6.登山④赤い少女

「まだ沢山あるからゆっくり食えよ」


 両手に串を持ち一心不乱に肉を貪る女の子、今日も余るかなと思っていた肉もこの子のお陰でキレイに片付くようだ。


 燃えるような赤い髪と同じく真っ赤な瞳、ボロ布を纏っただけの服はどこかから逃げてきたようでもあるのだが、それにしては肌は綺麗で、よく見れば整った顔はけっこう可愛い。

 見た感じ十二、三歳の線の細い娘、お腹はぺったんこだがお胸様は発展途上。そんな女の子がたった一人、こんな山奥で無事でいられる理由が分からない。


 あらかた肉を食い尽くし満足したのか、無心で食べ進めていた少女の顔にも笑顔が浮かぶ。

 マシュマロを串に刺して焼き、膨らんできたところで ホレッ と突き出してやると不思議そうに手に取り眺めた後、口に入れた途端に目を見開いた。


「もう一個食べる?」


 ルビーのように輝く瞳、コクコクと可愛らしく頷くので「後一つだけな」と炙って渡してやれば美味しそうに頬張る。

 嬉しそうでなによりだがコレでお終い、マシュマロは甘過ぎるのであんまり沢山食べるのは身体に良くないのだ。


 食後の口直しにとコップにお茶を入れて渡してやると フーフー しながらもちゃんと飲み、口内の糖分を洗い流している。


「それで、君は誰なんだ?どうしてこんな所にいる?」


 落ち着くのを待って優しく語りかけたアルへと、コップを置いて向き直る少女。


「私はサマンサだよ。どうしてって聞かれても困るけど、ここに住んでる」


「住んでるって、こんな危険な所にか? 父ちゃんと母ちゃんは居るのか?」


「ううん、私一人だけだよ」


 夜間、あれだけの魔物が姿を見せるこんな山奥で、とてもじゃないが一人で生活出来るとは思えない。

 一体どういうことだろう?


 翌日、サマンサの家に案内してもらう約束をし、今日は寝ることにした。


 どうやらアルの事が気に入ったらしくアルが横になるとそこに潜り込もうとする。

 なんだかんだで優しいアルも特に拒否するでもなく迎え入れ、抱き抱えるようにして一緒に眠りについた。


 ソレを見たユリ姉がもぞもぞと寄ってきて何気なく俺の隣で寝ているが……寒かったのだろうか?




「こっちこっち、早く来てよぉ」


 サマンサの身体能力は凄まじく、先導する彼女に着いて行くには魔法で身体強化をするしかなかった。

 ピョンピョン飛び跳ねるように移動していくサマンサが立ち止まって俺達を待つのはちょっとした崖の上にある洞窟の前。


「ここがお前の家なのか?」


「違う、近道なの。ちょっと暗いから気を付けて」


 熱量の無い炎を三つも飛ばして視界を確保してくれるユリ姉に感謝。


 入り口は二メートルと広かったのだが、すぐに屈まないと頭をぶつけそうになるくらいに狭まっていた。

 三十分くらい歩けば再び立てるほどの広さになる洞窟、かと思えば グルグル と右に周りながら上へ上へと登って行くような感じに。

 更に二時間ほど螺旋階段のような洞窟を歩き続ければ前方から光が差し込んできているのが目に入る。


 抜け出た先は絶景だった。


 いつの間にか山の八分目付近まで登っていたようで、そこから見えるのは今まで歩いてきた荒野にも似た茶色の大地と、その向こうには彼方まで広がる緑色の絨毯。


「綺麗ねぇ、良い眺め」

「こんなにも歩いてきたんだ。風が気持ちいいわね、ココ」


 心地よい風に靡く蜜柑と金の髪、景色も綺麗だけど二人も綺麗だよ──心の中だけでそう言うとサマンサに向き直る。


「眺め良いよね、私もココが好きなんだ。 でも、もう少しだから行こう」


 アルの手を握り、歩き出したサマンサはとても楽しそう。


 連れてこられたのはあの洞窟から十分位のとこにある洞窟。

 入り口は狭く一メートルぐらいの穴だったのだが、ドーム型の内は三十メートルぐらいありそうなだだっ広い場所。天井までも十メートルはゆうにある特大の空間で、家と呼ぶわりには一切の家具が無く、生活感というものがまるで感じられない。唯一と言っていい物が部屋の隅にポツンと置かれた何かの台座のようなオブジェがあるのみだ。


「ここがサマンサの家なのか?」

「そだよー、何にもないけどね」

「なぁ、アル……」


 途中から気になっていた事を言おうとしたが、やはりアルも思うことは同じだったらしく『それ以上は俺が言う』と目で制される。


「サマンサは火竜なのか?」

「うん、そうだよー。本当はもっとでっかいんだぞ」


 両手の爪を立てて何かを掴むような形にすると、顔の横に構え ガォーッ と怪獣の真似をする。その姿があまりにも可愛らしくてほっこりしてしまうが……この娘が伝説の火竜だって?

 パッと見、冗談だろと言いたくもなるが、たぶん彼女は嘘を言っていない。 こんな何もない山奥で只の女の子が一人きりで生きていける筈がないのだ。


「俺達は君に会いに来たんだ。サマンサはルミアという人を知ってるか?」

「ルミア……懐かしい名前だね。ルミアといえばほら、あそこの変なのを置いていったのはあの人だよ。飴ちゃん製造機、私のご飯を作ってくれるんだよ」


 オブジェに向かい歩き始めたサマンサに付いていけば、その最上部にある天板に置かれている赤い飴のような物を見せてくれる。


「ね、ねぇコレって……アレだよね?」

「あぁ、魔石だな。サマンサはコレを食べているのか?」


 アルの手に置いた赤い魔石を無造作に摘むと、口に放り込んで飴玉のように転がす。


「いつもはたまに出来るコレを舐めてるだけだけど、美味しそうな匂いがしたからそれを辿ったらアル達が居たんだよ」


 コロコロとサマンサの口の中を転がる魔石を見ていると俺も食べれるのかと変な疑問が浮かんでくる──が、恐らく無理だろう。魔石は魔石であり、飴玉ではない。

 自分の中の欲求を抑制する為にも本来の目的を達成しようと試みる。


「サマンサ、頼みがあるんだ。ルミアが君の爪を貰ってこいと言っていた。だからほんの少しでいいんだ、分けてくれないか?」


 右の頬を膨らますモノが左の頬へと移る、それを見ていると無性に飴ちゃんが食べたくなってきたが……鞄にあったかな?


 小首を傾げて少し考えたサマンサだったが、ポンっと手を打つとニコリと微笑んだ。


「ご飯ご馳走になったからそれぐらい大丈夫だ、ちょっと待っててね」


 舐めてた魔石を突然噛み砕くのでびっくりしてしまう。


 だだっ広い部屋の真ん中まで歩き、目を瞑ると、何かに集中を始めたサマンサ。すぐに大量の魔力が沸き起こるのが目に見えて分かる。

 するとサマンサの身体が眩しくないという不思議な光に包まれ大きく膨らんでいく。

 その大きさが部屋の中一杯まで広がり俺達まで飲み込まれるかと思った寸前で止まると、光が収まり赤い巨体が姿を現した。


 コレが火竜、なんて大きいんだろう。


 急に狭くなった部屋で丸まる武骨な爬虫類、全身を覆う鱗の一枚一枚が人の顔ほどもあり、艶やかで部屋に飾りたいほど美しい。

 畳まれて尚、巨体を覆うほど大きな翼、長い尻尾は地に伏せる身体を一周してもまだ余裕がある。馬のように長い首、その先にあるのは人間とはまるで違う形でありながらも凛々しさを感じさせる迫力のある顔。

 白い牙が整列するワニのように突き出た口、縦長の黒き瞳を内包する黄金の目。側頭部からは鱗、翼に続く竜の象徴たる角が大小二対で雄々しく突き出している。


「こんな姿じゃ可愛くないよね、ごめんね。はい、爪」


 見る影もない姿になろうとも発せられる声は、先程までの少女、サマンサのモノだった。


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