26.魔法演舞
彼が対応出来るだろうギリギリのラインでイジメ……もとい、力量の限界を推し量ること五分近く。額を流れる汗と息使いの乱れから潮時を悟り少し距離を置いた。
それでも一太刀毎に速さも重さも増す朔羅を防ぎ切り、無様に地を転がるどころか傷すら負わなかったのはまさに才能、天性のセンスの成せる術なのだろう。流石は世界で唯一無二を誇る国の次期国王様、その血統は伊達ではないらしい。
惜しむらくは彼自身が口にしたように “王子“ という立場から鍛錬する環境に恵まれなかったことだろう。まぁもっとも、王子だからこそ過剰な鍛錬など不要だと言えばそれまでなのだが……。
朔羅に纏わせた風魔法を切り離し、風の刃として放つ。ガイアとの闘いでも見たはずの風魔法の基本的戦術だが、少し驚いた様な顔をして大袈裟に身を躱す。
しかし、次に驚くのは俺の番だった。
「シッ!」
あんな顔をすれば初見ではなくともあまり見た事のない魔法の使い方だっただろうと窺い知れるが、体勢を立て直した直後には見様見真似ながらも風の刃を撃ち返してきたのだ。
「マジか……」
舞い散る汗は陽の光を受けて煌めき、それと共に踊る銀髪が黄色い声を誘う。
俺が驚いたのを察したのだろう、終始緊張で強張っていた甘いマスクが僅かに微笑むのを目にした。
心に余裕があるのはいいことだ。これは殺し合いでもなければ鍛錬ですらない、ただの遊び。世間を知る機会の少ない王子様のための……いわゆる接待みたいなもんだ。
朔羅に風魔法を付与すると風の刃を撃ち出し相殺する。
そのまま朔羅を地面に突き刺すと腰に挿したままだった白結氣を抜き、左手に持ち替えてから再び朔羅を右手で掴んだ。これで彼と同じ両手剣。
黒と白、相反する二色の刀に風魔法を纏わせ緑に染めると、少しの時間を空けて左右交互に風の刃を飛ばしてやること二度。
「やってみせる」
王子に迫る計四つの風の刃。それでも臆する事なく、逆に燃え上がりさえした闘志が透明な剣身に再び色を灯す。
力強く踏み込んだ利き足、力強く振られるグラディウス。聡明な頭脳は俺の行動をしかと記憶し、纏った魔力を風の刃として解き放ったすぐ後、無色となった剣身が緑に戻る。
⦅おおっとぉ!激しい剣の打ち合いの後は魔法の撃ち合いだーっ!ハーキース卿の放つ四連撃をアレクシス王子が完全に相殺してみせた!流石はサルグレッドの王子っ、剣だけでなく魔法でもガイア氏を倒したハーキース卿と互角の闘いを見せるのかぁぁっ!⦆
倍の数、八つの風の刃を順番に飛ばしてやるものの、たった一度で要領を掴んだのか、先程より滑らかな動きで同じように撃ち返して相殺してしまう。
モニカの吸収力、応用力にも驚かされたが、アレクシス王子はそれ以上だ。こうも飲み込みが良いと感嘆、羨望などは成りを潜め『どこまでついて来れるのだろう』との楽しさが前面に出てくる。
傍目に互角と写るのなら遠慮は要らぬと、撃ち出す間隔を徐々に短くしながら連続で風の刃を飛ばし続けたが、多少苦しそうな顔になるだけでそれに対応し続けるアレクシス王子は最早『流石』としか思えない。
それならばと今度は炎を纏った朔羅と白結氣、それを見たアレクシス王子もすぐに意図を悟り、二本のグラディウスを赤く染め上げた。
振り下ろす朔羅が水平になった直後に飛び出した炎で出来た槍、続けて振られた白結氣からも炎槍が飛び出せば、お次は火魔法の撃ち合いショーだ。
「これくらいはっ」
人には得手不得手というものがあり、風魔法で出来るからと火魔法でも同じように出来るとは限らない。
だが、さも当然のように短き剣から炎槍を撃ち出せば、二人の間に爆炎が上がる。視界の悪い状況下にも関わらず、次々と放たれた炎槍を的確に相殺させてくる。
派手な演出に沸き起こる歓声。
全ての人間が生活魔法を使えるとはいえ、それを攻撃魔法にまで昇華出来るのはひと握りなのだと民衆は知っている。
しかも、威力の高い魔法を連発出来るなど、その中でも限られた者にしか出来ない。
つまり、それを平然とやって退ける王子様の株は、今まさに鰻登りの如く上昇していることだろう。
⦅まさに御前試合に相応しい激しい魔法合戦!皆様ご存知の通り、魔法を攻撃に使用するなど上級者の術だーっ!冒険者で言えばランクB以上、王子の身でありながら近衛と遜色ないとの噂は本当だったぁぁっ!
これはどうなるっ!?新たなる英雄ハーキース卿はアレクシス王子に敗れてしまうのかっ!⦆
魔法の扱いに長けていても、魔力量は日々の積み重ねでしか増える事はない。これだけの魔法を撃ち合ったのだ、普通であれば魔力切れで倒れていてもおかしくはない。現に、動きは変わらずともアレクシス王子の顔には疲労が見える。額から流れる汗は止まることを知らず、そろそろお開きにせねば大衆の前で無様を晒すことになりかねない。
重ねて言うがこれは接待、俺が負けるのは気に入らないからやらないが、それでも拮抗を装うぐらいはしないとこの国に居辛くなりかねない。
右手の朔羅には火魔法、左手の白結氣は風魔法。あの王子様なら二属性の同時使用ぐらいわけないだろうと、視界を遮る炎が消えるのを少しばかり待つ。
「!!」
それを見たアレクシス王子は軽く驚いていた。しかし、すぐに気持ちを切り替えると、目を瞑り集中を始める。
刀身を五倍くらいにする燃え盛る赤い炎。片や、荒れ狂う龍の如く刀身で渦巻く緑色の風。王子の準備が出来るまでの時間稼ぎにと、纏わせた魔法を強弱させ遊んでいると観客からは魔法を高めているように見えるはず。
派手な魔法の撃ち合いの
そんなことをしていれば二本のグラディウスも赤と緑に染まり、俺を真似て魔力を滾らせる。見事な魔力使い、だがやはりそろそろ限界のようで、顔色が優れない。
仕上げにと、両手を天に掲げれば異なる二つの魔力が混ざり合う。力を得た炎はその姿を何倍にも膨れ上がらせ、纏わりつく風が赤と緑のコントラストを奏でる。
「そんなことが!?」
驚きを隠せず目を見開いたアレクシス王子だったが、深く深く息を吐いた後で自らの剣を重ね合わせる。すると当然の事のように息吹を上げる一際大きな炎。
──舞台は整った、最後の仕上げと行こう。
互いを目掛けて吹き出した緑を纏う赤い濁流、まるで放水でも行うかのような炎の波は闘技場の真ん中でぶつかり合う。
爆発と同時に発生した衝撃波は二つの炎を一瞬にして掻き消してしまうほどに強烈で、砂埃を巻き上げながら観客席に向うのが目に入れば『やばっ!』と焦るが後の祭りだった。
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