17.最強の魔物

「お父様、私もお兄ちゃんに付いて行くわ。良いでしょう?」


 夕食の席で投下された爆弾、何処かで似たような状況に巡り合っていた気がする……俺はモニカと一緒の時間が増えれば嬉しいが、そんな簡単で良いの?

 持っていたティースプーンを落とすほど驚くストライムさんを尻目に、この状況を予測していたように「まぁ!」と嬉しそうに手を合わせて賛同するケイティアさん。


「じゃあ、みんなで行きましょうっ」


 お母さんは娘のことが良く分かっていらっしゃるようでニコニコとしているのに、お父さんは『また始まった』という顔で額に手を当てた。


「問題無いわよね?どうせ魔導車で行くんでしょ?最近行ってなかったし、たまには王都観光もいいんじゃない?ねぇモニカ。お父様だけ行くなんてズルいわよねぇ?それともぉ……私達がいると、何か不味い事でもあるのかしら?」



殺し文句入りましたーっ!



 ぐぅの音も出ないストライムさんは苦い顔で「わかったよ」と一言言うだけだけに留まる。「準備しておきます」なんてコレットさんが澄まし顔で言うが、俺には分かってるぞ?準備なんてもうとっくに終わってるだろ。


 それは、モニカは愛されてるなぁと感じたヒルヴォネン家で食べる最後の夕食の出来事だった。




 翌る日、屋敷の前には清々しい朝日を浴びて黒光りする漆黒の四角い箱が鎮座していた。

 金属で作られた艶かしいボディには、箱型であるにも関わらず角というモノが存在せず、馬の繋がれていない客車なのに美術館に飾られていても違和感がないほど洗練されたデザイン。



「こ、これが魔導車!!!」



 御者席と思しき席ですら箱の内側に収まり、胸から天井にかけてを、事もあろうか、注視しないと存在にすら気付かないほどに透明度の極めて高いガラスで覆われていた。詳しく知るわけではないが、透明度が高いガラスというのはとても高価なモノ。恐らくあれだけで金貨千枚は優に超えるのではなかろうか。


 次に気になるのがその高さ。四つの車輪が支える構造は一般的な馬車と同じなのだが、胸の高さまであるはずの車輪が膝までしかない可愛らしいモノにすげ替わっている。その為に地面と近くなっている車体は乗り降りがし易そうな高さにあり、持ち手を掴んで気合いを入れずとも、少しだけ身を屈めればすんなりと乗り込めそうだ。


「眺めてないで早く乗ろうよ」


 感動のあまり固まっていた俺を微笑ましく見上げていたモニカ。隣に居る彼女すら目に入らず、初めて見る魔導車に見惚れていれば ユサユサ と揺らされてようやく我に帰る。


 執事の一人が扉を開けて待つ横を頭をかがめたモニカが通り過ぎる。そのキュートなお尻を追いかけるように乗り込めば、俺を挟むようにコレットさんが席に着く。

 美少女と美女に挟まれ腰を下ろした座席は高級なソファーのように フカフカ だった。貴族用の馬車よりも更に座り心地の良い席は、長時間座っているのに最適だと言えよう。


「満足そうでなによりだよ。今日一日はこの中に缶詰だが、逆に言えば今日一日で移動が終われる。自由が売りの冒険者である君には窮屈かも知れないが、これも仕事だと思って我慢してくれ」


 ケイティアさんに続いて乗り込んで来たストライムさんは俺達の前の席に腰を下ろした。

 三人席が二列あり、最前列は間を空けた二人席。最大で八人乗りなのだろう。メイドさんと同時に運転席に乗り込んだ執事さんが、二人の間に鎮座する黒い玉の上に手を置くと微かな浮遊感がする。


「留守はお任せください。良い休暇を」


 後部席の両側には観音開きの扉が有り、その上半分はガラスが嵌め込まれていて外が見えるようになっている。そこから見えるのは騒然と立ち並ぶ二十人もの見送り。先頭に立つ執事さんが恭しく頭を下げれば、それに応えたストライムさんの合図で滑るように動き出す魔導車。


「おおおおっ!すげぇっ、何これ!?」


 風魔法で飛ぶのだとは聞いていたが、馬車とは違い ガタゴト という車輪の音もなければ全くと言っていいほどに揺れが感じられない。部屋で椅子に座っている、そんな感じなのだ。


 町中では安全を考慮していたのであろうスピードも、街道に出てしまえば本領を発揮する。ガラス越しに見える景色は物凄い勢いで後ろへと流れて行き、馬車とは比べものにならない速さなのだと窺い知れる。

 それもそのはず、馬車だと八日かかる所をたった一日で駆け抜けるのだ。単純に考えて馬車の八倍、早くない筈がない。


 執事さんの手が置かれている黒い玉は〈制御球〉と言うらしい。文字通り魔導車を操作する物で、ほんの僅かに魔力を流しながら触れているだけでイメージ通り自在に操れるのだそうだ。

 そこに予め入れられた魔石を消費して動く魔導具、それこそが〈魔導車〉と呼ばれる由縁らしい。


「そういえば、魔導車は魔石を大量に喰らう魔物だと聞いたんですけど、本当ですか?」


「はっはっはっ、まぁ、その表現は間違っていないのかもな」


 聞けば馬車で一日の距離が黄色魔石で少し足りないくらい、金額に換算すればおよそ金貨五十枚になるのだそうだ。つまりプリッツェレから王都まで魔導車で行くのであれば、魔石代だけでも金貨四百枚が飛んで行くということだ。

 つまりつまり、今回王宮の命令で俺を連れて行く羽目になったストライムさんは、国に金貨四百枚を没収されたのと同じだと言える。いや、往復なので八百枚になるのか……ただ俺を拾ったってだけでその始末、恐るべし国家権力。


 俺は悪くないからね?そんな急に呼び出した王宮の所為だからね!




 最初は興味深々で興奮していたものの、馬車より早いというだけでする事と言えば座って時が過ぎるのを待つのみ……当然のように三十分もしないうちに飽きてしまった。

 すると襲いかかってくるのは “睡魔” と言う最強のモンスター。平和かつやる事のない現状、それに伴う緊張感が保てない中で、このモンスターに勝てる人間はそうそういない事だろう。ふかふかのソファーのような椅子もヤツの味方をしていた。


 俺はヤツに勝つ為にドーピングを行うべく鞄からマシュマロを取り出すとモニカの口に チョンチョン してみる。すると、甘い匂いに釣られて パクリ と食いついた。


「んふっ、何これ?甘くて美味しぃ。もっと頂戴〜」


 モニカが美味しそうに食べるので気になったのか、ケイティアさんも食べると言うので運転している執事とメイドさんを含めて全員に配って美味しくいただく。


「これは美味いな、何と言うものなのかね?」


 三個目を口にしたストライムさんが俺に聞いて来る。やはりこれは庶民の食べ物だったのね。


「マシュマロと言って砂糖と卵白で出来たお菓子です。甘くて美味しいのですが殆ど砂糖の塊なのであまり食べ過ぎるのは身体によくありません。なので、今日のところは今のでお終いにしましょう。多分プリッツェレの雑貨屋でも売っていると思いますよ」


 そんな和やかな時も束の間、切り札を切ったというのにヤツの魔力はそれを上回っていた。空間そのものを味方に付けた最強の魔物には俺程度の若輩者では敵わないらしい。


 ストライムさんは何やら書類仕事をしている様子だし、ケイティアさんも熱心に本を読んでいる。流石は熟練者、経験の差は見事です。


 コレットさんはというと、いつのまにか目を瞑り、ものすごく良い姿勢で座ったまま寝ていた……器用だな。敢えて逆らわず身体の求める欲求に従う、彼女の世渡り上手さは見習わなくてはなるまい。

 残るモニカを見れば フワッフワッ と振動もないのに揺れているので俺と同じく奴に勝てない口だろう。仲間がいたことに安心しモニカの頭を俺の肩へ倒してやると、そこに首を倒して睡魔に敗北宣言をした。



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