13.第二次 水玉戦争 前編

「じゃあ昨日の続きで水玉遊びをしよう。昨日だいぶ上手くなったからな、今日はもっと激しく行くよ。またびしょ濡れになりたくなかったら頑張るんだな」


 王都で見た通り、貴族の屋敷は何処でも広い庭を持っている。ここヒンヴォネン家も例外なく広大と言えるほどの庭があり、その一角には、手入れの行き届いた芝生が大広間に敷かれる絨毯のように、青い身体を存分に広げていた。


 ブーツを脱ぎ捨て裸足になると チクチク としたこそばゆい刺激が気持ち良い。俺はモニカとある程度の距離を取って立ち、攻撃が始まるのを待っていた。


「覚悟はいいわね?いくよっ!」


 それを皮切りに飛んでくる水魔法で作られた小さな玉。昨日教えた通り三つの水玉が適度な間隔を開けてすんなりとは回避出来なくさせている──うんうん、飲み込みが早いって素晴らしい。

 その内の一つに手を伸ばして水魔法を手に入れると、俺も負けじと反撃に出ることにした。


 拳大の水玉からそら豆ぐらいの水玉を分割させテンポ良く撃ち出す。

 分割されて少なくなった元の水玉には魔力を注いで補填。元の水量を一定に保つよう気を付けながら魔力を注ぎつつ分割することの連続。傍から見ると手に浮かべた水玉から小さな水玉が次々と飛び出しているように見えているだろう。


 魔力コントロールの練習にはまさに打って付けの遊び。我ながら良い遊びを思い付いたモノだと自分で自分を褒めながら、飛んでくる水玉を避けつつ撃ち出す速さを徐々に早めていった。


「ほらほら、頑張って避けないとべったんこになるぞ?どんどん早くなるから頑張れ〜」


 モニカが魔力を集めて撃ち出すのがおよそ五秒に一回、俺は一秒に一発の水玉を発射している。

 魔力を練り、魔法として顕現させて撃ち出す、それが魔法の使い方だ。それに対する俺がやっているのは、既に在る魔法を分裂させているだけなので差が出来て当然だろう。


 ずるいと言われようが出来る者の特権、このままでも結構神経を使うので良い訓練になるのだが、最近サボっていたから頑張らねばと思い立って二属性の同時分割に挑戦してみる。早い話、水玉ではなくお湯玉にしようと考えたのだ。


「コレットさん、火の玉を一つ俺に向けて放ってくれ」


 モニカの水玉を避けつつコレットさんに伝えると、先ほど俺が水玉を奪ったのを見ていて気がついたのだろう。何も聞くことなくお手頃サイズの火球が飛んできた。


 ありがたく受け取り水玉と並べて浮かべると早速実行に移す。

 小さな火玉と水玉が現れた直後、水玉に飲み込まれて火玉が姿を消す。問題なく二つの魔法が合わさっているのでまず間違いなくお湯となっているだろうが、傍目には先ほどと変わらず水玉が飛び出しているだけに見えているはずだ。


 魔力と一言で言ったとて、火魔法を作り出す火の魔力と水魔法を作る水の魔力とは似て非なるモノ。この二つを同時に練り、量を調整しながら同時に供給する。更に魔法合成までするとなるとかなり神経を使うのだが、鍛錬とは己に負荷をかけなければ意味を成さないと自分を律して集中力を高める。


「えっ?温かい?お湯だぁっ!」


 お湯玉が当たり少しビックリしていたモニカだが、温かいからといって当たっては駄目だろう。


「お湯でも水でも一緒だろ?ほらほらどんどん濡れるぞ?モニカっ、魔法はイメージだよ。イメージ出来ることなら大体出来るはずだ。水に濡れないためには避ければいい。だが、避けられなければどうすればいいんだ?」


 真剣な顔で考え込むモニカだが、思考を優先して避けるのが疎かにになってしまっているので今なら当て放題。調子に乗ってお湯玉を当てまくっていると、水で出来た大きな幕が現れソレを防ぐ──よしよし、いい作戦だ。


「そうだっ、避けれなければ防げば良い。だが、まだまだ甘いなっ」


 今までただ飛ばしていただけのお湯玉の発射速度を上げ、モニカが貼った水幕を貫通させようと試みる。

 最初は一枚の板のようにピシャリと遮断していた水幕だったが、お湯玉の速度が上がるたびに徐々にたわみ始め、更に数度繰り返したところで貫通を許してしまう。


「え?ちょっ!わぁぁっ、なによこれ!」


「防ぎ切れないならどうするんだ?ほらほら常に頭を使え。戦闘は単純ではない、常に変化する戦況に合わせて柔軟に対応できなければ怪我をするぞ」


 厚さの増した水幕が貫通を防ぎ、再び盾の役割を果たし始める──いいねぇ、ちゃんと考えれる。

 速度をさらに速くしてまたもや貫通させてやると、それに合わせて水の幕を厚くしているようだ。貫通しては止められ、止められては貫通しての追いかけっこ。モニカの前に作られた水の幕は既に水の壁と化していた。


 コレットさんに目で合図を送ると、風魔法の玉が飛んで来る──流石、分かってらっしゃる。


「何!?なんで背中が濡れるのよ!うわぁぁぁっ」


 左手に並んだ三属性の玉、今度はお湯玉に風を纏わせて今までの直線的な発射ではなく弾道を変えてみた。

 正面にある分厚くなってしまった水幕が仇となり、俺への行動に対する注意が疎かになっていた。そんなモニカが大きく弧を描いて迫るお湯玉に気付く事はなく、背中を濡らされてようやく背後からの攻撃を認識することとなった。


「ほらほら冷静に状況を見ろ。戦況は常に変化するんだぞ。後な、防いでばかりでは俺に水玉は当たらない、どうすればいいんだ?」


 三属性同時分割ということもあり発射の間隔も速度もさっきより格段に遅くなり、先程のモニカと同じくらい。それでも風魔法を得て前後左右不規則にやってくるようになったお湯玉に翻弄され、防ぐ事で手一杯のようだ。さてさて、どうやって反撃してくるかな?


「イメージだぞ、イメージ。ほらどうするんだ?このまま一人だけびしょ濡れになるのか?」


 飛んでくるお湯玉は確実に防いではいるものの、唇を固く結び、悔しそうにしている顔が合間合間に見え隠れする。


 だがそんな時、何かを思いついたように口の端が吊り上がるのが目に入った。


 まるでお湯玉が跳ね返されたかのように、水壁の中心から一つの水玉が生み出されたかと思いきやコチラに向かい飛んで来る。

 久方ぶりにやって来た水玉を避けつつ風を纏わせたお湯玉を撃ち続けていれば、単発だった水玉が先ほどと同じように三つ同時に発射されるようになる。更には徐々に時間差も付き始め、攻防一体の素晴らしい魔法捌きに感心してしまった。


 たった二日という短い時間の中で目覚ましい上達を見せるモニカ。その集中力と努力は賞賛に値するとは思うが、元々持ち合わせるセンスなくしてはありえない結果だ。


「楽しそうな事してるのね。私も参加していいかしら?」


 思わぬ声に振り向けばコレットさんの隣に立つケイティアさん。にこやかな表情をしているがその装いはいつもの “ご婦人” 然としたモノではなく、七部袖のペプラムにキュロットスカートという動きやすそうな格好。まさかそれって、準備万端……濡れますけど?


「ほらモニカ!頑張りなさいっ。お母さん手伝ってあげるからっ!レイさん、私にも遠慮は要らないわ、やれるものなら濡らしてごらんなさい」


 言ったそばから両手に水玉を浮かべ、片方ずつだが投げつけてくる。普段、魔法を使う機会などないはずなのに、なかなかに軽快な魔法捌き。

 防御に重きを置くあまり動きの少ないモニカとは対象的に、走り回ることで多角的に攻めてくるケイティアさん。飛んでくる水玉の数は知れてるが、油断してると当たってしまうな。でも、本当に遠慮しなくていいのか?


 答えを求めて視線を向ければコレットさん小さく頷く……まぁ、良いなら良いけど?



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