5.登山③妖怪出現!?

 上?また鳥か!?


 すぐさま飛び退けば翼を閉じてなお二メートルはあるかという巨体が弾丸のように降下して来ており、地面直前で広げた馬鹿デカイ翼の風圧で地面を転がる羽目になった。


 俺がいた場所で爪を空振ぶらせ、一扇ぎで空へと帰って行く。ユリ姉の声が無かったらあの爪に掴まれ空へと連れ去られていた所だった、危ない危ない。


(何っ!)


 胸を撫で下ろしたのも一瞬、再び空から気配を感じて慌てて転がり逃げると、またもや巨体が空から降ってくる。見上げればまだもう一羽、昨日のアクィラの上位種 〈ツィーゲンメルカ〉が合計三羽もやって来たらしい。


 戦場は弱肉強食、たとえ力で優ろうとも隙を見せればその立場は呆気なく逆転する。


 動きを止めた俺に飛びかかってくる気配、慌てて朔羅を振ると真っ二つになった猿が視界に飛び込んでくる。その隙を狙い逆側から飛びかかるもう一匹、これで終わりの筈だと思いつつ朔羅を突き出せば喉元を突き抜け光の粒子と成り果てるものの、間髪入れずに上から殺気が迫る。


 地面に飛び込むように転がれば、突風を残して頭上を掠めて行く鋭い爪。


 だが、やられてばかりでは面白くない。


(このやろぉ……)


 急転し、安全なる上空を目指すツィーゲンメルカ。奴の残り香である突風など気合で押し退け全力でジャンプすれば、魔法で強化された身体が悠然と空を駆ける巨鳥に追い付く。


(おせぇっ!!)


 追い抜き様の一閃、慌てて回避行動に出ようとしたツィーゲンメルカではあったが、それよりも先に振り抜いた朔羅が片方の翼を斬り落とした。



 雪辱を晴らしたことに満足したのも束の間、飛び出した勢いは止まらず無防備なままに更なる上空へと舞い上がって行けば、それが見逃される筈もなく、猛スピードで迫る巨大な鳥。身体だけで二メートル、翼を広げると四倍以上に膨れ上がる巨体が猿よりも早いスピードでやって来る。


 空中で体勢を整える事など叶わずちょっとやばいかなぁなんて思った直後、違和感を感じて見れば足元には透明な板。こちらを見ているリリィと視線がぶつかり結界魔法で空中に足場を作ってくれたのだと悟る。


「さんきゅ!」


 感謝の言葉を口にすると有難く足場を踏みしめる。

 迫る巨鳥、振り抜かれる黒き刃、俺など一飲みに出来そうなくらい大きな嘴を切り裂き一刀の元に両断すると、今度こそ落下に任せて地面へと向かった。



 フェルスカプラも猿も、残りは綺麗に掃除されて地面には魔石だけが転がる。空を舞う残りの一羽も分が悪いと察したのか、そのまま空の高いところで グルグル と旋回しているだけで襲って来る気配はない。


「ありがとな、マジで助かったわ」

「世話の焼ける奴。もっと後先考えて戦いなさいよ。貸しにしとくからねっ」


 心なしか機嫌良さげなリリィはそう言うと魔石を拾い始めたので、俺も散らばった魔石を拾い集めていると何時の間にか巨鳥はいなくなっていた。


 魔石は全部で三十個近くあり濃淡はあれど全てが緑色だったが、二つだけ黄色が混じっている。恐らくあの巨鳥だと思うが、確かに大きかったし空からという事もあって対処し難い相手ではあったが苦戦するといった感じもなかった。

 それでも先日、森で苦戦したグランオルソよりも格上になるということは、やはり身体強化の魔法が飛躍的な効果をもたらしているという事だろう。魔法ってやっぱ、凄いよな。


 そして驚きがもう一つ、朔羅の切れ味だ。硬いと思われたフェルスカプラの角をさしたる抵抗も無しに頭蓋骨ごと切り裂いた。惚れ惚れする見た目ではあったがここまで切れ味に違いがあるとは思いも寄らなかった。


 ユリ姉にその事を話すとニッコリと微笑む。


「白結氣もぉ凄く切れ味が良いのよぉ?勾玉もお揃いだしぃなんだか姉妹みたいな刀だねぇ。使った後はちゃんと血糊を払ってあげなきゃ駄目だからねぇ?」


 もちろん言われなくともやっておりますとも。またよろしく頼むぞ、相棒っ。




 その夜、いつものように結界くんに護られながら昨日のカモシカ肉の残りを食べていると、突然声も出ないほどに驚愕したかと思いきや プルプル と震える手で指を指すリリィ。


「な、な、な、な、なによっ、アレ!?」


 その先の暗闇の中、結界である透明な壁に吸い付く妖怪がいた。

 結界を噛み砕かんとする白い歯と、獲物を捕らえようと蠢く桃色の舌。全てを飲み込まんと待ち構える赤い洞窟は正に妖怪!


「いゃゃゃゃゃぁぁぁっ!!」


 目に涙を浮かべて飛びついて来るユリ姉。俺を盾にしながら服を掴むのはいいが、一緒に肉まで摘むもんだから超痛い!勘弁してくれっ。


 いや、待てよ……よくよく見れば身体を支えるために突かれた二本の手もあれば俺達と同じ形の身体も付いている。インパクトがあり過ぎて口にだけ目が行ってしまったが、結界に喰い付いたのは人間の女の子。ただ……『女捨ててない?』と聴きたくなるほどに凄まじいまでの “変顔” というだけだった。


 焚き火の光の加減で薄暗く、オバケにも見えるその顔はとても不気味。しかもこんな人気のない山の中、夜は色々な魔物が徘徊している所に女の子が一人でいるのはどう考えても不自然だ。


 もしや、話に聞くゴースト系の魔物か!?


「オバケ無理、オバケ無理、オバケ……」


 ひとの背中に額を擦り付け プルプル と震えながら呪文のように唱える様はなかなか見ることのできないユリ姉の弱い姿。


「なんなのよっ!アレ!!」


 リリィも俺の陰に隠れて二人で身を寄せ合ってはいるものの、 カタカタ 震えながらも恐る恐るソイツに目をやる。


「お前、誰だよ。なんでこんな所にいる?」


 その前にしゃがみ込んだアルが結界越しに聞いてみるが、返事はなく張り付いたまま。微動だにしないソイツの視線は焚き火に釘付けのように見えた。


「アル」


 ふと思うところがあり、いい具合に焼けていた串を手に化け物の前に持っていくと視線がついて来る。


 串が右に動くと視線も右に、

 串が左に動けば視線も左に、

 グルリと回せば視線も付いて回る……。


 吸い付いたままの口には透明な液体が溢れ、結界の壁を伝い落ちていく。


 アルの口の前に持っていけば意図を察しての食べる真似、すると目を見開き「んん!」とやっと声を発した。


「食いたいなら下さいとか言ったらどうだ?」


 ぢゅぽっという何とも言えない異音を響かせ結界から離れる化け物、もとい女の子。張り付いていた場所からはソイツの涎が垂れ流れる……き、汚い。


「くだしゃい」


 結界から離れ普通の顔を見せたソイツは意外にも普通に可愛らしい女の子だった。


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