8.予期せぬ再開
緩やかな時の流れを感じる静かな森の中、ユリ姉と二人きりの散歩を楽しんでいれば、そこに水を差すかのように聞こえてきた人の声。
村の誰かが狩りにでも来ているのかと思ったが、言い争うような様子に耳を澄ましてみる。
「そんなの聞いてないわっ!わたくしは反対よ。場所なんて他にいくらでもあるでしよ!?」
「お前はまたそんな事を……やはり教育が足りないようだな。 ケネス、お前一人で開拓して来なさい、やれるな?」
「勿論だ」
ケネス?……ケネスだと!!
聞き覚えのある名前に耳を疑うが、息を殺して木陰から顔を覗かせれば背中に大きな剣を背負う頭に布を巻いた男と、こんな場所には不釣り合いな薄藤色の髪の美女──やはり、ケネスとアリサだっ!
貴族のように身なりの良い男が俯くアリサの腕を掴み一瞬で姿を消すと、一人残されたケネスも気味の悪い笑みを浮かべたかと思った途端に消えて無くなる。
──言いようのない悪寒が背中を駆け登る。
余りの不安から隣を見ればユリ姉も難しい顔をしていたが、すぐに取られた右手に赤青緑の魔法が浮かべば彼女も同じ考えなのだと理解し、それを受け取った。
手早く済ませた身体強化、焦る気持ちに煽られ急ぎ足で森を駆け抜ける。『村が無事であってほしい』ただそれだけを胸に速度を増して動き続ける両の足。
ドンッ! ドドドンっ!
森に響く爆発音と走っていても感じる振動、発信源は目指しているフォルテア村の方角!
──みんな……爺ちゃん……母さん!
張り裂けそうな絶望感、同時に血の気が引いていくのが自分でも分かる。それと同時に吹き上がる黒い感情……ケネス!絶対に許さない!!
──母さん達だけでも無事でいてくれ!
早く着きたい思いから、ありったけの魔力を注ぎ込んだ身体強化。軽く早くなった身体は風のように森を駆け抜け一心不乱に故郷を目指す。
「レイ!待ちなさいっ!レイッ!!」
遠くにユリ姉の声が聞こえた気がしたが、気に留める余裕が俺にはなかった。
▲▼▲▼
「はーーはっはっはっはっ!死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!人間なんて全て死に絶えてしまえばいいんだ!!ほらほらどうした?早く逃げないとっ! ほぉら言わんこっちゃない、死んじまうぞ?ほらほら逃げろ逃げろっ。ウジ虫共め!俺が根絶やしにしてやるよ、クックックッ。
あぁ気分が良い。ゴミの始末をする時ほど気分の良いものはないな。ほらほら、さっさと死ねよっ!」
爆発を起こし人間を炙り出しながら、手にする長剣でそれを切り裂く。
目にする全てを破壊するケネス、彼の通った後には数分前まで家だった物や人間だったモノが無惨な姿で転がる。
もはや見渡す限りに動く者はなく、怨嗟の如く燃え盛る炎と煙とがその場を支配していた。
「ちっ、もう終わりかよ。もっと沢山居れば遊び甲斐もあったのにな、つまんねぇよ。なんでこんな奴らに俺達魔族は ビクビク しなきゃならないんだ?さっさと根絶やしにしてしまえばいいのに……なんだ?」
妙な気配に立ち止まる。それは自分に向けられる怒りと殺気。
少しは歯向かう奴が居るのも悪くない、そう思い向かってくるだろう相手を待つことにした。
「ぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉっ!!」
姿が見えたかと思いきや、一瞬で詰められる間合い。全身をしならせ振りかぶられる黒い刀、その顔はケネスの予想通り怒りに塗り固められていた。
「ククッ」
飛び出して来た奴を見て思わず笑みがこぼれる。それは疎ましく思っていたアリサに付き纏う人間、ケネスにとっては最高の遊び相手にして今もっとも殺したい奴の一人であった。
自然と綻ぶ口元、高揚感に胸を躍らせ迫る
ぶつかり合う二つの剣、持てる全ての力を賭して強化された肉体だというのにケネスの大剣の前にいとも簡単に止められてしまう。
だがそんな事は御構い無しに次々と朔羅を打ち込むレイ、その様子は鬼気迫るもの。
ただひたすらに、ただ力任せに朔羅を振り続ける。
「なんだよなんだよ、パワーもスピードも前より格段にマシになってるのに、そんな技じゃ俺には届かないぜ?」
嵐のような斬撃は太刀筋を目で捉えるのが困難なほど。しかしそれを捌き切り、興醒めだと言わんばかりのおもむろな一撃でレイを吹き飛ばしたケネス。
だが地に手を突き滑べる勢いを制したレイはすぐ様体勢を立て直すと、再びケネスへと飛びかかっていく。
「お前、強くなったのか弱くなったのかどっちだよ。つまんねぇならさっさと殺すぞ?」
再び巻き起こる斬撃の嵐、余裕でそれを捌くケネス。
レイは全力で強化魔法を使い続けているにも関わらず掠る事さえ叶わない。苛立ちを募らせれば、それに比例して深まる故郷を害された怒り。
もう既にレイの思考はほぼ停止し “ケネスを殺す” 事しか頭には無い。
感情の赴くまま
「何か違うな、その顔からすると怒りで頭おかしくなったか? この感じはもしかして……此処はお前の村なのか?
だとしたら笑えるなっ! てめぇがアリサにちょっかい出すからバチが当たったんじゃねぇのか?んん?ざっまぁねぇな!!ハッ! ほらほらどうしたよ?村の仇はここだぜ?ハーーッハッハッハッ!」
『村の仇』と言われて怒りのギアが一段階上がる。すると、握り締めたレイの拳から黒い霧が湧き出たかと思えば、朔羅を伝い黒い刀身を薄く包み込む。
よく見ないと分からない程度ではあるが黒い肢体の朔羅が黒い光の幕に覆われて異様な雰囲気を放っている。
背筋を駆け抜けるただならぬ気配、本能的に危険を感じ取ったケネスは目敏くも原因たるソレを見つけはしたのだが、まさか自分がこんな奴に恐怖するなど有りはしないだろうと己の直感を否定してしまう──それは大いなる誤算。
黒い霧を纏った朔羅を振りかぶり、憎きケネスに怒りをぶつけようとするレイ。
当然の如く、そんな見え見えの攻撃など効かないと己の剣で弾き返しにかかるケネスだったのだが……先程までとは異なり、伝わるはずの金属の衝撃も、響くはずの剣戟音無いままに、合わせた筈の大剣を黒い刀身が通り抜けた。
「!!」
瞬時に全神経を集中させたケネスには時が止まったかのように感じられ、大剣が二つに分かれて行く様子がゆっくりと目に映る。
咄嗟に後ろに飛ぶが完全に避ける事は叶わず、腹部に走る痛みと同時に赤い血が僅かに飛び出したのが目に入った。
「ちっ!なんなんだそれはっ!!」
高まる焦燥感から無闇矢鱈に紫炎を連発、更に後ろに飛び退き距離を取るケネスだが負った傷はそこまで深くはない。
武器が無くとも奴を殺すぐらいは出来る、そう思った矢先だ。
「レイっ!!!!」
魔法の直撃により地面に転がるレイに駆け寄ったユリアーネ。慌てて抱き起こすが、爆発のわりにダメージの少ないレイに胸を撫で下ろす。
途端に腹の底から沸き起こる黒い感情。レイの怒りが伝播したかのように腹わたが煮え繰り返り、射殺すかの勢いでケネスを睨みつける。
「なんで魔族がこんなとこにいる!なんでこの村を破壊するのっ!なんで魔族はいつもこうなの!?」
(私の村を奪い、レイの村まで奪った。魔族なんて許せない!私が根絶やしにしてやる!!)
「武器も無しにニ対一では勝てんな、今日のところは帰る。また会おうぜ牝犬」
呆気なく姿を消したケネス。そうなると怒りの打つけ所が無くなりイライラが増すユリアーネではあったが、レイのうめき声に我を取り戻す。
自分の腕の中で気を失う愛しい人、自分と同じく故郷を奪われた痛みを負ったその心が居た堪れなくなり思わず腕に力が入りキツく抱きしめた。
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