16.危険なヤツ
ドドドドドドドドドドッ
地響きがしそうな勢いで通路を塞ぐように広がってやって来たそいつらは、宙を舞う四匹の水蛇に打ち負かされ体に風穴を空けられてしまう。体重に見合う重い音と共に倒れ込んだのだが、勢い余って床を滑り、風壁にぶつかり柔らかに止まると沈むようにして床の中へと消えて行く。
「あぁっ!お肉……私の焼肉がぁ……」
俺の肩を掴み、俺とモニカの間に勢いよく顔を突っ込ませた悲痛な面持ちのリリィ。
突撃してきたのは猪型の魔物、その美味しいお肉を想像したのか、あたかも “オアズケ” をくらったかのようにシビルボアが消えて行った床を残念そうに見つめている。
「肉も買ってきたんだろ?今夜は焼肉にしてもらうようにエレナとコレットさんに頼んでみろよ」
力無く項垂れて俺から離れて行ったが スパッ と気持ちを切り替えたらしく、早速エレナの元に向かって行く姿に『リリィは本当に食べる事が好きだな』と微笑ましいものを感じた。
視線を戻そうとする途中、俺の腕にしがみ付きくモニカが見ているのに気が付く。何だろうと思った次の瞬間には唇が重ねられていた。 スルリと入り込んで来た舌には驚いたが、すぐに離れたモニカの顔にはいつもの笑顔は無く『私を見て』と訴えかける不安そうな青い瞳があった。
やっと回って来た自分の番、みんなと一緒にいるのだから二人きりの時間とはいかないが、それでもなるべく自分だけを見て欲しい、そんな事を訴えられた気がして『ごめんよ』と言うつもりで今度は俺からそっとキスをした。
顔を離すと笑顔を浮かべるモニカ、どうやら俺の想いは伝わったらしい。
「あーっ!チュウしてるっ」
ティナも婚約者だ、他の女と自分の婚約者がキスをしてるのが気に入らないのかもしれないが、今は聞こえなかった事にしてモニカと一緒に歩き出す。
「トトさま、私にもキスしてください」
モニカとは反対の腕に抱っこされる雪が珍しくそんな事を言う。散々その場所でみんなとキスする様子を見て来たのに今日に限って何故そんな事を言い出したのかは分からなかったが、催促通り雪のプニプニほっぺに チュッ としてやると満足そうな顔で微笑んでいた。
「雪は俺達の子供だからな、特別だぞ?」
俺と雪の様子に微笑んだモニカが再び水蛇を操り出したのはそれからすぐだった。
▲▼▲▼
「今度こそわたしの……」
「とぉ〜〜った!」
「えぇっ!!ちょっ、ちょっとちょっとぉ、エレナ!?」
第十三層へと続く階段の前、モニカがキスをして離れると同時にお尻まであるブロンドのおさげ髪を靡かせ風のように滑り込んだ碧色の瞳の乙女。白く長い耳がピクピクと動く様子に雪の視線が奪われていた。
「早い者勝ちですよ、ティナさん?そうですよねっレイさん」
俺に聞かれても困るので、その辺はみんなで上手くやってくれると助かるよ……。
「そ、そんな……ズルい」
泣きそうな顔をしたティナだったが急に キッ と残りの一人であるサラを睨みつける。
当のサラはそんな視線に気圧され苦笑いで一歩退がると、両手をティナに向けて ヒラヒラ 振り『私はしない』とアピールをしていた。
第十二層は『やはりこのパターンか』と言わせたかったのか、ハングリードッグとシビルボアの階層だった。もちろん今更そんなモノに遅れをとるようなモニカではなく、四匹の水蛇が宙を舞い、姿が見えた瞬間に床に叩き伏せていた。
このまま行くと次の十三層は何が混じるのかと、さして興味も無いままにぼんやり考えつつ、くっ付いたエレナと共に階段を降りて通路を進めば トトトトトッ と複数の軽い足音が聞こえて来た。
「おい、懐かしい奴だな。でも、出てくる順番おかしくないか?」
「犬よりコイツの方が強いってダンジョンは判断してるってこと?」
光に照らされ現れたそいつは、ずんぐりむっくりな茶色い奴。俺達がレピエーネの森で襲われ、食い殺されるという恐怖に晒されたサルポーコと呼ばれる体長八十センチの巨大鼠だった。
第六層の大きなネズミで思い出された奴は、ここに来て本物が登場することになったのだ。
「大きいと刻みがいがありますね〜」
おっとりした口調なのに吐き出した言葉はそうではない。サラリと恐ろしい事を言って退けたエレナは、自身の持つ鞄に付いているアクセサリーとなっていた小さなフォランツェを外すと魔力を流し始める。
緑色の光を帯びて元の大きさに戻った風の槍。切先をサルポーコの群れに向ければ、昨日編み出した キラキラ と光る風の刃の集合体が水を放水するように ピューッ と飛び出して行く。
【
更に細かくなった風の刃の集合体はすでに刃の形など見えなくなっており、キラキラと光を反射する緑色の霧のようなものにしか思えない。サルポーコにぶつかった側からそこに居たはずの大鼠の姿が消えて無くなって行き、緑の霧が通り過ぎた後には床に赤い物が散らばるのみとなっていた。
「エ、エレナ……怖い」
「何あれ、何あれ、何んなのよ、アレ……」
「凄まじいのです」
「兎さん、恐るべしやなぁ。怒らせんように気ぃ付けとこぉっと」
俺の操る
尚も続々と現れる犬、猪、鼠達だが、姿が見えた途端に緑の霧に触れて赤色の物体へと形を変えると床のシミとなって行った。
「はぁ〜、疲れました」
第十四層への階段の前にようやくにして辿り着き、見せられていた惨劇が終わりを迎えるかと少しばかり ホッ とする自分がいた。途中からある程度は慣れて目を逸らすほどではなくなったにしろ、それでも一時間以上もアレを見させられると流石にうんざりとしてしまう。
やり切った感満載のエレナはそんな俺の心など露知らず、清々しい笑顔だ。横目に後ろを見るとげんなりとした顔がちらほら見える。こういうところで種族の差というものが出てくるのだろうか。
「その魔法も強いけど、魔力をたくさん使うのならもっとスマートに倒せば良かったんじゃないか?エレナなら出来るだろ?」
頬に人差し指を当てて小首を傾げると「ん〜っ」と少し考えた様子。
「そうですね〜」と納得してくれたみたいなので次は大丈夫だろう……大丈夫だと思いたい!
自分の番は終わりだぁと、エレナがあっさり離れて行けば、珍しくヨタヨタと元気のないティナが俺の腕にもたれ掛かってくる……どうやら今の階層で精神的にかなりやられたらしい。
「私に癒しを頂戴……」
今にも倒れそうな感じすらしたので頬にキスをしてやると、勢いよく顔を上げたかと思ったら口を突き出してくるので『こいつ元気じゃないか』と思いつつも要求通りにキスを交わす。
ニヘラッ と笑い元気を取り戻したティナが俺の腕を引っ張るので引きずられるようにして第十四層への階段へと向かうが、俺は他のメンバーの心の状況が心配でならなかった。
「ティナは魔法の練習しないのか?」
「私はあんまり魔法が得意じゃないのよねぇ」
「でも魔法が有るのと無いのとじゃ、戦術の幅がだいぶ違ってくるぞ?強くなりたかったんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど……」
そうやって現実から目を逸らすけど、苦手なものでも練習しないと上手くはならないぞ?それに身体強化の魔法は使えるみたいだけど、やっぱり攻撃や牽制に使う魔法の練習もしないと魔力の総量も違ってくるし、なにより魔法の練度で身体強化したときの強化具合も違ってくる。本当に強くなりたければ魔法の修練は必要不可欠なのだ。
まぁ別に今ここで魔法の練習をしなくてはいけないかと言われればそうとも言い切れないので、本人が “今はやらない” という選択肢を選んだのならそれでいい。
たとえティナに戦う力が無くとも俺が守ってやればいいだけのことだし、元よりそのつもりだった話なのだ。
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