4.登山②襲撃

 山登りも三日目を迎え、坂の傾斜も大分キツくなって来た。俺達が進む右手に急な斜面が壁を作り、それを見上げたとき違和感を感じて壁の途中で視線が止まる。

 目を凝らせば到底登れるとは思えぬ垂直に近い斜面の中腹に四足歩行の動物が何頭も居るではないか。


「ユリ姉、あれは何だろ?」

「ん〜〜っ?こんな所に居るくらいだから鹿か山羊かな?」


 今夜は焼肉!!……かと思われたがあんな所にいては狩る事も出来ない。

 お肉、食べたいなぁと眺めていれば、リリィも同じように見上げて不気味な笑いを浮かべる。口の端に光るモノが見えたが気のせいではないだろう。


「たまには贅沢なご飯も良いよね、たまにはっ」


 何処かにトリップした怪しい目つきで何事かを呟くと上から音がする。驚き見上げれば落石と共にバランスを崩して落ちてくる一頭のカモシカ。

 だがそんな所を平然と登れる動物なだけあり、滑り落ちながらも何とか足場を確保しようともがくいていたのだが、一度付いた勢いは止められなかったようでそのまま崖下に転がり落ちてきた。


「お肉にくにく、おにくにくぅっ!」


 異様な殺気に当てられ全身を震わすものの足を怪我していては逃げる事も叶わず、不気味な光を目に灯したリリィに首を刎ねられあえなく食料と成り果てた。



 崖に刺した杭に吊るして血抜きをしていると、大型の猫のような奴が四、五匹で少し離れた岩陰からこちらの様子を伺っている。


「ヤツら、私の肉を盗ろうって魂胆ね!そうはさせるもんですか、これは私が食べる肉なのよ!」


 仁王立ちで猫達に向け両手を伸ばしたリリィ、一拍の間を置けばその内の一匹が突然血しぶきを上げるので目を疑ってしまう。


 慌てて飛び退く他の個体、だが、またしても上がる赤いしぶき。その様子をまじまじと観察していれば、透明な剣のようなモノが宙を舞い猫達を切り刻んでいるのが見て取れる。

 リリィの作り出した結界魔法が剣をかたどり、離れた場所にいる対象を襲っているのだ。


 結界魔法って武器にもなるのね。強力な盾でもあり、乗って空を飛ぶことも出来る……もう無敵じゃない?


 瞬く間に死骸に成り果てた猫達、ちょっかいをかけようとしていたとはいえ何とも可哀想な限りだ。


「フンッ、私のお肉を狙うからよ」


 勝ち誇ったリリィは既に本日の夕食となるカモシカの元に向かっている。


 すると、猫だった物の元に数羽の鳥が降り立ち肉をついばみ始めた。彼らの命も無駄にならずに済みそうで一安心するのも束の間、今度は吊るされているカモシカに向けて急降下する何かが視界に入る。


「ああっっ!!」


 気付いたリリィが叫ぶもののそんな事で止まる奴ではない。


 だが、それと同時に飛び出したオレンジの影。獲物の直前でスピードを落とした襲撃者とぶつかり、勢いそのままに壁へと叩き込む。


 既のところで襲撃を阻止したのは他ならぬユリ姉、手に持つ白結氣しらゆきが翼長四メートルもある大きな鳥の胸を貫通し壁へと突き立てている。〈アクィラ〉と呼ばれるソイツの目は赤黒く光り、モンスターである事を示していた。

 一撃で絶命したアクィラは暴れる事もなく光の粒子となって姿を消すと、後には緑の魔石が転がる。


「流石ユリ姉、よく気がついたわね」

「ちゃんと周りを見なさいよぉ?せっかくのお肉も取られちゃうわぁ。

 魔物の多い森でもそうだけどぉ、自分で気配の探れる範囲を決めてぇ常にその範囲の動きを監視しなさい。そうすればぁ突然襲われる事は少なくなるわぁ、自然の中でわぁ必須の技術よぉ」


 今はユリ姉がそうやって感知してくれているが、そうでない時は自分でやらなくてはならなくなる。また一つ修行しなくてはならない事が増えたな。


 これ以上襲われるのも嫌になったので、さっさと安眠君で結界を張ると焼肉の準備に取り掛かる。血と肉の焼ける匂いの威力は凄まじかったようで観客が次から次へと増えているようだ。たまに争う音や ギャウギャウ と言った声が聞こえてくる中で美味しくカモシカの肉を頂くと、食べ切れなかった肉を鞄に仕舞いまたしても大勢の観客がいる落ち着かない中で眠りにつくことになった。




 翌朝、目が覚めれば結界の周りに生き物の姿はなく、所々で血の跡や骨が転がっていたので、やはり多くの観客がいた事が窺える。この山の住人は夜行性が多いのか、あまり遭遇していない事を不思議に感じつつも移動を開始する。


 その日は前日までと違い空気が重かった。多分瘴気の多さが原因だろう。これはいよいよ来るなと思い身体強化の魔法を最弱でかけておく。そうしておけば魔力消費は少なくて済むし、いざという時は素早く動く事が出来るのだ。

 微弱とは言え強化された身体は良く動き、昨日よりも遥かに足取りが軽い。魔法って凄いよな。


 軽快に坂道を登って行くとやはりお客さんが登場した。


 体調二メートルの四足歩行の山羊は俺達と殆ど変わらない身長のせいか余計に大きく感じる。

 モンスターの証である赤黒い目、顔の横には頭から生えたツノがグニャリと曲がって突き出ておりアレに刺されたら痛そうだ。


 七頭の山羊を眺め身体強化を高めつつ、どう攻めるかなと考えているとユリ姉から注意が入る。


「アレわぁ〈フェルスカプラ〉見ての通り山羊のモンスターねぇ。素早い突進とぉ角に気をつけてぇ。あとわぁ突進後のぉ後ろ足での蹴りかしらねぇ」


 言葉を噛み締めながらようやく出番の来た朔羅を抜き放つ。気合を入れて一気に踏み込むと、狙いを定めた一頭に向けて黒い刃を振り下ろした。


 左右に飛び退くフェルスカプラ達、だがソイツは俺とやり合う気でいるらしく足を踏ん張り角で応戦してくる。

 立派な角と接触した硬い衝撃が来ると予想したのだが、僅かな抵抗があったもののあっさり角を切り裂きそのまま頭の骨まで通過するとフェルスカプラの頭の半分がズレ落ちた。


「!?」


 ソイツの身体が光の粒子に変化する最中、あまりの手応えのなさに目を丸くしたのだが敵のど真ん中で止まる訳にもいかない。

 踏み込んだ足を軸に直角に方向を変えると、二つに割れた片方の集団に斬りかかり一頭の首を落とした。


 こんなもんなの?と疑問に感じつつもう一頭も仕留めようとするが、足元から飛びかかってくる何かに気が付き急ブレーキをかける。


「おわっ!」


 咄嗟に朔羅を盾にすると ギンッ という硬いモノがぶつかり合う音と共にそう重くない衝撃、飛びかかってきたのは八十センチ位の猿型のモンスターだった。 全く気が付かなかったが小さな岩に擬態していたらしい……って事は、あの辺りの小岩が全て此奴等ってことか!チッ!


 ソイツは素早く反転すると十センチもある四本の長い爪を開き、果敢に飛びかかって来る。

 直線的に飛んで来るので朔羅の長さを生かして喉元を突いてやるが、すぐ横から飛びかかってくる別の個体。慌てて横薙ぎに朔羅を振り迫り来る爪を凌ぐと、次から次へと姿を現した猿達が一斉に向かって来る。


 前後左右から飛び交う爪の応酬、突いて、斬って、躱してと忙しく動くものの身体強化というのは凄まじく、素早い猿達の動きにも難なく付いていけている。

 合間を縫ってフェルスカプラも突進して来たのだが猿に比べたら動きが遅くとても脅威とは言えない。しかし、それを利用し猿共が死角から飛び出してくるのでそっちの方が厄介だ。


 素早く連帯して襲いかかる猿だったがリーチの差というのはかなり大きかった。八匹ぐらい居たはずの猿もあっという間に二匹にまで数を減らし、フェルスカプラも倒したところでユリ姉からの声が響く。


「レイ!上よっ!」



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