もないので紅玉の加工もシャロにお願いして預けることになった。
「三日後、ちゃんと来なさいよ?」
笑顔で手を振るシャロに念を押されて工房を後にした。もうすぐお昼時だったのでそのまま繁華街へと足を向けてみるとモニカからお昼ご飯の提案が出る。
「王都に来たら食べたいものがあるんだ〜。ちょっと変わってるんだけど美味しいの、食べに行かない?」
コレットさんに聞いても「お任せします」とにこやかながらに意志の篭らない感じで返事が返ってくる。メイドという立場からなのか、いつも俺達の意見に従うばかりだ。一応仕事中なので仕方ないのかも知れないが、今は三人しかいないんだ。庶民の俺としてはもっと自分を出して欲しいと思ったりもした。
着いたのは貴族の娘が行くような場所ではなかった。小さなお店の横開きの扉を開くと驚くほどの湿気が襲ってくる。カウンター席が十席程在るだけのこじんまりとした店内、そのカウンターの向こうでは鉢巻を巻いた活発そうな壮年のおじさんが懸命に何かを振っていた。
「らっしゃいっ!すみません、今満席なもんで、ちょっと待っててもらえますかね?」
狭い店内では邪魔になると思い一旦外に出てた。するとそれが当たり前なのか、ご丁寧に椅子まで用意しある。素晴らしい心遣いだ。
「お兄ちゃん、〈ラーメン〉って食べたことある?ここのお店で食べれるんだけどパスタってあるじゃない?あんな麺がちょっと細くなった物がスープに浸かってて、その上に具材が乗ってる料理なのよ。
結構美味しくてたまに食べたくなるんだけど、家では食べられないし、プリッツェレにはお店が無いのよね」
モニカの説明を聞いて想像してみたがスープパスタとは少し違うようだ。暫く待っていると何人かのお客が食べ終わったようで満足げな様子で店から出て行く。
「お待たせしやしたーっ!」
渡されたメニュー表には数種類の料理名が書いてあるだけ、どうせならと一番高い特製ラーメンなるものを頼んでみる。店員さん曰く麺に乗せる具材が他のより多いそうだ。
カウンター越しに作るのが見えるちょっと変わった造り、興味本位で店主の手元を見ていると一つ、面白いと思ったことがある。
取っ手のついた小さな籠に麺を入れ、勢いをつけて振っている。振り切る最後の瞬間、器用に浮かせた麺を籠へと打ち付けていた。それは “湯切り” という工程で、スープを薄めない為に茹でた際に付いたお湯を払っているらしい。
やってきた特製ラーメンは具材で麺が隠れてしまっていた。もやしと、茹で卵、焼豚という柔らかく煮た豚肉。メンマと言うコリコリとした食感が楽しい漬物に、海苔と言う海藻で出来た黒い紙みたいな物が乗っている。
パスタを啜るのはマナー違反だがラーメンは啜って食べるものだと言われ、渡された箸という二本の棒で湯気立ち登る熱々の麺を挟んで口へと運ぶ。
「あっつっ!」
見様見真似で冷ましてから口にしたものの、長い麺の全ては冷めておらず思わずハフハフしてしまう。口の中に滑り込んだ麺はツルリとした感触、そこに絡んだスープの香りが口の中にいっぱいに広がり鼻へと抜けて行く。
スープは色んな野菜や肉の味が混ざり合っているようだったが絶妙なバランスで調和が取れている。そしてくねくねと細かく曲がりくねった麺とよく絡み、具材と一緒に食べるとまた違った味になって色々な味が楽しめた。
「なんでモニカもコレットさんもそんなに上手に食べれるんだ?この箸って使い難くないの?」
「あははっ、慣れだよ慣れ。何回も食べに来てるし、コレットなんて最初から上手に使えてたんだよ?地元では普通に使ってたんだって。それにしてもお兄ちゃん下手くそね〜」
コレットさんが俺の手を取り持ち方と動かし方を教えてくれる。しかし二本の棒を指で挟み器用に動かす?いやいや、無理だろ……なんで出来るのさっ!フォークの方が良くない?
「私の故郷では、箸は食べる為だけではなく老人のボケ防止にも使われる程に頭や神経を使う道具なのです。慣れてしまえばこれほど使いやすい物はないので是非頑張ってマスターしてください」
渋々頑張ってみるがなかなか上手くはいかない。俺としてはそんな事よりラーメンを食べたいのだが……。
「兄ちゃん、初めてか?ちっとばかりコツって奴があってな。ほら一本だけでよぉ、ペンを持つみたいに摘んでみるんだ。それを上下に動かしてみろよ、そうそうっそんな感じだ。
そしたらな、ここの間にもう一本を挟むがコイツは動かすな。さっきみたいに最初の一本だけを動かして物を挟むんだ。おおっ、いいじゃないか。その調子で頑張んな。
ラーメンは伸びたら美味さが逃げる、早めに食ってやりなよ。じゃあなっ」
見兼ねた隣のおっちゃんが俺に教えてくれたので言われた通りにやってみると、あら不思議。キチンと摘まめる!
おっちゃんにお礼をいうと、さっそくメンマを摘んでモニカにドヤ顔で見せると二人から拍手を戴けた。
はっきり言おう、ラーメンは美味かった。箸もなんとかマスターすることが出来た。
俺的には焼豚の作り方を教えて欲しかったが忙しそうだったのでさすがに遠慮して「ご馳走さま」と店主に言うと店を出た。
また一つ、美味いものを見つけたな。
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