14.第二次 水玉戦争 後編

「ケイティアさん、戦線布告したということは覚悟はいいんですね?あとで泣いても知りませんよ?」


「言ってくれるわね。私達親子の力を見せてあげるわ、かかってらっしゃい!」


 遊び心の分かる人でよかったよ。ならば遠慮なく行きましょうかね。


 一旦、風魔法は胸の前に保留し、両手に水と火の魔法をそれぞれ用意。四つ同時の魔法分割と魔力供給、さらに二つ同時の魔法合成……結構忙しいが、いけるかな?


 両手から放たれるお湯玉がモニカとケイティアさんに向けて ポンポン 飛んでいく。


 モニカは水壁で防ぎながら反撃してくるので先程同様、徐々に貫通力を増やして応戦する。逆にケイティアさんからは俺の回避先を詠んだ正確な弾道の水玉が撃ち出されるので避けるのに少しばかり気を遣わなければならない。


 しかし、攻撃と回避を器用にこなしてはいたものの避けるのはそれほど得意ではないらしい。

 お湯玉が当たりそうになると『これでもか!』と言う程に激しい動きを見せる美しいお御足。その様子は不器用な者が無理矢理ダンスを踊っているかの様で、足を中心に狙っていたこともあり、しばらくそれが続けば見兼ねたコレットさんが水幕を張りフォローに入ってくる。


「三対一か、上等だっ。冒険者を舐めるなよ」


 コレットさんからは攻撃が来ないので実質二対一、それでも当たらないというのはもどかしい。

 ならばとお湯は止めて水玉に戻し、その代わりに風を纏わせる。風魔法はより一層の集中力が必要だが、今のところ俺が躱すのには問題はない。


 変化球が二人を襲うとモニカは防ぐのに忙しくなり反撃が少なくなる。しかし、動き回るケイティアさんは水幕に守られ攻撃の手が強まり始めた。


──あの水幕、邪魔だなぁ。


 多彩な変化球をことごとく防ぐ水幕、それを行使している有能なるメイドを目掛けて水玉を飛ばしてやる。するとたったそれだけで意図を察し、 タンタンタンタン と短い間隔で撃ち出されるようになった水玉、微笑みを浮かべたコレットさんからの反撃が届き始める。


「何よそれ!ズルいわっ」


 風と火で身体強化をすると、広い庭を活かして逃げ回り始めた。三対一なら文句は言われないだろうと思ったが即座に入ってくるブーイング!


「手加減している者に勝って誇れますか?全力で戦わねば、戦う相手に失礼だ」


「かっちーんっ、モニカ!コレット!ヒルヴォネン家の名にかけて冒険者なんかに負けられないわよっ、倒れてもいいからありったけの魔力を注ぎ込みなさい!」


 両手に火と水魔法をそれぞれ持ち、高速で移動しなからお湯玉を乱れ撃つ。

 それに負けじと積極的に反撃してくるモニカだが、取り回しの鈍くなった水壁では俺の移動速度に付いていけずに半分くらいは当たってしまっている。厚みや大きさを変えるといった臨機応変な対応が出来れば良かったのだろうが、昨日の今日でソレをやれと言うのも酷な話し。だからと言って手を緩めたりしては訓練にならないので、もう既にバケツをひっくり返したように髪から水を滴らせている。


 特段『見たい!』と言うわけではないが、見えそうで見えないチラリズムというのは得てして男心をくすぐるものだ。

 水に濡れた白いブラウス。それが張り付き、違う色が見え隠れするのを目にして俄然やる気が出てしまったとしても俺に非はないだろう。



 その一方で反撃という口実をくれたコレットさんにもお湯玉を放つのだが、流石にこの程度であれば避けるのは造作もないらしく当たる気配がまったくない。


 だが、彼女に向けてお湯玉を放つのは当てるのが目的ではないのだ。


「キャッ!やったわねぇ!いいかげんに当たりなさいっ!」


 コレットさんが俺に集中するようになると今まで散々邪魔してくれた水膜のコントロールが疎かになり、とうとうケイティアさんに命中させることができた。いくら許可をもらったとはいえ怒られるのを覚悟していたが……本当に大丈夫っぽい。ならばもっと楽しんでもらおうと更に玉数を増やしていく。


 一番厄介なコレットさんへの牽制に重きを置きつつ、邪魔な水幕をぶち抜くように少しばかり威力を強めてケイティアさんも狙う。もちろんその合間には移動スピードで翻弄しながらモニカにもお湯玉をぶち込む。


 すまん、すっげー楽しい。


 三方向から飛んでくる水玉を、止まって、しゃがんで、身を逸らし、時には奪って投げ返した。

 傲慢で、見下す事しかしない高飛車、お堅いイメージの強かった貴族様にお湯をぶつけて濡らして楽しむ。こんな事してる冒険者なんて多分、俺くらいじゃない?


「辛くなったら休んでいいぞ、あんまり無理して魔力使うと後が辛いよ?」


 しんどそうにしていたモニカは頷いた途端に座り込む──そんなに頑張ってたのね、無理はしないに限る。


「はぁ、疲れた〜。よっこらせっと」


 それに続いて手を止めたケイティアさん、まだ余裕のありそうな足取りでモニカの隣まで行くと、大きく息を吐き出しながら芝生の上に腰を下ろした。普段、魔法など使わないだろうに、あれだけの魔法を放てるとは恐れ入りました。


「コレットさん、まだやる?」


 小さく首を振るのでお遊びはこれで終わり。


 それにしても久しぶりにまともに魔法を使った。楽しかったし、いろんなモノを発散出来た気がする。


 座り込む二人の側に歩いて行けば、後数歩のところで飛ん来る水玉。例え不意打ちだとしても、真正面にいては魔力の収束が目に見えて分かりあっさり躱せてしまう。

 ──と、そこを狙い飛んできていた水玉の第二波。避ける分にはなんら問題はないのだが、俺だけ無傷というのも禍根が残りそう。なので、迷った挙句に年長者に花を持たせることにした。


「やっと当たりましたわっ。うふふっ、満足、満足。それにしてもこんなに楽しかったのは久しぶりよ、また遊びましょ?」


 自分が濡らされた分を纏めて返すような、頭大の水玉の直撃。そんなモノをくらえば一撃でびしょ濡れ……やってくれたなっ、ケイティアさん。


「親子揃ってズルして……ひどいです。お陰でパンツまでびしょ濡れじゃないですか」


「あらあら、それなら着替えないといけませんわね。脱がせてさしあげましょうか?」


 微笑んでいる筈なのに怪しく光る眼光、今のケイティアさんの目は夜毎部屋を訪れてくれる誰かさんの目と似ていて怖い……。


「何を言ってるんですか、どれだけ濡れたって魔法さえあればすぐに乾かせますよ。俺がやりますから目を瞑っててくださいね」


 成人として扱われる十五才でモニカを産んだとしても三十才、実際の年齢は分からないが、見た目は二十才そこそこにしか見えない。

 モニカと同じアッシュグレーの髪からポタポタと水を滴らせ、頬に手を当てながらうっとりとした表情で俺を眺めるケイティアさん。嫌なモノが背筋を走ったが気がしたが務めて冷静に振る舞い、何食わぬ顔で温風を吹き付けびしょ濡れ三人を纏めて乾かし始めた。


「あら、残念。せっかくの機会だったのに」


 何が残念なのか知らないフリ、聞こえなかったフリをしつつ、ただ温風を吹き付けるだけの単純な魔法に全神経を集中させた。



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