7.おつかい
異様なまでのギャップに驚いていれば爪先を弾いて飛ばしてくれる。
落とさないようにと慌てて受け止めたが……重っ! 手のひらサイズの爪の先っぽだが思わず落としそうになる程の重量感があった。
そんな驚きを感じていればサマンサの身体が再び不思議な光に包まれ、見る見る内に小さくなって行く。
「サマンサ!」
広い部屋の真ん中で力無く横たわるサマンサ、慌てて駆け寄ったアルが抱き起こすと気怠そうに目を開け ニヘッ と笑う。
「変身するのは疲れるんだ、飴ちゃん食べたばっかりでも連続はちょっと辛かっただけだよ。心配した?」
「なんでそんな無理するんだよ。辛いなら竜のままでいたらいいだろ。魔力が回復すればまたこの姿に戻れたんだろ?」
「それだとアルが帰ってしまった後になっちゃうじゃない、それじゃあ嫌なの。どうせ、もうココには来ないんでしょ?
人間なんてそんなもんだもの、解ってるわ」
サマンサを腕に抱くアル、二人の姿は俺達邪魔者など居ないかのように愛を深め合う恋人同士のように見えた。
少女の姿でさえ俺達より遥かに運動能力に長けていたサマンサだ、後日ココを出たとしても簡単に追い付いてくることが可能だろう。そんなにアルと一緒に居たいのならばそういった選択肢もあっただろうに、倒れて起き上がれないほどの無理をするのに疑問を感じる。
「ねぇサマンサぁ、ルミア先生から預かりものが有るんだけどぉこの部屋に置いてもいいかしらぁ?」
許可を得たユリ姉はこの部屋唯一の物である飴ちゃん製造機の隣に立ち、ルミアから預かったという物を取り出して設置する。
ユリ姉が一歩ずれ、それが見えれば皆して疑問符が頭の上に浮かび上がった……だって、そこには飴ちゃん製造機が二台並んでいたんだもの。
「先生ぇ、準備出来たわぁ」
イヤリングに手を当てユリ姉が何事か呟いたと思ったら、現れた光の玉が人型へと変わる。これは王都で見た……ルミアがここに転移してきたのだ。
アルの腕の中で目を丸くし、現れたルミアを凝視するサマンサ。
部屋の全周に視線を巡らせたルミアもサマンサで目を留めるとツカツカと歩み寄り、両手を腰に当てて見下ろす。
「アンタはそっちに流れたか、まぁいいわ。
久しぶりねサマンサ、元気そうで何よりよ。 人間なんてもういいって言ってたアンタが男の腕に抱かれてる姿はなかなかに滑稽よ?今度は本気なのかしら?」
何故か顔を赤らめアルの胸に顔を埋めるサマンサは、火竜という偉大な存在でありながら姿通り少女のよう。
「ルミアは何しに来たんだ?俺に頼んだお使いだろ?そんなに待てなかったのかよ」
「あら、こんなに貰ったの?ウフフッ、悪いわねぇサマンサ。 アル、手を出しなさい」
貰ったばかりの火竜の爪を手渡せば、さも楽しげに口角を吊り上げ、アルの手の上に水晶玉のようなものを置いた──あれは転移石か?でもなんで……。
「使い方は分かるわね?適当に帰ってらっしゃい。 さて邪魔者は帰るわよ。レイ、リリィ、私の肩に掴まりなさい……じゃあねサマンサ、ご・ゆっ・く・りっ」
指示通り小さな肩に手を置けば、転移石を使った時のような浮遊感がした途端に視界がブレる。
次に目に写った景色は、いつもの我が家のダイニングでお決まりの席に座りお茶を飲んでいる師匠の姿。
「おぉ、お帰り、今回は早かったな。まぁ座るといい。 エレナちゃん、お茶の追加をお願い出来るかの?」
「はいはーい」と奥の部屋から空中を飛んでやって来たエレナであったが、俺達がいるのに気が付いて驚くと集中が乱れたのか、派手な音を立てて敢えなく墜落した。
「レイさーーーんっ!」
そんな事実など無かったかのように飛び付いてくる
「ああ、ただいま。ちゃんと魔法の練習してたみたいだな、見違えるほど上手くなってたぞ?」
デヘッとにやけるエレナだが、まだまだ練習が足りないのは先程の墜落を見れば火を見るよりも明らか、褒めないのは以ての外だが褒め過ぎは良くないな。
お茶を口にして落ち着くと、なぜだか分からないけど帰ってきたんだと改めて認識する。
「なんでアルを置いてきたんだ?」
素直な疑問を口にすれば女性陣にジトーとした目で見られた……俺、変な事聞いたか?
「野暮な事聞くのね。男と女が二人っきりってことは、そういう事よ」
……へ!? あ、あぁ、そうですか……っつか展開早くない?何がどうしたらそうなるのかさっぱり分からんわ。
「サマンサが存在を維持していく為にはあの場所にある瘴気を吸い続けなければならないの。
置いてあったのは山から溢れ出す大量の瘴気を集めて魔石を創り出す装置、本来ならあの場所から離れられない火竜のエネルギー源である瘴気を結晶化──つまり魔石にして、それを補給することにより活動範囲が大幅に増えるようにしてあげていたのよ。
それで、昨日新たに置いて来たモノはあそこの地下に流れる地脈から直接瘴気を吸い出して効率良く魔石を作る装置。真っ赤な魔石は美味しそうに見えるかもしれないけど死にたくなかったら真似したら駄目よ?」
つまりルミアはサマンサの爪を貰う見返りに魔石を作る魔導具をもう一つ造ってあげたようだ。
形や方法が違うとはいえ瘴気を集めて魔石を創るあの魔導具、魔族がやっているのと同じ事をしているんだな。
「サマンサの住処がそうであるように、貴方達の故郷フォルテア村も地脈の交点の上にある、そういう場所は地脈の恩恵で土地が豊かになるのよ。村で作ってた農作物って良く育たなかったかかしら?
そこで一つお願いがあるんだけど、サマンサの所に置いて来た魔導具〈結晶くん〉をフォルテア村にも置いて来て欲しいのよ」
置いてくるだけなら全然構わないし、また酒でも買って行ったらみんな喜ぶだろう。
ルミアのお願いを聞いてあげる事にし、リリィに声をかけようとした時だ。
「リリィにはエレナの教育をしてもらうわ。あの兎ちゃん、魔法が不得意なはずの獣人なのになかなか筋が良いのよね。成長し始めた今が肝心なの、今のうちに叩いて伸ばすわ。
だから村には二人で行って来なさい」
「私がいなくて寂しいだろうけど、みんなによろしく言っといて。エレナ〜、早速やるわよ」
「えぇぇぇぇ〜っ!また私お留守番ですかぁ?せっかくレイさんと会えたのにまたですかぁ?
ぶーぶーぶー、魔法なんて今度でもいいじゃないですか、私もレイさんの故郷行きたい行きたい行きたいっ!ぶへっレイひゃんひさしふりにほっへつはふのはひひへほ、いはいへすよ!あぁもぉっ!頬っぺた摘むの痛いってば!もっと優しくしてくださいよぉ、レイさんのばーか!勝手に二人で行って来るピョン、もう知らないピョン」
拗ねるエレナの頭を撫でくりまわし「すぐ帰ってくるから」と軽くデコピン。 師匠に「行って来る」と声をかければにこやかに送り出してくれた。
ユリ姉と二人、手土産としてベルカイムでエールを一樽買うと、その足でフォルテア村に向かった。
明日の昼過ぎには村に着けるだろう。
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