28.お出迎え

「痛ってぇ……やり過ぎだろあの人。あぁ、身体中痛いぞ」


 結果としては予想通りの惨敗、ボロ雑巾のように痛めつけられた身体を押して控え室への通路を歩いて行く。


 揉んでやるとは言われたが、まさかあそこまでボコボコにされるとは思わなかった。手も足も出ないとはまさにこの事、こんなにも力の差を感じるのは久しぶりだ。

 全開にした水魔法での防御も無いも同然に痛い、痛過ぎる。恨みでも有るのか?と聞きたくなるほどの激しさだったがストレスでも溜まってるのか?あの様子ではもしかしたら、師匠やルミアクラスの強さがあるのではないかと思えるほどであった。


「いや〜、近衛隊長の強さは別格ですからね。ガイアさんとアレクシス王子を破っただけでも凄いですよ!俺、興奮しましたっ!」


 案内をしてくれる騎士が鼻息荒く話しかけて来る──よく喋る奴だな。

 アレクは置いといて、ガイアとの戦いは純粋に楽しかった。


「それでですね、一つお願いがあるんです」


 イメージとは違い口の軽い騎士。それが悪いというわけではないが、彼自体は年も若いようだし、顔からしたら活発そうなイメージは受ける。

 まぁ、そんな奴もいるのだろうと思っていれば、彼の口から出てきたのは予想の斜め上を行く “お願い” だった。



「アリサさんと仲直りしてください」



 えっと……んんっ!?


 まさかという思いで少し前を歩く騎士を見れば悪戯が成功したような顔でコクリと頷く……こいつも魔族かよ!っつぅか、どんなけ魔族が入り込んでいるんだ?この国、大丈夫かよ……。


「歩きながら聞いてください。

私はお察しの通りです。ただ、穏健派と言って分かるでしょうか?

 人間と同じように魔族にもいくつもの派閥があり、大きく分ければ人間の世界を支配しようとしている “過激派” と、人間との対立を望まない、どちらかと言えば共存を望んでいる “穏健派” とがあります。


 現在の魔族は過激派が支配しているので、たとえ穏健派であっても過激派に従わなくては生きていけないのが現状です。

 そんな中、穏健派の筆頭であるアリサさんは力のない皆の為に率先して矢面に立ち、表向きは理解ある体で過激派の手伝いをしてきましたが、内心、快く思ってなかったはずです。


 ですが、ここ数年はある希望を持っていました。それは人間側との共闘です。


 穏健派だけで力が足りないのであれば魔族と敵対する人間と共闘して過激派を排除する、敵の敵は味方だということですね。

 しかし昔から検討されていたこの模索案には大きな問題があります。ご存知の通り人間というのは魔族を嫌い、その善悪に関わらず例え無害であったとしても自分達の生活圏から排除しようとするのです。


 そこに現れたのが貴方という光でした。一目で運命を見出したアリサさんは、種族の偏見を持たない貴方ならば人間と魔族との橋渡しが出来ると考えたと聞いています。


 ですが残念なことに貴方は心変わりしてしまった。


 希望を失ったアリサさんは全てを諦め、過激派の手先へと成り下がってしまったのです。

 正直な話、私は貴方を恨んでいます。アリサさんの心を奪い、捨て去った貴方を。

 もちろんそれは単に逆恨みでしかないことぐらい十分分かっています。それでも、我々の希望だったアリサさんを壊した貴方が許せない。しかし、それを踏まえても貴方しかいないんです。


 だからお願いします。アリサさんを……アリサさんの心を過激派から取り戻してください」


 祖先と共に国を滅ぼされ、両親さえも殺された。さらには最愛の人、ユリアーネもその手にかかり命を落としている──許せるはずがない。

 魔族の内情なんて正直どうでもいい。だが過激派の魔族が人間にとって害があるのは身を待って痛感している。


「アリサには謝るつもりでいる。それは君達の為ではない、単に俺自身の気持ちの問題だ。アリサがそれを許してくれるかどうかなんて事ももちろん分からない。だが俺のやるべき事、ただそれだけだよ」


 一瞬だけ歩みを止めはしたが、すぐに歩き始める騎士という隠れ蓑に身を包む魔族の男。俺のやる事が彼が言う無関係な魔族の為にもなるのなら、それはそれでいいんだけどな。


 俺の軽卒な一言で深い傷を負わせてしまったアリサ。ゴメンと謝った程度で許して貰えるとは思ってはいない。たが、犯した罪の償いとして第一歩を踏み出さなければ何も始まらないし、何も終わらない。


 どう転ぶか分からないが過激派の魔族の排除にもつながる一歩にもなりそうだな。

 アリサが俺を許さなかったとしたら、過激派に身を投じた彼女と戦わなくてはならないのだろうか?それとも万事上手く行き、彼等穏健派と手を組む日が来るのだろうか。


「近衛三銃士の一人ガイア、彼は過激派なのですが、その中でも理解のある方です。ですが信用しすぎは危険なのかもしれません。心に留めておいてください。ただ、良い方ですよ。大雑把な所もありますが好感の持てる方です。

 アリサさんの事、頼みましたよ」


 控え室の扉を開け俺に一礼すると彼はそのまま何処かに行ってしまった。


 魔族……か。


 はやくアリサに会って心のモヤモヤを解消したいのが正直ところ。たが、この気持ちを持ち続けることも彼女への償いの一環なのかもしれないな。




「なんであんな人に負けちゃったの?私、応援してたのにぃ」


 選手専用フロアから出た俺を迎えに来たモニカはご立腹だった。仁王立ちで腕を組み頬を膨らませる姿は可愛く、思わず歩み寄り膨らんだ頬を指で突ついて萎ませる──モニカさんや、あの化け物は無理だぜ?


「あの人はこの国最強なんだろ?近衛にも王子様にも勝ったんだからいいじゃないか」


「でも私が応援してたのに負けたっ」


 おいおい、お前はいつから勝利の女神になったんだよ。モニカに応援してもらうだけで勝てるのなら俺は世界最強の男になっちまう。


「レイ君は十分頑張っただろ?あの近衛三銃士に勝ったんだぞ?快挙だろう。ちゃんと労ってあげなさい」


 ストライムさんがフォローしてくれるが、それを半目で睨むモニカは不服そうな顔のままだ。


「負けた男の癒しになるのも女の努めよ。分かったかしら、モニカ?」


 何故だが分からないがケイティアさんが言うとエロく感じる。「わかったわ」と笑顔になり俺の腕に飛び付くモニカも、何が “分かった” のか非常に怪しい。


 夕焼けに染まる空を見ながら馬車に揺られて戻るヒルヴォネン家の屋敷。馬車の中、ずっと俺の腕に絡み付いていたモニカは俺を癒そうとしていたのかもしれない。

 特に傷心などはしていないのだが、そんなモニカの心意気が微笑ましくも嬉しく思えた。



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