10.酔っ払い
結局我儘を押し通したノンニーナは俺達に付いて来るらしい。
言いたい事だけ言い終えると カクン と力無く頭を垂れたノンニーナにびっくりしたのも束の間、何事もなかったように顔を上げた彼女は柔らかな微笑みを携えていた。
「なんかそう言う事らしいので、よろしくお願いしますね、レイさん?」
再びヘルミと入れ替わったノンニーナは俺の傍まで飛んで来ると、少し遠慮がちに肩へと腰を降ろして腫れ物にでも触る勢いでそっと耳に手を添えてくる。
昨晩ノンニーナの言った “居心地の良い椅子” とは俺の肩かよ!とは突っ込みを入れたくもなったが『駄目ですか?』と自信なさげに小首を傾げて微笑むヘルミを見ると何も言えなくなる自分がいた。
思うように首が回せなくなるだけで特に嫌ではないので『まぁいいか』と微笑み返せば安心したようで、はにかみながらも小さく舌を出す姿に可愛いと感じてしまう。
「トトさまは種族問わず誰にでもモテモテですね」
「まったくよねー、困っちゃうわ」
「まぁまぁ……」
「これも虚無の魔力の力なの?」
「モテるという事はそれだけ魅力的だという事ではないですか? そんな人が旦那様で光栄ですねっ」
人に好かれるのは嬉しい事だが、それ以上の感情を持たれても四人の妻と一人の婚約者を持つ俺にはその気持ちに応えてあげる事が出来ない。
当初、ユリアーネの望みだからと自分を好きになってくれる人は受け入れようと決めたのだが、流石に誰彼構わず無制限にそんなことをしていては相手の気持ちを踏みにじるだけだと気付けたので、ユリアーネの意には反しているのかもしれないなと考えつつ、最近光を帯び始めた白結氣にぶら下がる白い精霊石を指で弄った。
▲▼▲▼
ファナとケールを始めとするフォレシェルに住むシルフ達に見送られて風の絨毯で飛び立てば、平和な空の旅の再開だ。
「たいした料理などせぬシルフでも多彩な果物を使ってやる酒造りに凝る者は多く、なかなかに美味いと自負しておったというのに、人間の造る葡萄酒も遜色無いほどに美味いものだな」
再び入れ替わったノンニーナが言うには、これくらいの速度ならば二日でザモラ山脈の麓に着くだろうとの事。
たまに飛んで来る鳥型の魔物をティナとエレナが競い合って撃退するだけで特にやることも無く、暇を持て余したアリシアが紅茶の代わりにワインを寄越せと言い出したので、それに乗っかるノンニーナと共に詰め寄られて渋々一本だけ鞄から取り出して皆に少しずつ配った。
「お母さん、飲みすぎるとまた頭痛くなるよ?」
朝まで飲んでいたというのにまだ飲みたいのかと呆れる視線など物ともせず キュッ とグラスを空けると『おかわり!』と口には出さずににこやかな視線だけで空のグラスを差し出して訴えるアリシアにエレナのお小言が口を衝くが、よく聞こえるはずの長い耳には入って来なかったようだ。
「これで終わりだぞ?後はまた夜に出すけど、飲みすぎは体に良くないから少しだけな?」
「えぇ〜っ!まだ沢山持ってるんでしょ?二、三本飲んでもいいじゃないっ。ケチっ!」
介護が必要なほど酔っ払わなければ飲むのは構わないが、この人はそうではないようだった。
となればこっちでコントロールしてやらなければみんなに迷惑なので、すまなそうな顔をしているライナーツさんにウインクで『大丈夫』と告げると二杯目をアリシアとノンニーナのグラスに入れてやった。
金が余っている俺が買って来たワインは一般的に酒場で出されるような安物ではなく、貴族達が食事の席で飲むような所謂高級な物だ。
安酒と比べるとワイン自体の深みが違うらしいのだが、残念ながら俺にはよく分からない。
ただ、違うというのはよく分かるほどに安い物と比べると重厚感のある味がして、渋味のある、アルコール入りの濃厚な葡萄ジュースのような感じがする。
サラやコレットさん、それにララなんかは食事の時に出している何十種類も買って来たワインの違いを愉しんでいるようだが、ティナやモニカは貴族の娘ではあるがそこまで違いが分からないようだ。
意外だったのは、見た目からして武骨そうな印象を受ける筋肉マッチョのジェルフォさん。
飲む前にグラスの中でワインを回して香りを楽しんだ後で一口含み、舌の上で転がし味を堪能して鼻から抜ける香りまで戴くというワイン通な飲み方を毎回しているのを目にする。
口には出さないが、フェルニア暮らしの長かった彼ではあるものの人間の造るワインという物が至極気に入った様子で、食前酒を嗜むように、食事の始めはワインを愉しんでからという彼の中のルールが出来たようだ。
「ね〜ぇ〜、レイくぅんっ」
モニカの水蛇のように雷龍を自在に操りたいというティナの申し出により、エレナの焼いてくれたクッキーを齧りながらモニカ先生とララ先生の講義を交えつつ雪を膝の上に乗せてのんびり練習をしていると、空のグラスを片手にアリシアが背後から抱き付いてくる。
「何? お代わりはあげないよ?」
否応無しに想像を掻き立てられる物が背中に当たる感触を気にしないよう涙ぐましい努力をしながらも平静を装い、彼女の求める物を拒否するのだが、二杯飲んだだけにしてはやけにワインの匂いが強い気がする。
「ねぇ〜、おねがぁいっ。あと一本だけ、あと一本で終わりにするからぁ、ワイン出してっ、ね?」
絶対わざとだろ!と言うほどにグリグリと胸を押し付けながら聞き捨てならぬ事を言い出したので、もしやとアリシア達の相手をしていてくれたコレットさんへ振り向くと、困り果てた顔でワインボトルの首を持ち、揺すって空だと教えてくれる隣でウサ耳がペタンと倒れてしまったライナーツさんが盛大な溜息を吐きながら倒れたボトルを起こしていた。
「二杯目で終わりって言わなかったっけ? 何で二本も空のボトルがあるの?」
自分が居た方に視線を向けたまではいいが都合の悪い物は見えなかったかのように首を戻すと、身を乗り出して至近距離で顔を覗き込んで来る。
「ねぇ〜、おねがぁい♡」
スパーーンッ!!
甘ったるい声で人差し指を唇に当てながらおねだりする義理母様に ドキリ としたのも束の間、乾いた音が長閑な青空へと響き渡る。
すると、そんなに衝撃は無かった筈なのに目を回して崩れ行くアリシアの向こうで、怒りの炎に満ちた目をしたハリセン片手に仁王立ちするララがいた。
「酔っ払いがっ!!大人しくしてなさいっ!」
リリィはララによって身体を支配されていて彼女の意志無しでは出てこられず、半分眠りに就いているような状態。
今リリィの身体を動かしているのは紛れもなくララなのだが、出会った当初、少しおかしなところはあったものの貴族のお姉様然とした淑女のイメージがあったのだが、なんだか段々とリリィに似て来た気がして不思議に思え、思わず小首を傾げてしまった。
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