7.怖いお姉さん

「なぁ〜、レイ。本当に来るのか?」


 朝日が昇り始める前に “ダンジョン入り口” とのデカデカとした看板のある建物の前に着いた俺達は現在、待ち惚けをくっていた。肝心のミカエラがまだ来ないのだ。

 ここで合っているのかと若干不安になるが、気合いの入った冒険者たちが続々と建物に入って行くところを見ると多分大丈夫だろう。


 ダンジョンの入り口があると言う建物の前は大きな広場になっており、まだ朝も早い時間だというのに、これからダンジョンに入ろうとする沢山の冒険者でごった返している。

 暇なので周りの冒険者達を観察していると、そこそこ出来そうな熟練者から初々しい初心者までと幅広い人間が入り乱れ、本当に人気のある所なのだと思わざるを得ない。


 お祭りムードはここにも浸透しており、広場を取り囲むようにご飯屋、雑貨屋、武器屋なんかも所狭しと建ち並んでいるすぐ横には、町の中心地にあったように様々な屋台が軒を連ねていた。

 こうやって見ると商人さんも沢山いるのだろうとは思うけど、仕事に忙しくて町をぶらぶらと歩いていないだけだと理解出来る。


 それとは逆に理解出来ないのがダンジョンの入り口に設置された何枚もの横断幕。 “あなたなら出来る!” とか “今日こそ良い物が手に入ります!” とか励ましの言葉がたくさん書かれている。中には “〇〇〇〇が出ました!おめでとう” とかダンジョン内で手に入ったレアアイテムが書かれていたりもするが、ダンジョンを盛り上げる為にあるのだろうとは思うがコレは必要なのだろうか……。



 陽は完全に昇りきり、たむろしていた冒険者達の姿もさみしくなり始めた頃、やっぱりヤラレタか?と思い始めてくる。

 屋台からの美味しそうな匂いで少しばかりお腹が空いてきたので何か買いに行ってそれでも来ないのなら諦めるかと思った所で、疎らになった人を縫うように全力で走って来る茶色い奴が目に入った。


「ごっ、ごめんっ。ハァハァハァッ、寝坊、しちゃった」


 膝に手を当てて苦しげに息を切らせているのを見ると怒る気も失せてきた。

 こいつはドジっ子キャラなのか?


「み、水……水、頂戴っ」


 尚も呼吸が整わずハァハァしたままのミカエラ。どれだけ走って来たのか知らないけど体力無さ過ぎじゃね?


 仕方なく一口サイズの水玉をいくつか目の前に浮かべてやると目を丸くして驚いていたが、それどころではないのに気が付いて慌てて齧り付くと思う存分飲み込んでいた。


「ぷふぁ〜、はぁはぁ、助かった……」


「逃げ出したかと思ったよ。なんで寝坊なんてしたんだ?」

「そうよっ、理由を説明して頂戴っ」

「まぁまぁ、リリィさん。リリィさんだって寝坊くらいするじゃないですか」

「あんたは黙ってなさいっ!」

「うぐ……レイしゃん、リリィさんがイジメますぅ」


 何故か悲しそうな面持ちで目元に指をやるエレナの頭を撫でてやるとデレっと呆気なく顔色を変えて嬉しそうにしやがった。泣き真似終わるの早いなっ!


「実は地図を手に入れるのに苦労してしもぅてなぁ、夜中まであっちにこっちに走り回って探したんよ。結局、地図自体は手に入ったんやけど、人の足元見よった糞親父にボッタクられてな、預かった金貨全部使ってもうた、すまんなぁ」


「地図は手に入ったんだろ?金なんか別にいいさ、大変だったろ?ありがとな」


 肩まである手入れのされてないボサボサの髪をクシャクシャっと少し乱暴に撫でてやる。それでも、それが嬉しかったのか、金の事を許してもらえたのが嬉しかったのかは分からないが ニヘッ と可愛い顔で笑っていた。




「遊んでないで早く行こうぜ」


 アルが顎で刺すので「トトさまっ」と両手を挙げる雪を抱き上げみんなでゾロゾロとダンジョンの入り口であるはずの建物の前に移動して行くと、チョロチョロっとミカエラが先頭に立ち建物の扉を開けて入って行く。

 それに続いて中に入ると、部屋を二つに仕切るようにギルドの受付カウンターみたいな物があり、例の如く綺麗なお姉さんが二人も立っていた。


「ダンジョン入出の管理をしておりますので、パーティーリーダーの方がギルドカードを纏めて私にお渡しください」


「あの、すみません。こちらのダンジョンはギルドランクC以上の方のみの入場となっておりますので、そちらの小さなお子様は入って頂くことが出来ないのです」


──ん?小さなお子様?


 あぁっと思い当たり視線を向けると不安そうな顔をした雪が俺を見上げていた。


「雪は駄目なの?」

「はい、申し訳ありません」

「ミカエラは?」

「ちょい待ちぃ!ウチはちゃんとギルドランクCですぅっ!」


 なんか怒られたが、見た目は完全に少女なんだから心配してやったのに……再び雪を見ると悲しそうな顔で首を フルフル とし『置いていかれるのは嫌』と訴えているので「大丈夫だよ」とオデコにキスをした。


「雪ちゃん……」


 心配そうなモニカの声が聞こえたけど二人とも忘れてるのか?


 別の場所から視線を感じて目をやると、奥の部屋らしきものの入り口から二メートルくらいありそうなムキムキの大男がこちらを見ていた。荒くれの多い冒険者の管理、お姉さん二人では無理なのだろうな。


「雪、一旦シュレーゼに戻るんだ。ダンジョンの中に入ってからまた実体化すればいい」


 今にも溢れそうなほどに涙まで浮かべていた雪は俺に言われて ハッ とすると、やっと自分が何者だったのかを思い出したようだ。自分の事なのに忘れていたのが恥ずかしくなったのか、両手で顔を押さえていたが可愛い小さな耳が赤くなっているのが見えている。

 ヨシヨシと雪の頭を撫でると、忘れていた事に照れて頬を コリコリ と掻いて誤魔化しているモニカの傍まで行くと、そんなモニカと微笑み合った雪はシュレーゼに触れて青い光の粒となり姿を消した。


「え?……えぇっ!?」


 目を丸くしてしているお姉さん二人に「これで問題ないよね?」と聞くと言葉が出て来ないのか無言で コクコク と首を振っている。

 気になって奥のマッチョにも目をやるとやはり驚いたのか、唖然とした顔で固まっていたので内心大笑いしておいた。



 お姉さん達が落ち着いた所で手前にいたお姉さんに全員分のギルドカードを渡すと、すかさずミカエラもギルドカードを机に置く。そうか、一緒に入るからこの中では同じパーティー扱いになるのかな?


「ではこちらに必要事項を記入してください」


 ちょうど隣にいたリリィの前に スーッ と紙を滑らすと白い目で見られたのだが、溜息を吐きながらもサラサラと書類を書いてくれる。やっぱりリリィの字は綺麗だな。


「書類はリリィが書いてくれるから俺は字の練習はしないぞ?」


 前に書類を代わりに書かせた時、俺の面倒を一生みるのは嫌だと言ったリリィ。結果としてはその言葉は覆され俺の代わりに書類を書く事になってしまった今にほくそ笑む。


「はいはい、いくらでも書いてあげるわよ」


 クスリ と笑うと何処か嬉しそうな顔で書類を書き終わり、筆を置くと寄り掛かって来たので腰に手を回した。二人のとき以外はあまりベタベタしたがらないリリィとのスキンシップはなかなかに新鮮で気分が良くなる。



 お姉さんが人の顔程の銀色の物体にギルドカードを近付けて作業をしているのを眺めていると、カウンターにダンジョンの注意書きがあるのが目に入った。



・ダンジョンはギルドで管理しております


・ダンジョン入場の際、管理費としてお一人様、銀貨十枚/回 をお支払い願います


・安全上の理由によりダンジョンに入場出来るのはギルドランクC以上の方に限らせて頂きます


・ダンジョン内で取得した物は自由に持ち出す事が出来ます。


・ダンジョン内での生死は自己責任です


・ダンジョン内での人間同士の争い事は禁止します



 ギルドランクの事、しっかり書いてあるのね。

ってか、エレナも危なかったじゃん?またお留守番とかキレられそうだもんな。ペレットさん、ナイス判断っ!帰ったらお礼言わなくちゃ。


 その後を読み進めても、ごく普通のことしか書いてない。こんなことを書かなきゃいけないって、どれだけここの冒険者はマナーが悪いんだ?



・ダンジョン内の空の宝箱は時間が経つと自動的に中身が補充されます


・宝箱はダンジョンの外に持ち出しても中身が補充されることはありません。また、一定以上移動させると同じように補充がされないので極力移動禁止です


・ダンジョン内の宝箱は持ち出し禁止です。中身のみお持ち帰りください



 なんじゃそれ!それなら宝箱の前でずっと待っていればいいじゃないか!とも思ったが、強弱はあれど魔物の出る中でポツンと待つのはしんどそうだな。

 なんだか不思議なダンジョンだ。ダンジョンとはこういうものなのか?まるで冒険者の為にあるような、そんな気さえしてくる。


(なっ、何よこれ……)

(何?何か問題?……えっ!?嘘でしょ?)

(まさか偽造とか?)

(これは偽造なんて出来ないようになってんるでしょ?つまり本物って事よ)

(うっそぉ!本物ぉ!?)

(そうなるわね。ねぇ、玉の輿じゃない?)

(やっぱりぃ?)


 何やら小声で話しているお姉さん達がチラチラと俺を見て来る。嫌な予感はするが、多分というかまず間違いなく原因は俺のギルドランクだろうな。


 偽造とか聞こえたけど、違いますから!

ただの悪戯ですっ!



ガンッ!



 威嚇するようにカウンターに肘を突き、その手に顎を乗せると不敵な笑みを向けるリリィ。「キャッ!」と可愛いらしい声を上げて思わず二人で抱き合うお姉さん達が状況を把握した所で クイッ と親指を俺に向けてきた。



「あたしんだから、手を出さないでもらえる?」



 ブルブル震えるお姉さんがシンクロしたように同時に頭を振る。それを見て満足したのか、再び俺に寄り掛かって来た。


「あ、その……えっと、チェックが済みましたのでギルドカードはお返し致します。それで、あの……しょ、書類はこれで大丈夫です。滞在予定は十五日ですね、はい。では戻られましたら、あの……えっと、また出所確認を致しますので、出口の方でギルドカードの提示をお願い致します。

 そ、それではお気を付けて行ってらっしゃいませ」


 リリィのおかげで可哀想なくらい怯えてしまったお姉さんに入場料を支払うと、カウンターを跳ね上げ、先程マッチョが顔を覗かせていた部屋へ行くようにと促された。



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