20.黒い女

「お兄ちゃん、行きたいところがあるの。ちょっといい?」


 特に行くあてもないので快くオッケーしたが、三人で歩いて行くとなんとなく嫌な予感がしてきた。そこそこ大きな通りを歩いて行けば正面にある教会が嫌でも目に入ってくる。恐る恐る聞いてみるとやはり目的地は教会らしい。


「あんなところで何するんだ?教会なんてプリッツェレにもあるだろ?なんでわざわざ王都で行くんだ?」


「ここの教会にはね、よく当たるって噂の占い師が居るのよ。本当に当たるんだからっ。お兄ちゃんも一緒に占ってもらおうよ」


 当然の如く『そういうのは信じない』と拒否したのでお留守番だ。少しばかり渋い顔を見せたモニカはコレットさんと一緒に占いの順番待ち。


 見覚えのある占い屋の前で椅子に座り、教会の主人たる大きな女神像を眺めていた。


 いつ見てもこの女神様、何処かで見た事ある気がするんだよなぁ。思い出せないから気のせいなのかもしれないんだけど……。

 前に来た時は女性陣がピアスを空けてもらったんだっけ?なんか女子会が始まって係のシスターを困らせていたな。そんなに前じゃないのになんだか懐かしい。

 あの時は彼女も居た。みんなと仲良く女子会して、占いもしてもらって、それで嬉しそうにはしゃいでたな。


「お兄ちゃんっ!お兄ちゃんってばっ!ちょと来て。お兄ちゃん!もぉっ!聞こえてるんでしょ?」


 彼女に会えない寂しさがじんわりと染み出して来たところでモニカが俺を呼ぶ声がしたが、嫌な予感が強くなり聞こえないフリをしていると俺の側まで駆け寄ってくる。


「もぉっ無視しないでよ!ひどいっ」

「ごめんごめん、無視してないよ。聞こえないフリしてただけ。で?なんだった?俺は占いは要らないよ」

「聞こえないフリって、無視と一緒じゃないのっ!占い師さんが呼んでるよっ。他の人も並んでるんだから早く行ってあげて。

 占い師さんがお兄ちゃんは拒否するだろうから、そうしたら『アリサの行方を知りたくないか?』って伝えなさいって言ってたよ?ねぇアリサって誰のこと?」


 チッ、そんな餌をぶら下げてきたか。それにしても相変わらず気持ち悪い奴だな。なんでモニカが俺の連れだとわかったんだ?はぁ……行きたくない。


「わかった、行くよ。行けばいいんだろ?」

「もぉ、なんでそんなに嫌そうなの?昔何かあったとか?ねぇお兄ぃちゃんっ。秘密なの?」


 仕方なしに占い師の部屋へと向かうが、鉄のブーツでも履いたかのように足取りはかなり重い。「後で話すよ」と告げると、並んでいた女性方に頭を下げてから扉を潜る。




 部屋の中は相変わらず薄暗く、水晶玉の置かれた机の前に黒フードの女が座っていた。


「金は払わないぞ?」

「貴方がここに来たことが何よりの報酬よ、座って?」


 紅の引かれた真っ赤な唇、僅かに歪んだそれは笑みを浮かべたのだとハッキリ分かる。

 なるべく早く出たかったので指示通りに座ると、早く餌を寄越せと攻め立てた。


「なんでアリサの名前を知っている?お前も魔族なのか?」


 質問に答える気は無いのか、ゆったりとした動作で水晶玉の両脇に手を差し出すと此方を見た気がした。まず間違いなく手を乗せろと言いたいのだろうが、そのまま取って喰われそうで気が進まない。


「触らせてもくれないの?もしかして怖い?じゃあ先に一つだけ教えてあげる、私は魔族ではないわ。これで安心するかしら?」


 このままでは拉致があかないかとこれ見よがしな溜息を吐き出してから渋々両手を乗せれば、満足げに頷き柔らかな手がそっと包み込んでくる。

 前回だっておかしな事を言われはしたが特に何かされたわけではない。とても心地良い声をしている反面、得体の知れないこの女が無性に気持ち悪く感じる。


「怖がらないで、取って食べたりしないわ。貴方が望むなら話しは別だけどね、ふふふっ。

 さて、アリサの居場所だったわね。彼女は前回の作戦の責任を取らされココから西に居る。海の近くみたいね……会いに行くの?」


「わからないよ」


 なるべくこっちからの情報を出さないようにと意識して言葉を少なく、必要最低限しか口にしない。


「レイシュア、警戒し過ぎよ。私は何もしない。ただ貴方に必要な事を告げるだけ、それでも怖いのかしら?

 貴方みたいな色男に拒絶されるのは悲しいんだけど……まぁいいわ。ただ、しっかりとお聞きなさい。


 貴方は自分の村が魔族に焼かれ親も殺された。愛する人の故郷も同じく魔族に焼かれたと聞き “魔族” という種族自体に嫌悪を抱くようになった。そうよね?

 そこからよ、全てが悪い方に回り出したのは。


 貴方が私の言葉を忘れて信念を貫く事をしなかった、つまり何の罪もないアリサを魔族だからと拒絶したことにより貴方の元を離れて街を襲うことになったのよ。


 そして、貴方の愛する人は死ぬことになる。


 全て貴方が決めた事、貴方の選んだ結果よ?」



──俺がユリアーネを殺した



 ナイフで突かれたような痛みが襲いかかるが、それを跳ね除けるだけの力は湧いてこない。

 事実、俺が軽はずみな行動をしなければユリアーネは死なずに済んでいた。それに俺がアリサを拒否しなければ、もしかしたらゾルタインの町を襲う事もなかったのかも知れないとは考えたこともある。


「貴方は王都から出ると西に進むことになるわ。ただ、貴方の向かう先よりもさらに向こうの町に彼女は居る。会うか会わないか、それは貴方次第よ。


 でも、会いに行くわよね?


 貴方は彼女を傷付けた、ほんの些細な行動が取り返しの付かない傷を負わせることになった。それを自分で許せるほど貴方は酷い男じゃない。

 ちゃんと謝るのよ?

それと、その町に一つ目の “封印石” があるわ。必ず手に入れておきなさい」


「ああ」


「それじゃあ行きなさいレイシュア。貴方の心を正直に打ち明ければきっと全てが上手く行く。そして王都に来たら、また私の所に来なさい。約束よ?」


 胡散臭のに不思議と否定は出来ない。


 大体、なんでユリアーネが死んだことを知っているんだ?謎が多すぎて気持ち悪い。封印石ってなんだよ?何で俺は西に向かうんだ?俺が帰るのは南だぜ?

 何もかも訳が分からないが、なんとなくあいつの言う通りになりそうな予感がした。


「お兄ちゃん?大丈夫?ねぇ、顔色悪いよ?明日の事もあるし、今日は帰って休む?」


「あぁ、すまない。大丈夫だよ。でも、屋敷に帰ろうか。心配かけてごめんな」


 まだ陽は高かったがそれ以上歩き回る気にもなれず、屋敷に戻ると部屋に引きこもった。



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