27.死神
其処彼処であがる悲鳴、だがしかし、ここは避難所にも指定される闘技場だった。
一拍の間を置いき観客席まで到達した衝撃波、闘技スペースとの境目に透明な壁が姿を現し、まるで何事もなかったかのように消えてなくなる。
それを確認すればもう一つの気がかりに目が向くものの、立ち込める砂埃が邪魔で視界がない。
「チッ」
これ以上舞わないようにと注意を払いつつ風魔法を纏わせた白結氣を一振りすれば、竜巻のように渦巻く風が巻き起こり視界が開けた。
先程立っていた場所よりかなり壁際で横たわるアレクシス王子。予想外の爆発に『やっちまったか?』と焦りを感じた直後、ゆっくりながらも身体を起こし始める。
軽く咳き込む王子様はどうやら心配するほど酷いダメージはないようだ。しかし座ったままでいるのは魔力を使い過ぎて立てなくなったかららしい。
「最後のはお見事です。正直、あそこまで出来るかどうかは半信半疑でした。これからも修練していけばもっと伸びると思います、それこそ俺なんか目じゃないくらいに。
後は魔力量の問題ですね、こればっかりは日頃の鍛錬がモノを言いますよ。毎日どんな魔法でもいいので魔力を消費する事を心がけると良いでしょう」
手を伸ばし、労いの言葉をかけたつもりだったが、言った後で気が付いた……俺は負けてあげなくてもよかったのか?
見上げてくる顔には見て取れるほどの疲労感、そんな状態でありながらもイケメンスマイルを保つアレクシス王子は、時代が時代だったなら王子だったとされる紛い物の俺とは違い、血統や育ちだけでなく紛ごう事なき本物の王子様。
俺の手を取り立ち上った彼は、高貴な立場でありながら土を付けられたというのに清々しくも晴れ晴れとした表情を浮かべており、約束を守り手を抜かなかった事は間違ってなかったのだと確信できた──まぁ、加減はしたが……。
「ありがとう、とても勉強になった。
私は父上の後を継ぎ国の舵取りを任される立場にある。しかし、国とは民が居るからこそ存在できるものなのだ。守られるべきは私などではなくこの国に住む人々。私は国の政で皆の生活を守ると共に、もし何か有事があれば自らの手で護れるように強く在りたいのだ。
だからたまにでいい、今日のようにまた指導してはもらえないだろうか?」
この人は自分のことを王子ではなく、一人の人間として見てくれる人を求めていたんじゃないだろうか?立場上、気を遣われる人だから、そんな人達に逆に気を遣ってしまう。この人の気質に合わない窮屈な人間関係……少しばかり可哀想に思える。
「アレクシス王子、俺は人に指導出来るような立派な人間ではありません。また、貴方が憧れるような強さもない。
しかし、共に高め合う仲間としてなら王子の成長のお役にも立てるかと思います。そんなところで如何でしょうか?」
いずれ世界一偉い立場となる人の上に立つなどどだい無理な話し。だが年も近い事だし、社会的地位を抜きにしたお付き合いであれば吝かではない。
笑顔が明るくなれば繋いだままの手に力が籠る。どうやら彼の方も望ましく思ってくれたようだ。
「ならば私は君の友だな、これからは “アレク” と呼んでくれないか?公の場では君の立場もあるから難しいだろうがプライベートなら問題ない。駄目……だろうか?」
「わかったよ、アレク。俺のことはレイと気軽に呼んでくれ」
友と成ることを認識し合うと笑顔で見つめ合う。『友達になってください』なんて俺からしたら可笑しな感じだな。
気が合えば友達、そう思ってたが、それは俺の常識。つくづく王子というのが大変なのだと分かり、自分が王子じゃなくて良かったと安堵した。
⦅激しい魔法の打ち合いの末に勝ったのはまたしてもハーキース卿だぁ!強いっ、強すぎるっ!ハーキース卿は無敵なのか!?破竹の勢いの彼を止められるのははもはやこの国最強の男しかいないのではないだろうかっ!!
次の対戦相手はもちろんこの男〈近衛隊長クロヴァン・ルズコート〉!
この国の威信をかけてクロヴァン氏はハーキース卿を止められるのかっ!? それともハーキース卿はクロヴァン氏をも打ち倒し、この国最強の男として君臨するのかぁぁっっ!!手に汗握る注目の最終戦です!⦆
大歓声の中、背中まで伸びる長い黒髪を風になびかせ颯爽とやって来たのは死神のような雰囲気を纏う男。その手に握るは魂を狩る鎌ではなく、一般的な物と比べて幅が二倍もある大振りの剣が抜き身で握られている。
「アレクシス王子が世話になったな、それについては礼を言おう。既に二戦しているが魔力の方は大丈夫なのか?」
目の前に立ったクロヴァンは人などではなく、もはや壁と言った方が表現が早い。
ただのそれだけで押し潰さんとばかりにのしかかる威圧感は、質は違うものの、初めて謁見した時の国王陛下のように全ての者を平伏させるような強烈な “強さ” を感じさせ、あれから随分成長した筈なのに恐怖すら覚えるほどに凄まじい。
剣を交えるまでもなく解ってしまう勝敗、既に負けを認めはしたが、それでも臆せず黒い瞳を見つめ返した。
「魔力はまだ大丈夫、ですが貴方には勝てる感じが少しもしませんね。それでも貴方と戦ってみたい思いが俺にはある、少し胸を借りてもいいですか?」
「ぷははははっ。オークション会場で見たときはいけ好かないと思ってたが、なかなかに謙虚じゃないか。己の立ち位置をキチンと把握しているというのは好感がもてるぞ。
よかろう、少しばかり揉んでやる。覚悟はいいんだろうな?」
あぁ、ちょっとばかり不味ったか?なんだか火を付けてしまったような気がした。まぁどっちにしたってボロ負け確定なんだ。機嫌よく相手してくれるのなら、それでもいいだろう。
なにより格上の相手と戦うのはこの上なく良い経験になる──全力で行こう!
「お手柔らかにお願いします」
抑えていた身体強化を最大限まで練り上げると、恐怖を打ち消すため、構えた朔羅を握り締めて気合をいれた。
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