29.告白

 その日の夕食の席では、すっかり忘れていた事を思い出させられることとなる。


「ねぇお父様、お兄ちゃんが戦いに勝ったんだから、私はお兄ちゃんのお嫁さんになっても良いんだよね?」


 俺とストライムさんが呆気にとられる中、ケイティアさんだけがにこやかな笑顔を浮かべる。


「モ、モニカ?レイ君は近衛隊長に負けたじゃないか。その話は無しだよ」


「お父様は勝ったら・・・・と言ったわ。近衛隊長には負けたけど三銃士のガイアとアレクシス王子には勝ったわ?お父様は全部勝ったらとは言ってない、約束を守ったんだから良いよね?」


 ストライムさん!負けてるじゃんっ……モニカと結婚かぁ、騎士伯とはいえ貴族になるってことは俺としても断る理由も無くなった訳だ。

 んんっ?待てよ、そんな話が他にもあった……


 こっ、これは……不味いのではないか?


「モニカ……さん、あのですね。少しばかり重要な事を思い出したのですが……」


 ジトーッとした半目で訝しげに俺を見るモニカ。女の勘ってやつか?言い難くなったな……。


「えっとですね、実は以前から他の貴族のご令嬢から交際を申し込まれていてですね、俺が貴族ではないからと理由を立ててお断りしていたんですよぉ。それでですね、この度貴族の仲間入りとなる事となってしまってですね、断る理由が無くなってしまったわけなんですよねぇ。

 そんな俺なんですが、それでも俺のお嫁さんになると言われるのでしょう、か?」


 何とも言えない微妙な表情、深い深い溜息を一つ吐き終えるとキッと睨んでくるモニカ。や、やっぱり怒ってる?それとも呆れてる?

 だよね〜、やっぱりそうだよね〜、今更だもんねぇ。


「お兄ちゃん!私、言ったよね?私の事をちゃんと好きでいてくれるのなら他の誰を好きでも構わないって。

 その人とお付き合いするようになったら私の事は嫌いになっちゃうの?それともどうでもよくなるの?お兄ちゃんの私に対する好きって気持ちはそれぐらい小さいモノなの?」


 気持ちが小さいなんて事は絶対にない。ただ……今は、なのだ。


「正直に言えば自信が無いんだよ。ついこの間、嫁さんを亡くしたばかりなのに、もう俺の心はモニカで一杯だ。勿論、嫁さんの事を忘れたわけではない、キチンと俺の胸の中に居る。

 けどさ、この先その人と付き合い始めたりしたらモニカの事が疎かにならないだろうか。段々と胸の片隅に追いやられて行ったりしないだろうか?今のモニカを好きという気持ちが少なくなるのが怖いんだよ。

 それなのにそんな奴と結婚なんかしたりしたらモニカの事を傷付けてしまわないか?そんな旦那でモニカはいいのか?そのうち愛想尽かして嫌いになったりしないだろうか?」


 少しだけ眉根を寄せた顔は困っているようにも見えた。しかし、真っ直ぐ俺を射抜くサファイアの瞳が閉じられ、ゆっくりと首が横に振れる。


「私は大丈夫だよ。それに、たとえ拒否されても私がお兄ちゃんから出て行ってあげないからっ。

 お兄ちゃんはもう私のモノよ。けど私だけのモノでなくていいの。だからね……私をお嫁さんに貰ってくれませんか?」


 貴族や上級商人のような止んごとなき人達の常識は知らないが、俺達一般人にとってプロポーズとは男からするものと相場は決まっている。

 それは養う男と養われる女という立ち位置から来るものだろうが、その方程式を俺達に当て嵌めれば、力のある貴族であるモニカが、これから成る新米貴族である俺に言うのは間違っていなかったのかもしれない。


「ま、待ちなさい! お前の気持ちは分かった。それにレイ君なら私も反対はしないよ。ただな、二人は出会ってからまた日は浅い。もっとお互いを良く知ってからでも遅くはないだろう。

 それに、奥さんが亡くなって一月も経っておらんのだろう?結婚するにしたって式の準備などもある。それならば一先ず、婚約という形にしておかないか?その間にレイ君も件の令嬢との関係をはっきりとさせればよかろう。

 それでだな、その令嬢というのはもしやティティアナ嬢のことかね?」


 なんで分かった!?まぁ、冒険者風情が貴族の娘と顔見知りなんておかしいもんな。カミーノ家と懇意にしている時点で想像つくか。

 あぁ……言わなきゃいけない奴がもう一人いたぞ……俺って大丈夫な人間か?自分で自分が信じられなくなりそうだよ。


「そうです。彼女とは冒険者を始めた頃からの知り合いでずっと思いを寄せてもらってました。それと、この際ですから言いますけど、あと二人、ずっと好意を寄せてくれている人がいます。一人は獣人、もう一人は魔族です。魔族の彼女は事情があってどうなるのか分かりませんが、恐らく獣人の方は受け入れる形になると思います。

 モニカの気持ちはわかりました。ですがストライムさんと、ケイティアさんはどうなんですか?こんな奴が大事な娘と結婚してもいいんですか?俺なんかがこの家を継げると思いますか?」


 眉間を指で揉みながら溜息を吐くストライムさんは当然の反応だろう。愛人を囲う金持ちはおれど、後継者が注視される国王陛下ですらお后様を一人しか娶っていないのだ。

 一人の男に対して一人の女、それが常識の世の中で、いつ死ぬとも知れぬ冒険者の男が何人もの女を妻にするなど聞いて呆れるのだろう。


 だが、向けられた顔は非難するモノではなく、とても穏やかな顔だった。


「まず家の事だがな、モニカと結婚したからといってその旦那となるレイ君が継がなければならんことはない。モニカとの子供が継いでくれればこの家は継続されるから問題無いんだよ。

 次に “こんな奴” と君は悲観するが、実力で貴族になるような男と比べたら、生まれが貴族というだけの男なんぞよりよほど安心出来るというもの。多妻という事に関しては思うところがないわけではないが、それでも君の性格を考慮すれば心配するほどのことではないだろう。

 私達夫婦の気持ちは同じだ。モニカが選んだ人ならば反対する理由はない。あとは君の気持ち次第だ。

 君はまだ若い、時間はたっぷりあるんだからよく考えるといいだろう。重ねて言わせてもらうが、モニカの相手が君ならば私達は安心だよ」




 夕食も終わり、一人、風呂に浸かっていれば、突然シャーッと音を立ててカーテンが開けられた。

 そこに立っていたのはタオル一枚身に纏っただけのモニカ。風呂場だと言ってしまえば当たり前の格好ではあるものの、隠された膨らみとその下にある花園の想像を誘う扇情的な姿。髪を濡らさないように頭に巻いたタオルのおかげでいつもとは雰囲気が違って見えた。


「お兄ちゃん、癒しに来たよっ!」


 やはりあの時の “いやし” は俺の想像の斜め上を行っていたようだ。嫌な訳は無く、むしろ嬉しいので素直に受け入れるとスルリと俺の前へと滑り込んで来る。


「ねぇ嬉しい?私に癒されるの嬉しい?」


 寄りかかり見つめてくる嬉しそうなモニカに「嬉しいよ」と答え、溢れ出した愛情を胸に、桃色の可愛らしい唇に口付けをした。



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