9.何事もほどほどに

「何よこれ!? 凄ぉぃっ!!」


 身長四十センチのシルフ達の家に入れるとは思っていなかったが、ちょっと見学にと高所に造られた家の高さまで風の絨毯で上がったところ、ファナもケールも目を丸くしている。


 魔法とはイメージ次第でほとんどの事は出来てしまうスグレモノ。

 こんな物がなくとも空を自在に飛べるシルフに空飛ぶ絨毯の発想が無かったとしても不思議ではないだろう。


 二人に案内されたシルフ族の集落 《フォレシェル》は地上から五メートルほどの所に組まれた足場の上に建てられた小さな家が其処彼処にある、言うなれば鳥の巣箱の群棲地ような印象を受ける所だったのだが流石に失礼なので口には出さなかった。


 興味が湧いてしまいケールの家の中を覗かせてもらったところ、外側は加工の無い木をそのまま組み合わせただけのログキャビン風に見えるのだが、内側はしっかりと加工が施されており、人間の造る家と遜色無いようだ。

 木の上なのに大丈夫なのかと思われた竃も、大きな石を切り出した台の上に組まれているので心配には及ばないとの説明があったが、そんなに頻繁には使わないのだと言う。


「火も使わないで何を食べてるの?」


 俺達を代表してモニカが疑問を口にすればティナもうんうんと相槌を打っている。


「主食としているのは一年中豊富に生る様々な種類の木の実ですので、キュキュッと拭いてそのままパクリなので特に火は要らないのです。

 ですが決して料理をしない訳ではなく、先程戴いたようなスープなんかも作りますし、週に一度程度ですが魚や肉なんかも獲って来て食べてますよ。

 そういうのは流石に火を使わずには食べられないので獲物が獲れたときは広場で火を焚き、皆で戴くのです」


 ファナが説明してくれている間にも他の家から訝しげに顔を覗かせるシルフが何人もいる。

 フェルニアの奥地ということもあり人間が訪れることなど無いのだろうが、あまりにも興味深々に見られるのでなんだかむず痒いものを感じた。


「レイ殿っ」


 聞き慣れた声がして下を覗けば、笑顔で手を振るジェルフォとライナーツさんが昨晩のシルフ隊でリーダーをしていたポッコリお腹のちょび髭くんと一緒にすぐ下にいたので風の絨毯を降下させる。


「お父さんっ、お母さんは?」


「それがな、どうやらノンニーナ様と意気投合したらしく二人で飲み明かしたようで、朝方ようやく眠りに就いたらしい。いい歳をして何をしているのやら……恥ずかしくなるよ」


 ウサ耳も元気なく垂れてしまったライナーツさんからは心底呆れた様子が伺える。

 いくつになっても楽しめる時に楽しむのは良いことだと思うのだが、そういうものでもないのかな?


「おはようございますっ。皆さんお揃いでアリシアさんを迎えに来たのですか?」


 アリシアと一緒に飲んでいたと言うノンニーナがふわふわと風に運ばれるようにゆったりと飛んで来たが、その姿にはどこか違和感があった。

 よくよく考えれば、酔っ払ったノンニーナの身体をヘルミが使っているのであればヘルミが酔っ払っているのも同じ事。自分が飲んだ酒ではないのに酔っ払っているというなんとも違和感のありそうな状況だがそういうのも慣れっこなのだろう。


「ヘルミ、大丈夫?」

「ふぇ〜?何がれすかぁ?わたしはいつもどおりれすよぉ?朝なのにちょっと眠いくらいれすかねぇ」


「グランマ……はいっ、お水飲んで」


 彼女達には大きめのジョッキのような容器をファナから受け取ると、腰に手を当てて ゴクゴク と一息で飲み始める。

 酒なら兎も角、水をそんなに一気に飲めるものなのかと何百年も生きている老体のはずの小さな身体をみんなで見つめていると「プハァ〜っ」とやり切った感満載の笑顔で全部飲み干してしまった。


「ファナちゃん、ありがとう。ノンに会ったらほどほどにしてねって言っておいてくれる?まだ身体がフワフワするわ〜」


「もう一杯飲んどく?」


「ごめ〜ん、無理っ!お腹がはち切れちゃう」


 たいして膨らんでもいないお腹をさすりペロリと舌を出したヘルミだったが、さっき飲み干した大量の水は何処へ行ったんだ!?


「へ?」


 突然ヘルミの身体が白い光を発するので驚くシルフ達は当然の如く、皆の視線を集めたのは言うまでもない。


「ほぅ、これは良いのぉ」


 すぐに光は収まったが、どうやらサラが癒しの魔法で二日酔いを治したことによってノンニーナが目を覚まし、ヘルミは鳴りを潜めてしまったようだ。

 ノンニーナの方が元の人格と言うだけあって彼女が寝ている間しかヘルミは現れない、彼女の説明通りそういう事なのだろう。


「グランマ、楽しむのは良いのですが何事にもほどほどと言うものがあります。客人を相手にはっちゃけ過ぎるのは如何なものかと思いますよ?」


「そうだな、やはり我のような者が族長をやっていてはシルフの沽券に関わるだろう。しっかり者のファナのならば卒なくこなせるだろうとは思わぬか?」


「またそうやって押し付けようとする……いいですか?我がシルフ族の族長はグランマです、それはグランマがボケて介護が必要になるまで変わりありません。いい加減に諦めてください」


「そうかそうか、まぁ今はそれで良い。サラ、すまぬがその魔法でアリシアも起こしてやってくれぬか?」


「やっだぁ〜、ノンちゃん、わたしぃ寝てないわよぉ〜。

 ところでさぁ〜ぁ?誰なの?人の迷惑顧みないでガンガンガンガンとうるっさい鐘鳴らしてるの……あったま痛いからやめてくれないかしらぁ?」


 背後からエレナに抱きついたアリシアは煩わしそうに眉間に皺を寄せながらこめかみを押さえているが、鐘が鳴っているのは彼女の頭の中だけのことだろう。


「お酒臭っ!? ど、どれだけ飲んだの?」


「エレナ、お願いだから鐘を止めさせて。頭が割れてしまいそうだわ。おまけに胃がムカムカする、気持ち悪いし吐きそう……この歳で赤ちゃんでも出来たのかしら?」


 見た目は娘であるエレナと変わらないので “この歳” とか言われても説得力ははいが、すぐそこに旦那様が居るのに俺へと冷たい視線を向けるのはあらぬ誤解を生むので止めて欲しい。


 ジト目で俺を見るティナのほっぺを摘んでやると『分かってるわよ』とばかりに ポンッ と肩を叩いてきた苦笑いのサラがアリシアに向かい手をかざす。

 僅かな間だけ白い光に包まれたアリシアは鳴り響いていた鐘が止んで元気を取り戻したようで、おんぶを催促するように力無くもたれかかっていたエレナから体を離した。


「それだけ素晴らしい魔法を見せられれば其方がサルグレッドの王族だというのも納得出来よう。ファナ、我はアリシア達と旅に出る。シルフ族の事を頼んだぞ」


「だ〜から駄目だって言ってるじゃないですか!グランマじゃなきゃシルフは……」


「安心せい、数日留守にするだけだ。こ奴等はこれから西のザモラ山脈に向かうのだという。アリシアの話を通すには我がおった方が早かろう。その間は其方がシルフを纏めるのだ、これは族長命令、よいな?」


「そんな横暴な……」


「横暴でもボウボウでもシルフの族長は我だ、族長に従うのが一族の務めであろう? 悔しければ其方が族長をするが良い。それが出来ぬと言うのであれば我慢して族長になったときの練習でもしておれ。

 長くとも一週間だ。何があっても尻拭いはしてやる、それまで思うがままにやってみるがいい。

 ケール、その間ファナを支えてやれ、頼んだぞ」


「ハッ!お任せください」



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