12.心の在り方

 食事の後でお風呂に入り、一人きりの部屋で白結氣を眺める……俺の癒しの時間だ。


 そんな時に聞こえてくるノック音。思わず身体が震えるが無視する訳にもいかず「どうぞ」と言えば、扉の向こうにいたのはやはりあの人。


「レイ様、お洗濯の時間ですわ」


 魅惑の唇に舌を這わすと、獲物を狩る獣の如く鋭い視線が俺を射抜く。震え上がる心と身体を制してコレットさんをソファーに促すと、メイドという立場など忘れて当然のように隣に腰掛ける。


「流石に三夜連続は無理ですよ?」


 俺の言葉を受けて増す笑み。「でわ」と言いながら小さな紙に包まれた四角いチョコレートのような物を取り出し満面の笑みを浮かべた。


 口元に近付けられる甘い匂いの物体、少しだけ強さを増した視線が『食べろ』と強制に近い促しをしてくる。怪しげに思いつつも美味しそうな匂い、流石に毒ではなかろうと素直に口に入れた。

 何処かで嗅いだ匂いだと思いながらも口の中で溶けていくお菓子。すると、昨日のコレットさんの部屋のことを思い出す。そう、あの時確かにこれと同じ匂いがしていたはずだ。これはコレットさんのお手製ってことか。でもなんで今の話の流れでコレを?


「私が作った特製のお菓子はいかがかしら?」


 これで確定、やはりあのとき作っていた物だ。


 一度立ち上がったコレットさんは俺に向き直り、足と足の間に入り込み両膝を突く。膝立ちになった彼女は俺の頭を包み込むように腕を回し、形の良い胸に招き入れるとゆっくりと撫でてくれる。

 かなり大きかったユリアーネと比べてしまえば失礼ながらも小振りだと言わざるを得ないのだが、それでも膨よかな胸が顔に当たるのは心地が良い。


 拒否する理由もなく、されるがままにコレットさんに甘えていると、身体の芯から徐々に熱いモノが込み上げてくる。しかもそれは股間を中心に燃え広がり、ドクドク、ドクドクと、まるで心臓がそこに移ったかのようにさえ感じる程に勢いを増していく。


「こ、これは?さっきのは一体……何を食べさせたんだ?」


「効いて来ましたか。アレが特製のお菓子だと言いませんでしたか?ちょっと元気の出るおまじないをした特別なお菓子ですよ」


 変な薬入りってことか?お陰で俺の息子は元気いっぱいで、はち切れんばかりになっている。膨らみすぎて若干痛いくらいだ。


「あらあら、こんなになって……フフフッ。今日はレイ様からしてくださるのかしら?」


 頭にも効くようになっているのか、目の前にいるコレットさんが欲しいという欲望が激しく渦を巻き、堪らず彼女をソファーに押し倒せば嬉しそうに目を細めて見返してくる。


「そう、それもレイ様なのです。身体の欲求は心の欲求、心の欲求もまた身体の欲求なのです。自分の欲望に素直になってくださいませ。自分自身に心を開き、受け入れるのです。貴方は、愛に飢えている。

 今は薬という力で強制的に欲望が強く現れた状態、この責任は私がとります。さぁ、その欲望の赴くままに……」


 その言葉を皮切りにコレットさんにむしゃぶりついた。

 魅惑の唇を二人の唾液で染め上げ、首筋にも擦り付ける。覆っていたシャツを引き裂き下着を引きちぎると、露わになった胸を赴くままに揉みしだく。


 自分で自分のやっていることが信じられなかった。それでも身体を動かすのは紛れもなく俺自身の意思。俺が自由気ままに弄ぶのを彼女は黙って受け入れているのみだ。


 これではまるで……まるでユリアーネを襲ったときの俺みたいではないか!


 だが根本的に違うのは、今は完全に俺の意思で彼女に食らいついているということだ。つまり俺の本性はコレだというのか?こんなにも醜い欲望を隠し持っていたのか?

 欲望を吐き出したいが為に “愛” というオブラートで包み込み、見たくないモノから目を逸らしていただけだったのか?その為にユリアーネと一緒にいた、と?


 頭の中で葛藤する思いを他所に、俺は彼女を貪るように何度も何度も欲望をぶちまけた。




 ぼんやりと薄明るくなった頃、俺とコレットさんはベッドで果てていた。流石に薬の効果も切れ、俺の頭は再び理性という殻に閉じ籠もる。


「レイ様、さっきは薬の所為でタガが外れてしまっていましたが、それでも人間という動物の本能というのは変わりませんよ。動物というのは誰しも少なからず肉を求めるモノなのです。でもそれは決して悪いことではありません。そこにその人を想う心が伴うと “愛” という物に変わるのです。想いを寄せる者と一つになりたいと願うのは自然なことなのですよ。

 レイ様は容姿もさることながら心も魅力的な方です。そんな貴方に心奪われる女性が沢山居たとしてもなんらおかしくはないでしょう。言い寄る全ての女性とは言いません、貴方の気になった方の想いに応えてあげれば、そこから貴方が愛せる人が見つかるかもしれません。

 どうか理性という殻でご自分を圧し殺し、閉じ籠るのはおやめください。上手に殻が脱げるまで、私はいつでも練習台となって差し上げます」


 コレットさんの言葉が俺の心に染み渡る気がした。何が言いたいのかは理解できる、だが、俺に気のある女性を欲望の捌け口にするのは違う気がする。例え相手がそれを望んでいても、互いの心が伴っていなければ駄目だと俺の心は訴える。お互いがお互いを愛して初めて一つになる。そうでなければ駄目なのだと。


 それが心の殻だというのだろうか?

俺にその気がなくとも相手の望みを叶えてあげればいいのだろうか?そうすればユリアーネのように心から愛せる人が見つかる、と?


 理解出来ない思いと言葉を胸に、少しだけ眠ろうと柔らかな胸に顔を埋めた。




「おはようございます。今日はもう少しお休みになりますか?」


 身支度を整えたいつも通りのコレットさんが溢れんばかりの笑顔を携え、顔を覗き込んでいた。真っ白な短い髪が柔らかく垂れ下がる様子が朝日に映えとても綺麗だと思える。思わず手が伸びその髪にそっと触れてみた。

 欲望を吐き出し続けた昨日の事が思い起こされなんだか申し訳ない思いが込み上げてくる。


「ごめん。俺、無茶な事ばかりした」


「レイ様、私は平気です。寧ろアレくらいでないと満足出来ないのです。私は昔から肉欲が強く、愛情というものが殆ど分かりません。ですから好きな時に求めてくだされば私はとても嬉しいのです。もちろん、そこに私への愛など必要ありません、ですので遠慮なくおっしゃってください」


 前振りがあったとて、そんな事は言い出しにくい。だからだろうな、三日とも彼女の方から迫って来たのは。やはりこの人には全てにおいて敵いそうにない。


「ごめん、ちょっと寝てていいかな?コレットさんも一緒にどう?眠いでしょ?」


「魅力的なお誘いですが、私にも仕事というものがあるので今は遠慮いたします。ではまた後ほど起こしにまいります、おやすみなさいませ」


 部屋を後にする後ろ姿は一晩中コトに及んでいたとは到底思えない凛とした歩き方。俺と同じく殆ど寝てないのに、タフだな……やっぱり悪いことしちゃったな。

 休みたいだろうに休めない、仕事とは大変なものだ。その点、冒険者なんてお気楽な職業、危険が伴うとはいえ好きな時に好きな事が出来る。やはり俺には冒険者という仕事が似合ってると改めて思う。


 そんな事を考えながら布団に沈めば、すぐに意識は夢の国へと旅立っていった。




「レイさ〜んっ、起きてよっ!ねぼすけさ〜んっ。おーいっ。もうお昼になっちゃうよぉ」


 明るい声と頬を突つく感覚に意識が浮上し目を開ける。広いベッドに身を乗り入れ、寝転がるモニカは頬杖を突いていた。

 目が合えばにこやかに微笑む。その可愛さに思わず手が伸び垂れ下がる髪をすいてやれば、照れ臭さそうな顔をしたもののそれを隠すためか、呆れたような口調で話し始める。


「やっと起きた。昨日はそんなに疲れちゃったの?もうすぐお昼なんですけどぉ。今日は一緒に遊んでくれないの?」


「あぁごめん、起きるよ。ちょっと眠かっただけだ。今から狩りに行くのもアレだから、今日は魔法の練習でもしようか?」


 身体を起こすと小さな悲鳴を上げて顔を逸らすモニカ。身を離しながらも手で顔を覆い隠すようにして見てないように見せかけているがチラチラと視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 そういえばと思い返せば、事情の後そのまま寝ていたので服を着ていなかった。


 このまま布団から出るのは流石にマズイ。


「レ、レイさんは裸で寝る人なのですか!?部屋から出てるので着替えが終わったら呼んでくださいぃっっ」


 そそくさとベッドから降りようとするモニカを背後から抱きしめるように手を回して捕捉する。ビクッ!と凄い勢いで身を震わす姿はとても可愛く、悪戯心に火が付き耳元に向かい意地悪く囁いてやった。


「あらら〜?誰だったかなぁ?下着姿で男の部屋に来てたのは。覚悟は出来てたんじゃなかったのか?んん〜?」


 耳の先まで真っ赤に染めると、そのまま固まり動かなくなる──しまった、やり過ぎたか?

 俯いたままのモニカを覗き込めば硬く目を瞑り震えていた。


「ご、ごめんごめん。冗談だよっ、ちょっとからかってみたかっただけだからっ。すぐ着替えるから待ってて」


 ポンポンと頭を叩いてやるが復活しない……もしかして不味い?暫く覗き込んでいると震えは止まり、半分だけ開けた目でジトッと見てくる。


「してくれる気になったんですか?明るくて恥ずかしいんですけど……今からしちゃいます?」


「ちょ、ちょっと待った!ほんの出来心なんだ。モニカが可愛いからちょっとだけからかってみたかっただけなんだっ。そういうつもりじゃなかったんだよ、ごめんってば」


 両手を顔の前で合わせると目を瞑り、拝むようにして謝った。

 モニカも分かっていたようでこれ見よがしに溜息を吐くと、近くに手を突き身を寄せてきた気配。恐る恐る薄目を開ければ目の前十センチに迫る不機嫌そうな顔。驚き、身を退いたのだが、それを許さないとばかりに追随し同じ距離を保つので、心の中で悲鳴があがる。


「レイさんは意気地なしです。男性は狼だと教えられてました。餌を与えればすぐに飛び付くものなのだと。でも、レイさんは飛び付いてくれません。私が望んでいると口にしても無視です。

 私って女として魅力ありませんか?コレットのようにおっぱいが無いと駄目ですか?正直に答えてくださいっ」


「そ、そうじゃない。こんなに可愛い女の子が魅力無いわけないだろ?ただ、俺の心の問題だよ。

 嫁さんが死んだばかりだと言ったろ?そんな簡単に気持ちが切り替えられないだけなんだ。モニカが悪いんじゃない、ごめんな」



 着替えるからと強引に部屋から追い出すと今朝のコレットさんの言葉が思い出される。

 想いを受け入れる……か。関係を持った後でなんて本当に愛が生まれたりするのだろうか?ただ都合の良いように扱い、そのうち捨ててしまうんじゃないのか?それでも良いと?


 だが、そうなると自分で自分が許せなくなる。だったら最初から関係など持つなよと責めるだろう。

 そもそもそこがおかしいのか?お互いに肉体を求めるのなら素直になればいいのだろうか?ソレはソレなのだと欲望に従い割り切ればいいのだろうか?


 いかんいかん、と首を振り、思考の海から戻ると急いで着替えを済ませて扉を開ける。そこにはいつも通りの明るい笑顔のモニカと澄まし顔のコレットさん。


「ごめん、遅くなった」


「レイさん、謝ってばかりです。先にお昼を食べに行きましょう。午前中寝てた分、いっぱい遊んでもらいますからねっ!」



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