21.策略

《パラシオ》と呼ばれるレッドドラゴンの住処。その城の中心地にあったのは、階段状に造られた観客席が取り囲むコロッセオと呼ばれる闘技場。

 ドラゴン姿のギルベルトが三体並んでもまだ余裕がありそうなほどの広さはサルグレッドに在った物より少し小さい程度なのだが、そんな物が城の敷地内に造られているとは驚きだ。


 二メートルの壁に囲まれた闘技場内に足を着けたギルベルトの巨体が光に包まれると、背に乗る俺達の事など忘れたかのように見る見るうちに小さくなり人間の姿を形取る。



「ギルベルト様っ!」



 ノンニーナのおかげで五メートルの高さから放り出される事なくゆっくり地面へと降りて行くと、赤茶色の髪を靡かせて走り寄る女性の姿があった。


「クラウス様はどうされましたか?」


 結構な勢いで走って来たにも関わらず息を切らすことなくギルベルトの半歩手前で急停止すると、若干引くほどの強い眼差しと共に己の疑問をぶん投げる。


「どうもこうもないぞ? 見かけたからお前が鬼のような顔をしていたとは伝えたが、その後どこに行ったかなど俺は知らん。部屋には帰って来なかったのか?」


「そんなっ!ちゃんと呼び戻してくださいって言ったじゃないですか!?親子揃って適当なんだから……世話するこっちの身にもなってください!!」


「まてまてまてっ、お前に世話される謂れは無いぞ? 確かにあいつの教育を頼みはしたがお前だって世話を妬かれる立場なんだ、そこは理解しろよ」


「私は自分の事は全部自分でやります!それはついこの間お話しした通りです。もう忘れてしまったのですか? 歳取り過ぎて頭悪くなったんじゃないんですかっ!?」


 相手がギルベルトでなければ穴が空くのではなかろうかと心配になるほどの強さで、人差し指をツンツンツンツンと分厚い胸板へと突き入れる女の姿を眺めていると、今になってようやく気がついた様子で俺達を見てハッとする。


「人間が何故ここにっ!?えっ?白ウサギ……獣人王家も一緒って……えぇっ!?ノンニーナ様までいらっしゃるじゃないですか!

 これは一体何事なのですか!?ギルベルト様っ!まさか、また悪巧みを……ぁ痛っ」


 叩き込まれた手刀を防ごうと試みるものの失敗し、脳天を直撃された女はさも痛そうに頭を押さえて恨みがましい目をギルベルトへと向けるが、当の相手は呆れた顔をするのみでそんな視線など露知らずだ。


「何が『また』だ。人聞きの悪い事を言うんじゃない。俺がいつ悪巧みをしたのか言ってみろっ」


「先日クラウス様と一緒になって私の嫌いな蜘蛛をタンスに入れたのはどなたですか?その前はクラウス様と一緒に私のスープに辛実の絞り汁を入れたじゃないですか!

 その前はクラウス様と一緒に私の湯浴みを覗きに来ましたよね?その前はクラウス様と一緒に……って、あれ?」


「そらみろ、やったのは全部クラウスで俺は何もしてないぞ?しかもそれは “悪巧み” じゃなくてただの “悪戯” だろうが。ったく、姉弟仲が良いのは結構だが二人の遊びに俺を巻き込むな」


 他にもされた悪戯の事でも思い出しているのかオデコを突つかれ一歩後ろに退がるものの顎に手を当てて考え込んでいる様子。


「相変わらず忙しないな。二百年経っても落ち着かぬ其方の性格は一生治らぬのか? そんな事ではこの先、いくつ歳を重ねても其方を好いてくれる者など現れはせぬぞ?」


「おだまり下さい、ノンニーナ様。でっかいお世話です。 子を産めぬ私にはそのような者は必要ありません」


 なんだかキツそうな性格のようだが、ギルベルトの息子であるクラウスの姉と呼ばれた女の容姿は綺麗なお姉さん系美人。

 切れ長の目がその性格を物語っているように感じるが、細めの輪郭の顔にバランスよく整った目鼻と可愛らしい桃色の唇はリリィやサラにも見劣りはしない。


 だがサラマンダーであるはずの彼女には違和感が二つある。


 ビキニにパレオでは無く、クラウスやギルベルト同様お腹の出ている短い黒シャツに白く引き締まったおみ足を惜しげもなく見せるホットパンツ姿なのは一先ず置いておくとしても、そこから伸びる尻尾の形は同じながらも赤茶色でなく白色なのは説明を求めたい。


 そして二つ目の方が強く疑問に思うのだが、俺達の前に現れたサラマンダーは誰一人例外なく『作り物ですか?』と聞きたくなるほどに大きなお胸様を携えていたにも関わらず、ギルベルトの前に立つ女にはそれが無い。


 別段 “無いのがおかしい” と言うわけではないが、こぞって持ち合わせていた “凶器” を一人だけ持っていないのが違和感を感じるだけであって、決して唯一の例外であったまだ幼いリュエーヴよりは少しだけ膨らんでいる程度の胸が気になったわけでは、ない……。


「かっちーーんっ! そこの人間!私をジロジロ見て何を考えたのか言ってみろっ!!言いたい事があるのなら男らしくはっきりと口に出したらどうだ!?」


 ガン見し過ぎた俺にも非はあるが、ここに俺達を連れてきたギルベルトと話をしていれば自然と注目するのは当然の事。

 だが彼の娘とあらば仲良くしておくのが得策なので、対人関係を築くのにとても大事な第一印象の為にも発する言葉には細心の注意を払わなくてはいけない。


「じゃあ聞くけど、君はサラマンダーのはずなのに尻尾が白いのはなんでなんだ?」


「クククククッ、俺の娘だと気を使わなくても大丈夫だぞ?お前が気になったのは尻尾の色じゃなくてこの “ちっパイ” だろ?」


「ちょっ!?ギルベルト様!!!!」


 肩を組んで捕まえると、いくら娘とはいえあろうことか無造作に胸を掴んだギルベルトに、女性ばかりの観客から冷たい視線が向けられたのは当然の結果だろう。


「こんな性格なのもあるんだろうが、見た目は悪く無いのにコレのせいなんだろうなぁ〜。もう二百歳も超えたというのに未だに生娘とは父親として嘆かわしいよ。

 どうだ?売れ残りで悪いが、何人も妻を持つお前になら安心して提供出来るんだが貰ってやってくれんか?」


 更に強まる視線の冷たさも気にせずに娘のプライベートを暴露しただけに飽き足らず、押し売りまで始めた御歳五百歳超えの父親殿。

 歳を取ると色んなモノが抜け落ちていくのかと自分の将来に不安が過ったのは俺だけでは無かったかもしれない。


「娘を思っての事とは言え、其方のしておるのは唯の “セクハラ” だぞ?そこらで止めておかんと後で痛い目を見ることになるとは忠告しておこう」


「お?そうか?俺は割と本気だったんだけどな、まぁ良い。

 セレステル、悪いが下に行ってオレリーズを連れて来てくれ。マーゴットに頼んだがお前が行った方が早いだろう?

 それから酒狂いが来たからな、戻ったら酒の用意を頼むわ。あと、つまみも適当に作ってくれ」


「なっ!?オレリーズを迎えに行くのは良いとしても、なんで私がギルベルト様の晩酌の用意をしなくてはいけないんですかっ!そんなの宮廷女子に頼めば良いでしょう!?」


「なんだよ、嫌なのか?それなら他の奴に頼むからいいわ。その代わりお前がコイツ等を連れてパラシオの中を案内してやれ、頼んだぞ。

 アリシア、ノンニーナ、それにララ……で良いのか?お前達は俺と来い。レイシュア達はセレステルに付いて行け」


 拒否されることを想定した命令が功を成し、策略通り罠に嵌ったセレステルへと笑顔を向けると、返事を待つ事なく愕然とした顔で立ち尽くす自分の娘に背を向けてスタスタと歩き始めた。

 だがすぐに足を止めて振り返りミルドレッドの前まで戻って行くと、腰に着けたカバンから細い鎖にぶら下がる赤色の宝石を取り出し、耳元で何やら囁きながら首へと手を回している。


「ねぇ、サラ」

「ん?」

「セクハラって、何?」


 豊かな胸の谷間の少し上、小指の先ほどの赤い石からレッドドラゴンの両翼が生えるネックレスがミルドレッドの胸元に飾られると、それと同じ物を同じように何やら囁きながらリュエーヴにも着けてやっている。


「私にも分からないけど、良い言葉では無さそうね」


「性的な意味限定の嫌がらせって事よ」


 青筋を立てて美人顔を台無しにし、握り締めた拳をプルプル震わせ睨み付けるセレステルを横目に笑みを漏らすと再び歩き始めたギルベルト。

 その肩に呆れ返ったノンニーナが座るとアリシアも後に続き、ティナの疑問に答えたララが笑顔でウインクしながら俺の肩を叩いて「行ってくるね」と片手を上げた。


「セレステル様……」


「いいのよ……族長命令ですもの、気が乗らなくても遂行するのが私の務めですから」


 気を遣い、心配そうに近寄ったミルドレッドへと苦笑いを返したセレステルは登場した時の覇気など何処へやら、力なく肩を落としてギルベルトの向かったのとは逆方向へ歩き始めるので『そんなに嫌なのか?』と疑問に思いモニカと顔を合わせたが、何を思ったのか笑顔でキスをして来た彼女からは期待した返答は得られなかった。



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